銀の角の夢

銀の角の夢(1)

 エーデムリングに選ばれし者の証、銀の角。いにしえのエーデム族の男ならば誰もが持っていたものだった。

 エーデムリングの力を帯び、引き寄せ、常に自身の身を纏う結界とし、時に、国を守る結界をはり、さらに、エーデムリングの守護たる銀竜を召喚する力を持つと言われている。

 だが、今となってはその能力を表すものは稀となり、王族に時々現れるだけだった。稀に平民でも角を持つ者が現れることもあるが、あくまでも名残であり、何の力も持たない、いわばお飾りであった。

 いずれの場合も、少年から大人になる頃、突然、耳の横あたりから銀の角が生えてくる。これは、かなりの痛みを伴い、時に命に関わった。

 セラファンも、突然、頭痛に襲われて、一晩苦しんだ挙句に、角ありとなったのだ。


 その苦しみの中、セラファンは夢らしきものを見た。

 らしき……というのは、夢と思うには、頭の痛みも相まって幻とは思えなかったのだ。

 

 ひたすら痛みに堪えていると、誰かが強く手を握ってきた。

 ふと目を開けると、同じベッドでやはり頭に角を持った少年が苦しんでいた。痛みに耐えるかのように、セラファンの手を握りしめていたのだ。

 なぜか、セラファンはその少年が自分とうりふたつだ、と思った。いや、むしろ、自分の分身だ、とすら感じた。

 お互いに手を強く握れば、その分、痛みに耐え切れるような気分になった。

 銀の影が揺れる。

 そっと辺りを見渡すと、ムテの医師たちが何人か、ベッドの横で香を炊いていた。安らかな香りだ。頭痛を和らげる薬に違いない。

 蝋燭の灯りの中、煙が舞っている。ゆるりと輪を描きながら上っていって、ベッドの天蓋に吸い込まれていった。

「意識が戻られましたか? ただ今、王を呼んで参りますゆえ」

 ムテの医師の一人がそう言った。


 王? 

 ああ、父上のことか。


 痛む頭を抑えつつ、セラファンは何の疑問もなくそう思った。

 目覚めて思えば不思議なことだが、夢の中というものはそういうものだ。辻褄の合わないことを、なぜか、当然のように納得してしまう。

 しかし、王よりも先に姿を表したのは王妃である母の方で、涙を浮かべながら、ベッドの方へと駆け寄ってきた。

 そして、少年二人を抱きしめて、よかった、よかったと、何度も言ってはまた泣いた。

 その背後に、王である父が立っていた。

 平民の母は美しい金の髪をしていたが、父はエーデム族らしい銀の髪だった。そして、エーデムの銀の角を持っていた。

 母が涙を拭いながら立ち上がると、今度は父が二人を抱いた。そして、生えたばかりの少年の角に手を伸ばした。

 一瞬……父の顔が歪んだ。が、それはほんの僅かな間だった。

「二人とも無事に角ありの試練を乗り越えられて、本当によかった。エーデム王族として、エーデムリングに選ばれし者の証を持つに至ったこと、誇りに思う」

 父の微笑みに、セラファンはほっとした。苦しみが報われたような気がした。

「もうすぐお前たちも十一歳になる。私は、この誕生日を大々的に祝おうと思う。中庭に貴族たちだけではなく、一般市民も交え、エーデム王族の明るい未来を宣言しよう」

 普通、王族の誕生日を祝うことは、公の行事にはしない。だが、エーデム王子が角ありであることを、世間に知らしめるには絶好の場となるだろう。

 しかし、セラファンは何かが引っかかった。


 もう一人の少年と二人きりになると、その疑念をぶつけてみた。彼も同じ疑念を持っていたようで、二人の思いは一緒だった。

「僕は……角が生えてきても、シリアみたいに竜の声も聞こえなかったし、今も、耳が鋭くなったとは思えないし……心話の力が増したとも思えていないんだ。君はどう?」

「僕も、だよ。もしかしたら、この角には何の力もないかもしれない。角に触れた時の父上の表情が……固かった」

 平民であっても、時に悪戯に古の名残で銀の角が生えてくることがある。多少は能力が増大することもあるが、とてもエーデムリングに選ばれし者とは言えない。

 この双子の母は、王族の血を持たない平民、父の母もやはり平民だった。いわば純粋なる王族の血統とはいえない。

 この双子の王子が角ありにならない可能性は、大いにあった。

「だとしたら……僕たちがエーデムリングに選ばれた王子だって、宣言されるのはちょっと……」

「確かに……民を騙すことになりはしないか?」


 父は、いつもエーデムリングの力に民は頼っている、だからこそ、王族が必要とされている、と言っていた。

 だから、二人の王子は常にエーデム王族として正しくあろうと心掛けてきた。そして、角が生えてくる痛みよりも、むしろ、喜びの方が優っていた。

 もしも角ありでなかったら……という長年の不安から解放されたのだ。

 でも、もしも、その角にエーデムリングの力が宿っていなかったとしたら?


 セラファンは、一抹の不安を感じた。

「もしかして父上は……幻滅のあまり、僕たちに能力が備わらないことを知りつつも、あたかも能力を持っているかのように演じろ、と言っているのではないだろうか? 僕たちには荷が重い」

「いや、きっと違うよ」

 もう一人の少年が首を振った。

「きっと父上は、母上のことを気遣ったんだよ。平民出の王妃として苦労している母上を気遣って……だって、僕たちが角ありの王族でさえあれば、母上のことを悪く言うものはいなくなるだろう?」

 セラファンは、常に父の陰で目立たないようにしている母の姿を思い出した。

 父と母は幼なじみで、かつ、厳しい時代を二人で乗り越えてきて、愛を育んできた。そして、多くのエーデム貴族たちの反対を押し切って結婚した。

 その結婚を、いまだに悪くいう一派がいることを、双子の王子はよく知っている。

「そうだね、僕たちは、母上のためにも、立派な王子であり続けなければならないんだ。たとえ、エーデムリングに選ばれぬ王子だとしてもね。それを、母上のせいだなんて、絶対に言わせないよ」

 二人は、手を取り合って、誓い合った。


「母上……僕は……負けない」


 苦しい息の下で、うつらうつらしながら、セラファンはつぶやいた。

 その手を固く握りしめていたのは、夢の中の分身の少年でも、金髪の女性でもない。涙目の母・レイラだった。

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