第4話
目を閉じ、気を集める。集中しイメージするのは理想の自分。今はただこの目の前の玉にだけ意識を割く。
深く息を吸い込み吐くのと同時に、走り出し玉を放り投げる。その玉は小気味よい音を立てながらピンを薙ぎ倒す。ストライクだ。
「柏木くんナイスー!」
「おう!」
パンッと音を立てて浅野さんとハイタッチを交わす。
「おいおいもう後がないんじゃないのか?」
「ないのか〜?」
2人で歩に詰寄り煽る。俺たちのペアと歩と篠月さんのペアの点差は30点。全てストライクを取らないと追いつけない。勝ったなこれは。
「どきなさい」
勝利を確信し高笑いをしているとどこか怒気を孕んだような声で篠月さんが向かってくる。
「私が投げるわ。夕羽くんいいわね?」
「あ、あぁ...」
あまりの迫力に歩がびびっている。俺の後ろでは浅野さんが震えている。正直俺もチビりそう。
「えっと...ここまでそんなにやる気なかったのにどうしてそんなに殺気立ってるんですかね...?」
そうなのだ。篠月さんはここまで高いスコアを出してきてはいるが、全てすました顔をしていた。こんなに急に明確にやる気が出たのは何故なのか。
「あら?言ってなかったかしら?」
「何を?」
「私ってすっごく負けず嫌いなの」
そう言って彼女の投げたボールは全てピンのど真ん中へと吸い寄せられ勝負は延長戦へともつれ込んだ。
▲ ▽ ▲ ▽▲ ▽ ▲ ▽▲ ▽ ▲ ▽▲ ▽ ▲ ▽▲ ▽ ▲ ▽
「負けた...」
「負けたね...」
あの後、延長となった戦いは篠月さんの執念による怒涛のストライクにより俺たちの負けとなった。ベンチに座って項垂れている俺たちと対照的にやけにテンションの高いやつが1人。
「フハハ!どうだこれが俺たちの力だ!」
「お前最後何もしてなかったじゃねぇか!」
「は!負け犬がなんか言ってら」
「ろくに活躍もできずに勝ったお前よりはマシだと思いますけどね!あ、そっか!お前足手まといだもんな!何もしねぇことでしか活躍できねぇのか!」
「はぁ?何だこのクズ!」
「やんのかタコ!」
「も〜喧嘩しないでよ! 本読んでないで篠月さんも止めてよ〜!」
「低俗な争いには関わらないことにしているの」
ひでぇ言われようだ。
「それで次はどこに行くのかしら?」
本をパタンと閉じてこっちを見てくる。
「そうだよ〜どこ行くどこ行く?」
「いやまずなんで言い出しっぺが決めてないんだって話なんですけどね」
「だって私ここら辺のこと全然詳しくないから予定立てれなかったんだも〜ん!」
「そんなに遠くからうちの高校来てるのか?」
「ううん、違うよ。 元々住んでた所だとうちの高校まで遠いから、高校が近いおじいちゃんの家に今は住んでるの!」
「はぇ〜」
そんなにうちの高校に入りたかったのか。別に特別頭がいい訳でも、部活が強い訳でもないんだけどな。
「そんなことより!どこ行くの!?」
それなんだよなぁ... 服屋とかか...?
「私、カフェに入りたいわ」
「ん?カフェ?なんで?」
「本が読みたいからよ」
えぇ...こいつ理由が自己的すぎる。遊びに来てる自覚を持って欲しい。とは言え他に行きたいとこあるやつも名乗り出ないしな。
「お前たちはそれでいいか?」
「いいよ〜」
「俺もいいと思うぜ」
「んじゃ行くか」
そう言って振り返ると人とぶつかってしまう。
「あ、すいません。」
「あ、いえこちらこそ...って白峰先輩じゃないですか」
謝罪の声が聞こえ、ぶつかった人を見るとそこに居たのは先輩だった。
▲ ▽ ▲ ▽▲ ▽ ▲ ▽▲ ▽ ▲ ▽▲ ▽ ▲ ▽▲ ▽ ▲ ▽
あの後、折角あったのだから少し話そうということになり喫茶店まで来ていた。
「えっと...まずは自己紹介から。俺は葵と同じクラスの...」
「夕羽くんだろう?」
「え?」
「それから浅野くんと篠月くん」
「当たり...です」
コーヒーを啜りながら事も無げに当ててみせる。マジですげぇな。浅野さんポカーンとしてるよ。
「なんでこいつらの名前知ってるんですか?」
「生徒会長だからね。全校生徒の顔と名前は一致しているさ。」
え?1年生って800人とか入学してきてたよね?入学して1ヶ月経ってないのにもう全員覚えたの?化け物すぎるこの先輩。
「じゃあ次は私の番だな。白峰 唯羽という。うちの学校の生徒会長で2年生だ。」
まぁうちの学校で知らない人はいないだろう。生徒会長にしてこの美貌。それに頭も良い。これで2年生なのだから...って2年生?
