異例の葬儀(4)

 やっとレイラが花を捧げる番になった。

 王と王妹に挨拶をした時、王が口を開きかけた。が、それはレイラの気のせいかもしれない。優雅な返礼を受け、レイラは再度かしこまった。

 腰を折るのが辛い。しかし、立派な貴族の姫の挨拶であったはずだ。

 父の足に合わせてゆっくりと、レイラは内部屋に入っていった。

 さらにひんやりと感じる部屋だ。レイラは父に腕を貸し、あまった手を自然にお腹に持っていった。

 台座の上の死者には、もうすでに多くの花が添えられている。

 ただし、気持ちがこもっている花といえば、すでにしおれている白カトラの花だけであろう。昨夜、アルヴィラントが捧げた花である。


 イズーにもいたことのあるこの死者だが、その頃レイラはサラという小さな村に移り住んでいた。だから、彼に会ったことはない。

 思い入れなどまったくない。いや、それどころか……彼がいなければ夫が旅立つ必要もなかったのでは? などと考えて、逆恨みしたくらいだ。

 父の手がかすかに震えている。

 無理もない。父だってこの者がなしたことにどれだけ心を痛めたことか……。エーデム族ならば、誰だって彼を憎むだろう。

 しかし、先ほどアルヴィラントと言葉を交わしたこともあり、レイラの気持ちは少し揺れていた。

 憎しみの対象以外の感情を持たなかった相手だが、ふっと興味が湧いたのである。


 ――どのような人物だったのだろう?

 火竜とも呼ばれ、禍を振りまいた男は……。


 レイラは花を捧げながらも、今までとはまた少し違う思いで、死者に目を向けた。

 アルヴィラントと双子とあって、似ているのかと思いきや、まるで他人である。

 思わず目を丸くしてしまった。

 人々の想いがどうであれ、捧げられた花は美しい。その花に囲まれた少年ともいえる年齢の死者は、花よりもさらに美しかった。

 閉じられてしまった瞳の色はわからないが、実に見事な豊かな銀髪はエーデム族のものだ。色の褪めた唇ではあっても形はよく、睫毛も長い。血の気のない肌は透き通るように白く、幻のごとくである。

 命ある頃は、さらに美しい人であっただろう。

 彼が引き起こした戦いの壮絶さを思うと、どうしても想像しがたい。

「初めて会ったときは、この容姿にだまされたよ。この華奢な体の、どこに人を殺める力を秘めてしまったのだろうなぁ」

 父が思わずつぶやいている。

 それは憎しみというよりも、むしろ残念という響きがあった。

 エーデム貴族の中にも、何人かは父と同じ感慨を持つ者もいるだろう。この少年は王妹にそっくりで、やはりエーデム族なのだ。

 そして……。


 ほんの少しだけ、夫であるメルロイにも似ていると感じた。


 無理もない。王族同士だ。血が近い。

 今でこそ体格のいい爽やかな青年ではあるが、レイラと出会ったころの歌うたいメルロイは、このような華奢な少年だった。

 歌うたいは、微笑みとリュタンという楽器のみレイラに残して、出て行ったきり戻ってこない。

『帰る』と、約束すらしてくれなかったのだ。

 思わず死者の顔と夫が重なってしまい、レイラは涙を流していた。

 最近は、精神的にも不安定だったからにちがいない。思わず慌ててハンカチで目元を押さえる。

 いつも行方不明になってしまう夫であったが、出かけるときは必ず帰ると約束をしていった。

 約束がないということは……そういうことなのだ。


 時間が経ちすぎていた。父に驚かれ、せかされて、レイラは慌てて立ち上がった。

 その時、レイラは頭上から鋭い視線を感じた。


 ――誰?


 慌てて見上げると、天井に開けられた小さな空気穴が何度か瞬きしたように見えた。

 その向こうに誰かがいて、光をさえぎったに違いない。

 この葬儀を良く思わないものは、星の数ほどだ。その強い気を感じる。

 一瞬、レイラは乱入してくる者がいるのでは? と心配したが、それは危惧に終わった。

 今度は父に支えられ、レイラは内部屋を出て回廊を進んだ。その間に、どうにか涙目を収めておいた。

 赤いワインの乾杯は、さすがに気持ちが悪くて飲めたものではない。しかし、これは形式的な儀式であり、赤を嫌うエーデム族では飲めなくても無礼にはあたらない。

 色を見ただけで吐きそうになりながらも、レイラの体調は葬儀の間はどうにか保たれた。

 葬儀は奇妙なものではあったが、無事に終わったのである。

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