第6話

 気が付くと、また眠っていた。目を開けると、そこは見慣れた車内で、目の前には誰もいない。どうやら、短い別世界への冒険は終わったようだった。

 まだ確かに残る記憶を思い返して、僕は少し笑った。今まで、目の前にずっとかかっていた霧が、少しだけ晴れたように思えた。思い出すことに意味なんてない、そう言って、僕は妬んでいたんだ。過去の自分を。それはきっと、今の自分を受け入れられない気持ちから、無意識に生じた逃避なんだな。思い出すことはしなかったのに、過去にとらわれ過ぎていた。

 でも、これからは、彼の言ったことを信じて生きるのも、悪くはないか。


『君は、今に生きているんだよ。思い出に生きるのは、過去の君に任せてさ。君は今と、この先に生きていいんだよ』


 彼が最後に、僕に言ってくれた言葉は、耳にしっかりと残っていた。

 窓の外は、まだ雪が降っている。ふわふわと舞う白い雪の向こうに、少し幼い笑顔の僕が見えた。その僕が、僕に向かって手を振って、


『いってらっしゃい』


 そう言った気がしたのは、気のせいかな。

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僕の話 日野 青也 @0113__akira

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