「3年生じゃなくてですか?」
「ん?そうだぞ?」
「もしかして葵、知らなかったのか?」
歩が信じられないものを見るような目で見てくる。
「会長と特に面識もない私たちでさえ知ってるのに〜?」
「あなた入学して何をしてたらそうなるの?」
篠月さんまで!?全員が白い目で見てくる。白峰先輩の存在はこの学校において、俺が考えていた数倍は認知されているらしい。
「白峰先輩ってやっぱ凄いんですね」
「そうだろ〜?もっと敬え!柏木後輩!」
そう言って髪をわしゃわしゃとしてくる。よかった、髪セットしてなくて。
「所で君たちは何をしてたんだ?」
「今日はみんなで遊びに来たんですよ〜!」
「浅野さんがこれ以上罪を重ねないためにね」
「ん?どういう事だ?」
「あ!柏木くんそれ内緒!」
浅野さんが身を乗り出しながら口を封じてくる。言われて困ることした自覚はあるんだな。よかった、なかったらどうしようかと思った。
「私に振られすぎたあまりにストーカー化したなんて知られたくないでしょうしね。」
「それ言ってる!言っちゃってるよ!篠月さん!」
「あらごめんなさい。そんなつもりはなかったのだけど故意で...」
「じゃあそんなつもりあったんじゃん!」
二人の会話を聞いて白峰先輩はクスクスと笑っている。どうも先輩は笑いのツボが浅いらしい。
「会長は今日どうしてここへ来たんですか?」
「ん〜そうだな。まぁ話してもいいか。うちの学校には引きこもりの生徒がいてな。学校に来るように説得してこいと先生方から頼まれているんだ。」
へぇ〜引きこもりねぇ...
「新学期始まったばかりなのに大変ですね会長は。」
「まぁそうだな。何度も行っているが一向に部屋から出る気配がない。」
何度も?新学期始まってまだ2週間程だ。もうそんなにその生徒の所へ行ったのだろうか?
「そんなに毎日その生徒の所に通ってるんですか?」
篠月さんも俺と同じ疑問を抱いたようだ。その質問を聞いた先輩はハッとした様子で口を開く。
「生徒が来なくなったのが冬休みが明けてからだから、説得は冬休み明けから行っているんだ。大体2週間に1回ぐらいのペースかな?」
「あぁなるほど」
結構長い間通ってるんだな。生徒会長ってやっぱ大変そうだ。
「それっておかしくないですか?」
「ん?なにがだ?」
篠月さんの発言に全員が首を傾げる。どこもおかしい所なんてなかったと思うけど...
「別におかしな所なんてなかったよ?」
「俺もそう思うな。」
「本当に?何もおかしいと思わなかった?」
そんなに引っかかる所あるか? みんな黙って考え始める。
「ギブギブ。考えても分からん教えてくれよ篠月。」
いち早く歩がギブアップした。早すぎだろまだ10秒経ってないぞ。面倒くさがったろ。
「はぁ...普通、引きこもりの生徒の対処は担任がするものでしょう?」
「あ...」
言われてみれば確かに。
「それに生徒会長は忙しい立場よ。それなのに解決の見込みが立たない依頼が何ヶ月も継続して出されている。おかしくないかしら?」
「本当だ...」
「...」
「どう考えても1人の生徒にかける労力じゃないわ。つまり今引きこもっている生徒は、学校とってものすごく利益がある。生徒だということになると思うのですけど当たってます?」
「あぁ...正解だ」
うわすご...
「篠月さんすごーい!」
「ちょっ!くっつかないでもらえるかしら?暑苦しいのだけど...」
「いやでもほんとにすごいな篠月。」
「それな」
歩の驚きの声に俺も同調する。なんか探偵みたいでかっこよかった。篠月さんにグッドサインでも送ってみよう。
「それでどんな生徒なのか教えて貰ってもよろしいですか?」
あ、無視された。
「彼女はすごいぞ!もしかしたら名前を聞いたことがあるかもしれない!」
「え?そんなにですか?」
そんなに有名なら噂に聞いた事ぐらいはあるかもしれないな。
「テレビに出たこともあるんだぞ!」
「「「!?」」」
全員が驚きの声を漏らした。ほんとにすごい人じゃん。なんで引きこもってるんだろうか?
「彼女の演奏を聞くとなんて言うか...こう意識を全部音色に引き込まれる感じがするんだ。」
演奏?楽器系の人なのか...
「吹奏楽部の人なんですか?」
「違うぞ。彼女が演奏してる楽器はピアノだ。」
ピアノ... いやまさか... でもだとしたら会えなかったことに説明が着く。
「あの...白峰先輩その生徒の名前を聞かせて貰ってもいいですか?」
「お?柏木後輩も興味が湧いたか!いいだろう!その生徒はな!」
違うなら違って欲しい。この予想は当たらないで欲しい。思いすごしであって欲しい。
「桐乃 紫乃と言う名前だ。」
当たってしまった... どうやら俺の探し人2人目は引きこもりらしい。
恩人探してたらいつの間にかラブコメしてたんですけど? とあ @toa888
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。恩人探してたらいつの間にかラブコメしてたんですけど?の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます