名詞ください

東京都未設定

第1話

○東京都港区・どこかの裏路地

『名刺・印刷 がたり』の看板


〇古びた店内・カウンター


店主「へい、いらっしゃい」


 客「……名詞ください」


店主「へい、んー何枚っ?」


 客「とりあえず2個」


店主「2枚ですかい?」


 客「はい2個」


店主「えー、はい、2枚ね。ただ最低50枚からなんで……」


 客「いや、2枚じゃなくて2個です」


店主「はいっ?」


 客「……」


店主「……」


 客「……」


店主「……お客さん、そっちの方ですかい?」


 客「……」


店主「……いやいや失礼失礼。最近じゃ珍しいもんでつい。ほらお客さん若いから」


 客「……」


店主「で、ご希望の名詞は?」


 客「できるだけシンプルで大きいやつ」


店主「ずばりこれってのはありますかい?」


 客「『空』とか『海』とか、『地球』とか」


店主「いやぁみなさん決まったようにそうおっしゃるんですがね、説明書かなんかに書いてあるんですかい?」


 客「あっはい」


店主「あのーそもそもそんなもんは中々手に入りませんし、加えてこの原油高にサプライチェインの混乱ですわ。通常の仕入れもおぼつかない状況でして」

 

 客「じゃあ何がありますか」


店主「んーそうですねぇ...在庫を見ますと...えー『空』に『海』、『地球』ですよねぇ…… あっこんなのどうでしょうかね。『チャーハン』」


 客「チャーハン?」


店主「えぇ『地球』とはいきやせんが、それなりに一般性もあって語感もいい。こちらでよけりゃすぐにご用意できやすが」


 客「あっだいじょぶです」


店主「お気に召されねぇですか。オススメなんですがねぇ。他は、えー分類別に見ていきやすと、<スポーツ>の『オフサイド』『左中間』、<IT>の『アダルト』『ごみ箱』、<ビジネス>でしたら『相見積(あいみつ)』に『無礼講』、『第二の人生』なんてのもごぜえやす」


 客「……」


店主「あとは<業界>だと『ツェーマン』『バミリ』なんてのもありやすね、えぇ」


 客「あっすいません、さっきからちょっとよく分かんないです」


店主「まぁあとは<政治>。こちらは季節もんが多いですが『比例復活』に『期日前投票』、最近は『給付金』も割と出ますかね、えぇ」


 客「時期で変わるんですか」


店主「そりゃあもう、トレンドっちゅうやつですわ」


 客「あのー<政治>の隣にあるのはなんですか?」


店主「あぁこれ?<ポストモダン>ですわ。ただあまりおすすめできるもんじゃございやせんでして」


 客「分類おかしくないですか」


店主「へぇ、まぁ先代の趣味みたいなもんで」


 客「ちなみにどんな名詞ですか」


店主「えー『脱構築』に『構造主義』」


 客「いや急にまともですね」


店主「いやいや聞こえがいいだけで"向こう側"じゃ使い物になりやせんよ」


 客「そうなんですか?」


店主「えぇ、こういった名詞には"足場"が必要になるらしいんですわ。ただ"向こう側"にそんなもんは一切存在しない。そういう意味じゃ『モダニズム』っちゅうほうがおあつらえ向きかもしれやせんがね」


 客「はぁ……」


店主「ただ先代に聞いた話ですがね、昔『理性』と『経験』を持って行った男がいたそうで。それはもう真面目な青年で、また強靭な精神の持ち主だったそうです。ですが"向こう側"に着くや否やソッコーで正気を失い、それはもう一瞬で"気化"しちまったらしいんですわ」


 客「ソッコーで……」


店主「まぁ当然っちゃ当然です。『理性』と『経験』には理性も経験も含まれねぇんですから」


 客「まぁ分かるような……」


店主「一方で、およそ考えるということをしたことがないそれはもう不真面目な男がいましてね、呑気に肩にセーター乗っけて『ザギン』と『シース―』を持って”向こう側”に行ったそうです」


