銀の角の夢(3)

 セラファンが緑の瞳を真っ赤にして起きてくる日が続いた。

「どうしたの?」

 と、レイラが聞いても、何も返事がない。やっと返ってきた返事は

「何でもないよ」

 それだけしかない。

 夜中に耳を澄ませると、子供がしくしく泣いている。


 一体何が悲しいのだろう?

 怖い夢でも見たのだろうか?


 あまりにも毎回なので、レイラは子供を自分のベッドで眠らせることにした。もうすぐ十一歳になる子、もう添い寝は卒業させたと思っていたのだけれど。

 一緒に寝るようになり、数日は泣くことが無くなったが、また、しばらくすると、うなされ、泣くようになった。

「父上は……僕を望んでいない」

 いきなり泣きながら言われた時には、レイラは驚きを隠せなかった。

 確かに、この子が生まれた時、すでに夫は旅立っていて、子供がいることすらわかっていないだろう。だが、望まれてはいないなどと、そのように思わせるようなことは何もなかった。

 一緒に暮らしていた時は、メルロイも子供を望んでいたし、レイラも欲しがった。でも、エーデム魔族は滅びの道を歩んでおり、古の血を濃く残す二人には、なかなか子宝が授からなかったのだ。

「そんなことはないわよ、きっと喜んだと思うわ」

 ただ、夫はエーデムのために旅立った……多分、エーデムのために、血の責任を果たすために旅立ったのであって、妻と子供を捨てたわけではない。

 そう信じているのだが、レイラは言葉が見つからない。メルロイは、レイラに旅の目的を一切話さなかったからだ。

 一瞬、夫に疑念を抱き、すぐにそれを否定した。

「お父様には、果たすべきことがあった、だから、旅立ったのよ。私たちは、捨てられたわけではないわ」

「僕が半人前で……何の能力も持ち合わせていないから……期待されていないから」

「そんなこと……ない」


 何も説明してくれなかった夫に、レイラは恨みさえ持った。

 いつもいつも、ふらっと旅に出てしまい、帰りを待つ日々ばかり。旅の目的すら、レイラに話してくれたことはない。

 そして、最後の旅の時すらも、何も理由を語ることなく、ふらりと出かけてしまった。帰るといういつもの約束さえもせずに。

 今、この瞬間、彼がいてくれて、力を貸してくれたなら、と思わざるを得ない。


 ひどいわ、メルロイ。

 どうして私たちを置いていったの?

 どうして帰ってきてくれないの?


 もう何年も、この生活を不幸だと思ったことはない。

 そもそも、彼は風のような男だったのだから。それを承知で一緒になったのだから。

 もう帰らないのだろう、と知りつつも、彼のことだから、突然ふらっと帰ってくるかもしれない、などと、明るく考えてもいた。

 だが、息子の変化に悩み始めてからは、何度も夫の存在がないことを恨みに思った。辛いと思った。

 壁にかかるリュタンを見ては、ため息が出てしまう。

 そんな時、ふらりとセラファンがレイラの前を通り過ぎ、壁のリュタンを手に取った。そして、当たり前のように、弾き始めた。

 もう床に置いて爪弾くこともない。まだまだ子供とはいえ、もう楽器を抱えて弾けるほどには成長したのだ。

 レイラは、我が子の成長に目を細め、その演奏にうっとりとした。

 まだ子供の声ではあるが、歌い方はまるでメルロイ。父親を知らずして、ここまで全てが似ているとは、まさに血の奇跡だろう。

 そして、歌には癒しの力があり、レイラの心を穏やかにしていった。


 弱音を吐いている場合じゃない。

 私がしっかりしないとダメなのよね。


 今日も明日も頑張ろう、これからもずっと一生懸命生きていこう、と力が湧いてくる。

 ……と同時に、ハッとした。

 セラファンは、メルロイの能力も受け継いだ。

 ガラルでは、誰もが、メルロイとそっくりだ、同じようだ、と言ってくれる。

 誰が彼に、半人前で能力がないと言ったのだろう? 期待しないと言っているのだろう? 

 このガラルでは、誰もそんな人はいない。

 何かがおかしいのだ……一体、何がおかしいのだろう?

 レイラには、何もわからなかった。

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