首都で待つもの(2)

 夕刻。

 鈍竜の荷車はイズーの街中をゆっくりと進んでいた。

 セラファンは、ガラルでは見かけない立派な建物を物珍しそうにキョロキョロと見渡していた。

 イズーで生まれたというが記憶はない。物心ついた時にはガラルにいたし、時々、イズーの実家に母が帰ることがあったとしても、セラファンは常に留守番だった。

 レイラは、イズーの人々の噂好きを知っているし、王族を表した角ありの子供がイズーの街を歩くことは良からぬ事態になるだろうと想像がついた。だから、セラファンを絶対にイズーには連れていかなかったのだ。

 実際、まだ混乱の最中にあった時は、民衆がベルヴィン家に押しかけたこともあった。レイラが不義を働いたのだ、と勘違いした一派もいたのだ。

 しかし、本来争い事の嫌いなエーデム族のこと、大きな事件にもならず、レイラもその事実を知ったのは、もう何年も経ってからだった。

 父に申し訳ないと思うと同時に、王家の負担も大きいのだろう、とふと思った。

 エーデム族は、本来、心話を用いる種族だ。その能力は、もはや王族や王族から派生した貴族たち一部のエーデム族にしか、伝わっていない。

 実害がないにしても、民人たちの思いや不安を、エーデム王族は受け止めてしまう。故に、エーデム王族は、民の希望・エーデム族の象徴として存在しているにもかかわらず、あまり民衆と積極的に交わらず、表に出てこないのだ。


 石畳の街に低く重たい鐘の音が響く。

 あまりの荘厳さに、セラファンは空を見上げた。

 銀の角に響く音は、物悲しくも感じた。

 大きな街なのに、人影もまばらなのが、ますます寂しさを感じる。

「これは……時刻を知らせる鐘なのかな?」

 ふとつぶやくと、母がすぐに返事をした。

「いいえ、これは……」

 気がつくと、母の顔は強張っていて蒼白だった。

「これは喪に服す鐘の音よ。王族の誰かが……身罷った」

 考えられるのはラベルだ。

 彼はエーデムリングに迷い込み、死してガラルの瑠璃門から流れ落ちる。

 間に合わなかったのだろうか?

「御者さん、急いで! ベルヴィンの館へ!」

 レイラは、実家への道を急がせた。どんなに急いでも、鈍竜の歩みは遅く、走れないことを知っていたのだが。



 かつて、ウーレンに攻められた時、イズーの街は火の海と化した。

 石の土台に木を組んで建てられた多くの家は燃えてしまい、石垣も崩れ、焼け死んだ者も多かった。ベルヴィンの屋敷も、当時のものは姿形もなくなり、今の屋敷はイズーが解放された後、規模を縮小して建て替えられたものである。

 もっとも、レイラはガラル生まれのガラル育ち、今の屋敷しか知らない。それでも、残された数少ないエーデム貴族の家だけあって、かなり立派なものである。

 大きな門をくぐると、外からは気がつかない大きな庭が広がっていた。

 セラファンは、空いた口が塞がらなかった。ガラルの家の十倍はありそうな大邸宅が目の前に出現し、母がエーデム貴族の出であることを、改めて思い知った。

 そして、その母がこんな立派な家を飛び出して、一緒になった父とは、どのような人物だったのだろう? と思った。

 幼い頃から、父に似ていると言われてきたけれど、セラファンにとって父は想像できない不思議な存在だった。


 大きな家にも慣れている母は、ずんずんと歩いて行き、ついキョロキョロしているセラファンは置いてきぼりをくらいそうになった。

 家の中に入ると、置いてきぼりを食うのはセラファンだけではなくなった。

「お嬢様?」と声をかける使用人たちも、レイラの足の速さにはついて行けなかった。

「お父様はどこ? 自室にいるの?」

「あ、はい」

 そんなやりとりの中、長い廊下の向こうから、レイラの父が現れた。

「ああ、レイラ。早かったのう。ムンク鳥を送ったが、間に合わなかった」

 小柄で丸顔の人の良さそうな老人だった。

「お父様! この鐘は? まさか、ラベル様が亡くなったの?」

 ベルヴィンは、小さく頷いた。

「あれから一度も目覚めることはなく、ムテの医療でなんとか命を繋いでいたという話だ。でも、もうすでに五年も前から亡くなっているのでは? とも言われていたのだがな。一週間ほど前、やっと、王が王子の死をお認めになった」

「一週間前!」

 レイラは驚いて声を上げた。

 一週間前といえば、あの日だ。初めて、セラファンをファセラと呼んで、ラベルの言葉を聞いた日だ。

 その後も、ラベルが送ったと思われる声を、夢を、セラファンは見続けている。

 レイラは頭が混乱していた。

 セラファンに襲い掛かっている悪夢の理由を全てラベルのせいにして、怒りを力にしてここまできたのだが、その当人が亡くなっているとすると、誰に責任があると言うのだろう?

 それとも、あの言葉がラベル最後の遺言とでも言うべきものなのか?

 彼の体は瑠璃門から流れ出てくることはなかったが、魂だけはセラファンの元に飛んできて、あの言葉を吐かせたとでも言うのだろうか?


 だとしたら、なぜ?

 私に何をしろと言うの?

 私に何を言いたかったの?


「セリス様には会えるかしら?」

 王族は密葬だ。

 黄泉送りの儀式は、一般には公開されない。

 だが、セラファンの夢の真相を探るには、エーデム王セリスと会って、事情を説明するしかない。何らかの答えを、彼が持っていると信じて。

「王も会いたがっている、しかも、内々にな」

「この件で、内々でなかったことが、一度でもあったかしら?」

 嫌味ったらしくレイラはつぶやいた。










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