 客「…… (あっ <業界>だ)」


店主「しかし蓋を開けてみりゃ、周囲の人間が次々と"気化"していくなかで、『ザギン』と『シース―』を保ち続け、そしてただ一人無事に戻ってきたそうです」


 客「…… (すごいな<業界>)」


店主「”説明書”には書いてないんでしょうが、要はどれだけ個人的なものかってのが肝です。名詞は"重し"。"気化"に抗い、"自身"を身体に繋ぎとめる重しなんですわ。抽象度の高い名詞は重しにならんのです。他の品詞や固有名詞と同じですわね」


 客「固有名詞もですか?」


店主「ええ、あっしも詳しいことは分かりやせんが、"記圧"に耐えうる強度を得るには長い時間が必要になるみたいでして、固有名詞はむずかしいんですよ。あとシンプルに権利関係がややこしいんで」


 客「人の名前もですか……」


店主「えぇ。地名やら歴史上の人物になってくるとまた別なんですがね。前にニーチェやらドストなんちゃらとかいう偉い先生の名詞を持ってった方もおりやしたね」


 客「それも抽象的に見えますけど」


店主「あくまでその名詞との親和性によりやす。その人が持つ思考様式との結びつきが重要なんですわ。まぁ大層な名詞を持ってく人間のほとんどはすぐに’気化”しちゃいやすがね」


 客「一般的かつ個人的な名詞……」


店主「先代がよく言ってたことですがね、現代は名詞と身体の親和性が低くなってきてるんだと。今の人が”記圧”に弱いとされるのもそこにあるかもしれやせん」


 客「聞いてるうちにここの品揃えにも多少の説得力が」


店主「そりゃあうちも商売なんで需要のあるもんを扱っておりやす」


 客「ちなみに今流行りの名詞はありますか?」


店主「……お客さん、流行はやめといたほうがいい。まだ名詞が不安定なんですわ」


 客「ちなみに何がありますか?」


店主「……えーまぁ最近入荷したのは『ユーチューバー』に『港区女子』……」


 客「じゃあそれで」


店主「はぃ?」


 客「『ユーチューバ―』で」


店主「いやいやこれは用途が違うというか"向こう"で使えるようなもんじゃ……」


 客「大丈夫です」


店主「はぁ……失礼ですがお客さんおいくつですかい?」


 客「22です」


店主「こりゃまたずいぶんと落ち着いて…… (なんでその年で"向こう"に……) 家族は?」


 客「母と妹がひとり」


店主「……"向こう"がどんな場所か分かってるんですかい?」


 客「はい」


店主「じゃあなおさらだ。慎重に選んだほうが良い」


 客「……妹とは年が離れてて、今は病院にいるんですが、毎日スマホで自分を映してユーチューバーの真似をした動画を送ってくるんです。バカバカしいんですけどなんだかそれがわるくないんですよ。将来の夢はユーチューバーとか言ってて笑」


店主「……ほんとにいいんですね?あんたの命に関わる名詞ですぜ」


 客「はい」


店主「"向こう"にいる期間は?」


 客「1年と言われてます」


店主「1年……(こっちの時間で50年ってとこか)」


 客「あの、色の取扱いはありますか?」


店主「何色ですかい?」


 客「『青』、今日の空みたいな」


店主「真っ青なのを用意しやしょう」


 客「……ありがとうございます」




店主「まぁあとよければ『チャーハン』も」


 客「あっだいじょぶです」


×××



店主「名詞入れはサービスです。そのへんのもんよりは”記圧”に強いはずだ、持ってってくだせぇ」


 客「ありがとうございます」


店主「あのー、お客さん……戻って来いよ」



 客、ゆっくりと頭を下げ店を出て行く。


店主、出て行く客の背中を見つめる。



店主「どうもいかんな、情がうつっちまって……また母ちゃんに怒られちまう」



店主、売れ残った『チャーハン』を<芸術>へ、『港区女子』を<文学>に、しょんぼりと片づける。

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