銀の角の夢(2)
農作業の合間、休憩中にお茶を飲んでいた時だった。
繁忙期以外は、レイラは子供たちを集めて勉強を教えていた。そのお礼に子供たちが農作業を手伝ってくれていた。その子たちにもお茶やお菓子を振る舞って、休憩時間は常に楽しいものになっていた。
その日も、穏やかで気持ちのいい日で、皆、汗を拭いながら、各々くつろいでいた。
セラファンも一息ついてカップに口をつけようとしていた。が……。
「お兄様たちは一人で生まれれば普通だったのよ! それが二つに分かれて生まれてきたから、お互いに半人前にもならないんだわ! だから……」
突然、耳に甲高い少女の声が響いてきた。
セラファンは驚いて立ち上がり、あたりを見渡した。やや離れた場所に、少女がやはりお茶していたが、お菓子を頬張って微笑んでいる姿を見れば、あの甲高いヒステリックな叫び声を上げるとは思えない。
それに、その声は本当に耳元で、いや、耳の奥に響いてきたような感じで、その証拠に他に誰も聞いていないのか、反応したのは自分だけだった。
「あら、どうしたの? 何かあったの?」
母のレイラに驚かれて、セラファンは慌てて座り直した。
空耳……にしてはおかしいけれど、そうとしか言えない。エーデム族に生える角は、遠くの音さえ拾って、聞こうとすれば聞くことができると言われているけれど。
セラファンは、その時は受け流し、仲間と談笑して過ごした。
だが、声の主を、その後、何日も探しつづけた。
しかし、どこにもいなかった。
二つに分かれて生まれてきたから、お互いに半人前にもならない……。
重たい扉を音を立てないようそっと開ける。
広い部屋には、窓からカーテンの隙間から漏れた月の光が、一筋差し込んでいた。その光の線を辿るように目を移すと、天蓋付きのベッドが白く浮き上がって見えた。
角を伝わって、すすり泣く声が響いてくる。
やはり銀の角を持った少年が、ベッドに伏せていた。絹の枕に顔を埋め、泣き声を押し殺して、泣き続けていた。
その声が聞こえるのは、泣いている本人と、彼を傷つけた少女、そして、自分と‥‥やはり有角の父だけであろう。
セラファンは、恐る恐るベッドに近寄り……そして、耐えきれずに涙を流した。少年に寄り添って、そっと手を伸ばし、銀の角に触れた。そうすると、まるで、言葉を交わしたかのようにお互いを感じることができた。
「シリアの言うことは気にしなくてもいい、そう父上も言っていたから」
誰しも一人でことをなすことは出来ない。常に誰かとともに歩んでゆくもの。
おまえたちは特別な兄弟。いつまでも仲良く、そしていつか二人で私を支えてくれれば、それはうれしいこと。
そう父は語り、我々の肩を抱いてくれたではないか?
「僕たちはきっとお互い励まし合い、助け合うために、二人に分かれて生まれてきたんだよ。たとえ、この角がお飾りでエーデムの力をほとんど秘めていないとしても、父上は僕たちを特別だって言ってくれた。母上がそうであるように、僕たちもずっと父上を支えて生きていこう」
と言いつつ、心に突き刺さった言葉は消えない。
父を呼びに行くためのその場を外していた。幼い妹のきつい言葉……しかも、紛れもない真実の言葉を、直接、受けたのは双子の兄の方で、双子ゆえの鋭い感覚で、自分も同じ傷を感じてしまった。
それでも泣き続けていた双子の兄は、起き上がり、うなづいた。
「そうだね。僕一人ならとても耐えきれない。君がいてくれるから……僕は強くなれる。もう泣かないよ。母上のためにも、エーデム王子としてしっかりしなくちゃ。そして、父上の力にならなくちゃね」
セラファンは目を覚ました。
まだ夜、月明かりがカーテンを通して差し込んでくる。だが、その部屋は狭く、隣の部屋で眠っている母の寝息が聞こえてくるほどだ。ベッドも天蓋などあるはずもない。寝具も生成りの木綿製だ。
「夢……」
そっと頬に手を当てると、涙を感じた。夢を見ながらも、泣いていたのだ。
先日の甲高い少女の声を、夢の中で再度聞いたような気がする。その途端、セラファンは別の誰かの夢に迷い込んだらしい。
だが、夢を見ている間は、それが全く別人だとは思えず、見知らぬ顔の少年なのに、まるで自分と瓜二つの少年と心を通わせていたように思う。
セラファンは、幼い頃から誰かの泣き声を感じたりすることがあった。
それが、エーデムリングに住む氷竜たちの怯える声だと理解したのは、つい最近のことだった。
母から、古のエーデムリングについて学び、知識を身につけることによって、不安に怯えることは無くなった。かつての父のように、むしろ、竜たちのために歌を歌ってあげたりもしていた。
若き巫女姫のように、竜の苦しみを我が身に受けて、動揺してしまうようなこともなく、ごく当たり前に受け止めることができたのだ。
だが、この夢の感覚は、エーデムリングの竜たちの心の声ともまた違った。
一体何なのだろう?
全くわからなかった。
ただ、甲高い少女の声が何度も頭の中を行ったり来たりし、その度に胸を刺されるような痛みを感じ、涙がとめどなく流れてきた。
「僕は……誰にも望まれていない……」
特に父は、きっと存在すらも気に留めていないだろう、落胆しかないのだろう、そう思えてきて、涙が止まらないのだ。
きっと僕たちは、お互いを励まし合い、助け合うために……。
「そんな君も……僕を置いていってしまったじゃないか。僕はたった一人で……いや、残された半身で、一体どうしたらいい?」
この魂の叫びを、一体誰が聞いてくれる?
セラファンは、一晩中泣き続けて朝を迎えた。
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