ファセラの呪い

ファセラの呪い(1)

 レイラの結婚の儀は、異例づくしだった。

 葬儀とは違って、こちらは本来国を挙げて祝うものである。

 しかし、葬儀が続いて喪に服している時期を理由に、大々的な式典は行われなかった。

 かえってそのほうがレイラにも良かった。

 なぜなら、もうお腹は隠せないほどに大きくなっていたので、つい見てくれを気にしてしまうレイラにとっては、式は苦痛この上なかっただろうからだ。

 もちろん、結婚式が大々的でなかった本当の理由は別にある。ラベルが死人しびとのように寝たきりで、その姿を公にはできなかったからだ。

 彼の姿を平民だけではなく、貴族にすら見せることを、セリスは嫌った。


 イズーのお城の謁見の間でほんの一部の重鎮だけを招いた、いわば、政治的なお披露目の意味しか持たない結婚式だった。

 百名以上が会食できるほどの空間にわずか十数名。厳かで重々しく、静かで‥‥むしろ、セルディーンの葬儀の方が賑やかだっただろう。

 招かれた誰もが、これが形式的な結婚で、エーデム王族の未来を背負ったもの、とわかっていた。ある種の茶番だった。

 お腹を隠す意味もあった白いヴェールの衣装は、それなりの華やかさもあったが、この場に華を添えるには物足りなかった。

 ヴェールに隠れたレイラの表情は、花嫁のものではなく、むしろ、血の責任を果たすための贄のような決意を秘めたものだった。

 父親からレイラを引き継いだのは、夫になるラベルではなく、その代理である父親のセリスであった。

 かつての婚約者と、こんな形で結婚式にのぞむとは、なんと皮肉なことなんだろう、とレイラは笑えてきた。

 おそらく、かつて、エーデム王族の血の維持のためにセリスと結婚していたとしたら? 全てが丸く収まって、このような相手の意思もわからない結婚はなかった。

 婚約破棄に泣き喚いた当時の幼い自分の姿が思い浮かぶ。人生初の挫折だった。

 あの頃は……何も知らなくて幸せだった。

 そして、夫のメルロイと出会うこともなかった。彼とはセリスとエレナの結婚式の時に、初めて出会ったのだから。

 夫のメルロイとは結婚式がなかった。

 それなのに、かつての婚約者と小規模ながらも式を挙げているとは。まさに茶番劇ではないか?


 でも、この結婚が、エーデム族に明るい未来を呼ぶと信じて……。



 式の後、エーデム王家とベルヴィン家のみの会食が行われた。

 この結婚に最初は乗り気ではなかった父も、穏やかな顔をしていた。

「これで、私も安心しました」

「安心しすぎないでくれ。私にはおまえの助けが必要なのだから」

 そういって王が微笑む。父と王が、にこやかに話をするのを見るのは、久しぶりすぎて思い出せない。

 おそらく、王の家族は、この数ヶ月間暗い食事しかしていなかったと思われた。

 このような結婚でも花嫁としてレイラをむかえたことは救いになったようだ。

 この日ばかりは、塞ぎ込みがちだったエレナも微笑が戻ってきていた。しかし、さすがに、単純に息子の結婚を祝う気持ちにはなれないようだ。

「本当に、ラベルでいいのですか?」

 息子の結婚に喜びながらも、その目は不安げに訴えてくる。無理もないだろう。意識もない死者同然の息子なのだから。そして、この結婚が、立て続けに子を失い、しかも、年齢的に次の出産は厳しいだろう自分を思って、セリスがゴリ押しで決めたことだろうと思えば、申し訳なさの方が先に立つのであろう。

 しかし、王妹フロルは違った。

 食事が終わると、レイラの腕をとってにっこりと笑う。

「ねぇ、レイラ。こちらに来てみて!」

 馴れ馴れしいくらいに気軽に話しかけられて、レイラは戸惑った。

 いたずらっぽそうに笑う緑の瞳は、同じように子供を失った立場とは思えないほどに輝いている。子供の死のショックは、まだ彼女に覆いかぶさっているはずなのに。

 なんだか拍子抜けして、レイラは疑い深げにフロルの後をついて行った。


 夜のイズー城は、レイラは初めて歩く。

 回廊にはぎっしりと蝋燭が掲げられ、むしろ昼間よりも明るく見えるほどだ。庭が真っ暗なせいもあるのだろう。

 いったいどこに連れていくのやら? 

 ふわふわと歩く姿ははかなげで、気が強そうには見えない。葬儀の時の気丈さは、すっかり影を潜めていた。

 大きな部屋の前で、フロルは止まった。

「ここよ」

 にこにこ笑いながら、彼女は扉を開けた。

 そこは、ベランダのある大きな部屋だった。奥に続き部屋があり、そこにベッドが置いてある。

 芳しい薔薇の香りがする。思わず誘われて、ふらふらと入ってしまった。

 家具は古風だが可愛らしい。やや丸みを帯びた形をしていて、蔓薔薇をあしらった取っ手があり、つい手にとって開けてみたい衝動に駆られる。

「開けてもいいわよ。明日からあなたが使うのだから」

 フロルの言葉に、伸びかけたレイラの手が止まった。

 フロルは楽しそうにくるりと回ると、ベランダの扉を開た。

 イズーの街灯りが目に飛び込んできた。

「ほら、ここからなら街も一望できるし、ベルヴィンの家だって見えるのよ。新婚さんにはぴったりの部屋でしょ?」

 レイラは驚いて声もでなかった。

 すると、フロルは戻ってきて首をかしげた。

「ここ……気に入らなかったかしら?」


 この部屋は、王妹フロルの部屋だった。

 しかし、レイラがラベルと結婚することを聞いた彼女は、今までふさいでいたのが嘘のように喜んで、自分の部屋を提供するといってきかなかったらしい。

 イズー城で一番いい部屋だといわれている。

 レイラは、ふらりと部屋をさまよい、ベランダに出た。本当に噂どおりのいい部屋だった。

 思わず涙が出てきた。

「いえ……もったいなすぎます」

 今まで、この王妹を誤解していたらしい。なぜかわからないけれど、鼻持ちならない女だと、勘違いしていた。

「もったいなくなってないわ! だって、あなたは妃なんですもの! それにね、ラベルだって、あんな小さな部屋に隔離されているから、元気にもならないんだわ。兄様ったら、隠すようにしちゃって」

 緑の瞳は夫を思い起こさせる。同じ王族の血をひく者、とてもよく似ているのだ。

「私、思うのよ。これだけ不幸が続いたんですもの。今度は幸せが来なくちゃね。そのさきがけが、あなたなのよ」

 強い……と、思った。

 それにこの部屋も、とても気に入ってしまった。

 でも、同時にエレナに申し訳ないような気がした。エレナならば、きっと悲しみからこう簡単に逃れられまい。

 そしてレイラは……。

 絶対に、これは幸せな結婚にしよう、エーデムのために、王家のために。

 もう迷いはない、そう思っていた。

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