エピローグ アリスと僕の物語

*** あとがき

 読者の皆様、ここまで読んで下さって誠にありがとうございました。実は言うと、この物語は僕がこれまで経験した事実を元に脚色を加えたもので僕とアリスは実在します。しかし、アリスは生きていません。こんな未来があれば少しは救われたのではないかと思い、僕の願望を織り交ぜて小説として書きました。僕はこの物語を読んでくれたあなたにある事を伝えたくて筆をとりました。

 僕はアリスを救って守ることが出来ませんでした。彼女の側に寄り添うことができたとしても、誰もが送ることができる普通の生活をもう彼女はできません。大学で何かを学んだり、仕事でうまくいかず悩んだり、誰かと結婚して子供を授かったり。そんな普通の幸せすら、もう彼女は享受することができないのです。罪を犯さず後戻りできなくなる前に彼女の抱えていたものに気付くことができませんでした。

 そこで皆様にお願いがあります。もし虐めに遭っていて苦しんでいる人がいたのなら手を差し伸ばしてあげて欲しい。何も自分を犠牲にしてまで助けて欲しいなんて偽善的なお願いをするわけでもないし、いきなり根本的に全てを解決し欲しいなんてことは言いません。ただ寄り添ってあげて欲しいのです。誰か一人でも仲間がいれば心持ちは大きく変わります。もし何もしなかったらアリスのように全てを犠牲してしまうかもしれないし、自殺という最悪の選択をしてしまうかもしれない。手遅れになる前にどんな形でもいいから味方で居てあげて欲しいです。

 虐めは並大抵の方法では解決することはできないです。法律や学校は本当に追い詰められている時には守ってくれません。正直に言えば、加害者にはSNSに虐め動画を投稿するなどの必要以上の攻撃をするべきだと僕は考えています。たとえそれが間違っている方法だとしても手遅れになるなら実行すべきです。だがこれは本当に助けようと思わないとできないことなので、僕からお願いすることはできないです。

 僕はもうアリスを救うことができない。だけど君はその子を助けることができなくとも、自殺や事実上の死を未然に防ぐことができるかもしれない。

 これが僕からのお願いです。アリスと僕の物語を通して誰かの救いになれば幸いです。ありがとうございました。


『これが僕からのお願いです。アリスと僕の物語を通して誰かの救いになれば幸いです。ありがとうございました』

 頭に思い浮かんだ文章を最後にキーボードで打ち込む。全ての文章を書き終わるとカーソルを投稿ボタンへ移動させてクリックする。ようやく全て書き終わった僕は息を吐きながら背伸びをした。今日は一日中、PCの前に座って何度も思い付いた文章を書いては推敲して書き直すと一連の動きを繰り返し続けていたので背中の筋肉が凝り固まっている気がした。背筋を伸ばしたまま左右に動かすなどの数分のストレッチをしていると後ろから香りの良いコーヒーが机に差し出される。顔だけ振り向くとよく見知った人が「お疲れ様」と労いの言葉をかけて微笑んでいた。

「ありがとう、

 僕はコーヒーの入ったマグカップを手に取って感謝の言葉を述べた。言羽はPC画面を覗き込みながら「全部書き終わったの?」と尋ねてきた。

「あぁ、ようやく書き終わって全部投稿したよ。流石に一日中椅子に座り続けるのは疲れたな」

「かれこれもう六時間は経ってるね。何かお腹空いたと思うから何か作るよ。できるまでソファで休んでて」

 言羽はそう言って台所へと向かい、僕はソファに寝転ぶとすぐに瞼が重くなりあっという間に眠ってしまった。彼女に起こされて目が覚めると三十分が経過していた。テーブルへと向かいすでに出来上がっていた食事を摂り始めた。食事をしながら僕はある事を言羽に尋ねた。

「脚色を加えたとはいえ、言羽の事を書いてよかったのか?」

「うーん」と言羽は悩む素振りを見せてから言葉を吐き始めた。

「たしかに警察にばれてしまう可能性はあるけど、それ以上に誰かの助けになるかもしれないでしょ? あの事件は別にそこまで大きい話ではないし、もう十年を経過しているから誰も調べないと思う。それにこれは事実ではなくこんな未来であったなら良かったっていう願望でしょ? なら大丈夫だよ」

「そうか……」

 胡桃沢くるみざわ言羽ことは、それが作中のアリスのモデルとなった彼女の本名だった。言羽に再会した時、死ぬまで僕は側に居る事を彼女に伝え、別の田舎へと向かいほとんど人との接点のない場所で今の今までひっそりと生きてきた。彼女と共に暮らす日々の中で、言羽の存在が世間から忘れ去られるというのが気に食わなかった僕はかつて小説家に憧れていた記憶を思い出して物語として書き残すことにした。物語の詳細部分は言羽に言われて書き始めた日記を利用することで補った。

 どうしても言羽がどんな思いであの事件を起こしたのか僕の妄想でも構わないので世間に知って欲しかった。このことを相談した時、言羽は何一つ嫌がる顔をせず許可をくれた。

 彼女と再会してからは穏やかな日が続いた。時々、作中の一ノ瀬霞のモデルとなった二階堂にかいどう香澄かすみがやって来ては二人で楽しそうにおしゃべりをしている。二人が久しぶりに会った日は二階堂さんが生きている言羽の姿を見て泣き出してしまうといったハプニングがあったが、空白の期間を取り戻すかのように頻繁に彼女たちは会うようになっていた。言羽のご両親には手紙を渡しに行かせてもらった。言羽に頼まれて彼女が書いた手紙を渡しに彼女の実家を訪れたのだ。言羽がどんな事を書いていたのか知らないが、その手紙を読んでいる最中のご両親は瞼に涙を溜めていたのを覚えている。

 そして時々、言羽は僕に隠れて布団の中で泣いている。その理由は分からなかったが、どうやら僕には知られたくないようだったので僕は何も聞かず気付いていない振りをした。当事者にしか分からないことだってあるのだ。

 食事を摂り終えた僕達は縁側に座って休むことにした。自然と言羽とは手を繋いでいた。僕たちのこの関係や状況は世間一般からすれば幸せとはいうことができないのだろう。だが言羽がいるだけで僕の世界は満たされている。ずっとこのままで居たいと思う。僕たちの物語は幕を閉じたが未来が消えてしまったわけではない。僕はこれからも言羽と共に生きていく。たとえ言羽が罪を背負っていたとしてもそれは誰かを守るために力を尽くした証拠なのだ。それを僕はずっと肯定し続ける。もう二度とこの手を離すことはないだろう。

 気付くと隣に座る言羽は僕の肩に体を預けながら寝息を立てていた。手を繋いでいない逆手で顔にかかった髪を払ってから頭を撫でた。彼女の寝顔がとても愛おしかった。僕は言羽の額にそっと軽いキスをしてから空を眺めた。

 僕はとてつもない幸福を感じて思わず微笑んだ。僕も言羽と同じように目を瞑り眠った。互いに起きるまで僕たちは握り締めたその手を離すことはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アリスと僕の物語 黒咲侑人 @YUHTO

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