異例の葬儀(3)
石の床からは冷気が上がってくる。
礼装の長衣の下で、レイラはそっとお腹をさすった。
――アルヴィがかわいそう……。
でも、自分がもしもフロル様の立場だったら、彼の敬意を素直に受けられただろうか?
息子同士が戦い、殺しあう。母として耐えることが出来るだろうか?
皆がアルヴィラントを救世の英雄として称える中で、実の母だけが彼を許せないでいる。
穢れた血は、不幸を運んでくる。
去っていった夫が、職業こそ歌うたいという立場ではあっても、エーデム族の血を濃く残す生粋の王族であったことに、レイラは少しだけほっとする。
順番は中々来ない。
レイラはどこかに座りたくてたまらなくなっていた。体がかなり限界にきていた。
いくつか用意された椅子は空いていない。しかも、年寄りのエーデム・ブレインのみが座っていて、若輩のレイラが座るのははばかられる。
一つ空いた席が出たが、足が弱くなっている父を差し置いて腰をおろすわけにもいかず、うらめしくチラチラ見るだけである。その父は腰を下ろす気などまったくないようだ。
「レイラ」
突然、聞き覚えのある声に呼ばれたかと思うと、腕をつかまれた。
え? と思っている間に、レイラの体はその手の主に誘導されて、空いた椅子にすぽりと納まっていた。
エーデム貴族たちは一瞬レイラのほうを見たが、彼女を椅子に座らせた人物がアルヴィラント・ウーレンだと知って、気にしないことを決めたようだ。
「アルヴィ? どうしたの? あなたは列の先にいたから、もう謁見の間にいったのだと思っていたわ」
「昨夜、俺はセルディに別れを告げた。今更、形式ばって花を捧げるつもりはない」
燃えるような赤い髪、血のような赤い瞳、そして尖った耳先に赤い飾り毛を持つアルヴィラントは、ウーレン族そのままだ。
しかも、命運決する戦いの後、唯一エーデム族らしい銀の角さえ、彼は失っていた。エーデムの角を失って生きている事に、誰もが驚いたものだった。
容姿を見るだけではエーデムの血をまったく感じない。しかし、彼の表情にはウーレン族が持つような冷たさはない。
「でも……」
「……見世物じゃない」
心苦しそうにアルヴィラントはつぶやいた。
回りの反対を押し切って、この形式ばった葬儀を決行させたのは、このウーレン第二皇子のはずだった。
レイラは、アルヴィラントの気持ちを量りかねていた。
「レイラにはいろいろ世話になったから、一言挨拶がしたくてね」
たった今、母に拒否され傷ついたであろう彼だが、表向きはウーレンの次期王としての堂々とした態度を崩してはいない。
とはいえ、アルヴィラントとレイラは、かつては親子のように共に暮らした仲である。彼の口調に改まったものはない。
「葬式なんて、形式でも何でもいいんだ。憎んでも……唾を吐いても、いや、それは困るな。とにかく、あいつが生きていたってことを、それぞれ心に刻み込んでほしいんだ。セルディは、本当はエーデムでウーレンでリューマであるべきだったのだから」
それで、エーデムでもウーレンでも、そしておそらくリューマ平定の暁にはリューマでも葬儀をするつもり……。
彼らしい考え方だと、レイラは思った。
葬儀は良かれ悪しかれ、参列者の心にしっかりと刻まれることであろう。
とはいえ、アルヴィラントは人々が兄をどういう目で見るのかを、確かめたくないらしい。このまま内部屋の死者には会わず、入り口から出て謁見の間に向かう途中だったのだ。
そこで会食が行われるのであるから、何もここでレイラと話し込む必要はないはず。おそらく、挨拶しようとして近づくと、レイラが真っ青だったので気を利かせて椅子に座らせてくれたのだろう。
話をするときにご婦人を座らせるというのは、魔族では礼儀にかなっている。
誰よりも明るく楽しかった少年は、すっかり大人になった。
だが、最愛の兄が銀薔薇の棘となって彼の胸に突き刺さり、おそらく、永久に抜け落ちることはないだろう。無垢な魂は血にまみれ、けして洗い流されることはない。
切なさに胸が締め付けられて、吐き気がする。レイラは何度か唾を飲み込んだ。そして、他の人に聞かれぬよう声を潜めた。
「アルヴィ、この度は……私、なんて言ったらいいのか……」
戦いでやつれた顔がさびしく笑った。
「何も言わなくていい。俺の選んだ運命だからな」
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