首都で待つもの
首都で待つもの(1)
あまりに簡易な馬車だった。
エーデム王族が乗るような馬車ではない。
装飾がないだけではない、とにかく簡素なのだ。
屋根もなければ幌もなく、長距離走るには不向きだ。荷台も大きくはない。
この日が雨でなくて幸運だった。降り注ぐものは、やや凶暴な西陽だけだ。
ただ、車輪はしっかりとしている。荷台もがっしりしていて、多少の揺れでは軋むこともない。とにかく速さを得るために、不要なものを全て外したのだ。
そんなそっけない馬車なのに、さほど速さが出ていないのは、流石に長距離だからだ。エーデム首都のイズーを出てガラルに至り、馬を取り替えることもなく、翌日にはまたイズーを目指していた。
二頭の馬を操るリューマ族の御者と、二人のエーデム族を乗せて。
しなる鞭の音を聞いて、馬は、汗を吹き出しながらも、走り続けていた。
急がなければ、陽が沈むまでにイズーにはたどり着けないであろう。鞭の音は自ずと増えていった。
銀の角を持った男は、気が急いているのか、身を乗り出すようにして、前を見据えている。ヴェールで顔を隠した女は、後方を向いて伏し目がちだった。そして、時々聞こえる鞭のしなる音のたびに、肩をすくませた。
対象的な二人のエーデム族。時々、風が二人の銀髪を揺らしていた。
ガタン。。
車輪が石に乗った音。
セラファンは、うたた寝から目覚めた。
また夢を見ていたのだ。
おそらく過去の出来事を。
早朝、母と二人、鈍竜の引く荷車に乗った。馬とは違ってゆっくりしか進めず、イズーまでの行程は、二日がかりだ。途中、村々に立ち寄れば、もっと遅くなるかも知れない。
鈍竜を御するエーデム族の男の他は、セラファンとレイラだけだった。
旅の途中、母のレイラは、他の客がいないことをいいことに、延々と今まで語ったことのないエーデム王族と自分達との関わりを語りまくった。
その話は、セラファンにとっては驚きの連続だった。
自分がエーデム王族の父を持つことは知っていた。歌うたいのメルロイのことは、レイラはもちろん、ガラルの誰も隠すことなく話していたからだ。
だが、母が自分が生まれる前にエーデム王子ラベルと再婚していたことは、誰一人口にしたことがないことで信じられなかった。
セラファンにとってエーデム王族は遠い存在で、たまたま父が過去にそうだっただけで、その父さえもあったことのない存在で、本で語られるだけの人々だった。
その王族の呪いのようなものに、取り憑かれているのだ、と母は言う。
仮の父であるラベルと面談し、エーデム王族と完全に決別しなければならないことを、レイラは力説し、セラファンも母の言わんとしていることが理解できた。
今まで見てきた夢の数々を思えば、母の説は最もだと思えたのだ。
セラファンが頷くと、レイラはやっと安心したのか、朝からの疲れが一気に出たのか、横になったかと思うと、あっという間に眠りに落ちた。
その母の顔を見ているうちに、セラファンの瞼も重たくなり、うとうとと眠りに落ちていたのだ。
母は、よっぽど疲れているのか、今の揺れくらいでは目覚めそうにない。
エーデムの首都イズーまでは、あとどのくらいだろうか?
おそらく夢で見た馬車ならば、もう着いていたに違いない。いや、もしかしたら……角ありの自分ならば、ガラルの白亜門を越えれば、すぐに辿り着いたのかも知れない。
「リーズと……シリア……」
セラファンは、ふとつぶやいた。
夢の中に出てきた二人の名前だ。
今までの夢ならば、自分に近しい人としての認識しか持てなかっただろう、王族の話を聞いたおかげで、夢の中の人物が名前を持って現れたのだ。
リューマ族にイズーを攻められた時、エーデム王セリスはガラルの巫女姫シリアの力を頼った。王子であり、シリアの兄であるリーズに、馬車でガラルまで迎えに行くように命じた。
おそらく、その帰り道……それが、夢となって、セラファンに訪れたのだろう。
この二人は、セラファンが生まれる以前に、もうすでに故人となっている。
実際、こうして夢の中で姿を見てしまうと、歴史の本の中でさらりと読んだ現実が、もっと生々しくこの身に感じられてしまう。
おそらく、この夢の馬車の旅より数日後、エーデム王子リーズは、イズー城をめぐる戦いでセルディーンの矢に射抜かれて命を落とし、シリアは連れ去られて、さらに数週間後、リューの地で塔から身を投げて命を落とした。
巫女姫シリアは、エーデムリングに選ばれし者であり、古のエーデム族をよく現した人物で、時に夢見で未来を知ったという。
おそらく、夢に出てきた馬車の中の巫女姫は、既に自分の不幸な未来が見えていたのであろう。エーデム王族でありながら何の力も持たなかった兄王子の前を見据えた姿とは対照的に、絶望と覚悟が支配した表情をしていた。
セラファンは、夢の中のシリアのように旅立ったガラルの方向を見て、目を伏せた。
おそらく、角ありでエーデムリングの氷竜の声を聞くことができる自分は、シリアのように夢を見て、運命に恐れ慄くだけなのかも知れない。
現実には何の危険もないはずのガラルに身を置きながら、エーデムの巫女姫は常に滅びの夢に脅かされていたという。角ありとなってからのセラファンも、同じように常に夢に惑わされ、不安になり、泣いてばかりの日々だった。
「僕も……彼女のようになるのかな?」
不安が胸の中に渦巻く。
「う、うううん」
いきなり、母のレイラが返事をした。
セラファンは驚いたが、レイラはただ寝ぼけて寝返りを打っただけだった。
自分のために一生懸命になってくれる母に、もうこれ以上心配はかけたくない。
セラファンは立ち上がり、鈍竜の向かう前を見つめた。
首都イズーで自分を待っている運命は、いかなるものか? それは、夢見でもわからない。
でも、どのような運命が待っていようと、真っ直ぐ前を見て歩こうと思う。
今日の太陽もリーズとシリアの旅路と同様に眩しく、強烈な西陽がセラファンの銀髪を染めた。
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