異例の葬儀(2)

 エーデム首都イズーは、背後を絶壁の岩山で守り、前方をまるで扇を広げたような城壁で守る重厚な街である。

 その扇の要の位置にあるイズー城はさらに城壁で囲まれた堅固さで、この国が常に平和であったとは限らないことを証明している。

 久しぶりにこの城に足を踏み入れたレイラは、さらに気分を憂鬱にした。冷え切った回廊に並ぶ弔問客の列は長く、長い時間立ちっぱなしになるであろう。

 レイラは回廊の窓から中庭を見下ろした。窓枠に手をつき、体を少し休ませるためだった。

 庭は、雹青花ひょうせいか氷草こおりぐさなどの秋の花が咲く。エーデム族の象徴である銀薔薇ぎんばらは年中咲き誇る。冬枯れした芝生は金色の海のように美しいし、落ち葉が石畳の道に色を添えている。

 しかし、今日の重たい雲の下ではやや物悲しい風景だ。花に積もる雪も重たい。


 黄泉送りの間の入り口は、さほど広さがあるわけではない。

 客の列は、部屋の手前で少し団子状態になっていて、がやがやとしている。回廊よりは人々の熱気で暖かいのはありがたいが、同時に湿度も上がって息が詰まりそうだ。

 レイラはすっと扇を取り出した。暑さのためではない。耐え切れない生あくびを隠すためだった。

 弔問客は花を胸に、まずは王族に敬意を示してから、右手の扉より内部屋に入り、死者に花を沿え、左手の扉より出て行く。そしてそのまま回廊を歩き、かつて謁見の間であった場所に移動して会食することになっている。

 そこで死者を悼んで、真っ赤な血の色のワインを飲むのだ。エーデムでは、葬式のときだけにしか飲まない酒である。


 やはり異様な雰囲気だった。レイラは客を観察した。

 まず、エーデムではありえない黒い服の群れがある。これは、隣国ウーレンからの弔問客だ。

 エーデム王族であり、ウーレン第一皇子でもある者の葬儀なのだから、ウーレン人が参列しても仕方がない。

 しかし、同盟関係を結んだとはいえ、かつては戦争を繰り広げたという長年の確執も、簡単に解けるわけではない。何よりもエーデムとウーレンは種族的に相性が合わないのだ。

 好戦的で血を好むウーレン族。

 彼らの存在だけで、エーデム貴族たちは気もそぞろになっている。真っ青になっているのは、ウーレン族の赤い瞳が恐ろしいからだ。

 赤は、エーデムでは血の色として忌み嫌われている。

 残酷が服を着て歩いている……というのが、エーデムにおけるウーレン族の評価だ。しかも、ウーレン族は常に帯刀している。剣の存在は、血を嫌うエーデム族にはあまり好ましいことではない。

 だいたいエーデム族は戦争そのものも嫌いなのだ。血を流す行為には耐え切れず、王族においては食肉もしない種族である。

 よくいえば平和主義、悪くいえば平和ボケのエーデム族が、この戦いを乗り越えてきたのもウーレンの力あってのこと。

 ことなかれ主義のエーデム貴族たちも頭ではわかっているが、気持ちでは納得しかねている。

 葬儀にウーレン人が参列することでよかったことといえば、この望まれない死者がエーデム王族の眠る墓所に収まることなく、葬儀の後、ウーレンに向かうことだけであろう。

 ウーレン第二皇子アルヴィラントは、不幸な兄をウーレンで火葬するつもりなのだ。


 弔問客を迎えるエーデム王族は二人である。

 エーデム王セリスと、その妹でかつてウーレン王妃であったフロルである。

 内部屋に入る前に、人々はここで王族と挨拶を交わす。それがこの渋滞の原因でもあった。

 一瞬、王セリスと目が合って、レイラは緊張した。

 血が定めたとはいえ、一度は王妃候補に挙がったレイラである。今はそれも笑い話にしてはいるのだが、長年想い続けた人と目が合うなんて、やはり恥ずかしい。

 しかも、この戦争に疲労が溜まっているはずなのに、王の気品ある顔にその痕跡は感じない。年月が王の前を素通りし、レイラが憧れていた当時のままである。

 王はいつもと変わらぬ様子で、人々の弔問を受けていた。頭一つ高いので、どこにいてもよく目立つ。

 が、その横で人影に隠れたり見えたりしている妹フロルのほうは、真っ青な顔をしていて今にも倒れそうである。しかし、それでも背筋をしっかりと伸ばし、美しい身のこなしで人々に応対していた。


 そこに王妃エレナの姿がないことに、レイラは複雑な気持ちになる。

 送られるべき死者は、生前、エレナの子供を殺した。

 一人は弓矢で射られて死んだ。一人は事故死に追いやられた。そして、もう一人は短刀で刺され、生きてはいるが、長い間生死の間をさまよっているという。

 子供を失ったショックは大きいだろう。さらに、子供を殺した男の葬儀を主催する側として、この場でお悔やみを受けられるほど、彼女の心は強くない。

 ここにエレナがいないことを、レイラはまったく責める気にはなれない。

 しかし、これは噂好きのエーデム平民の中では、格好の話題となってしまうだろう。

 イズーの街では、王妹派と王妃派に分かれ、どちらが王族としてふさわしいか? が、盛んに議論されているのだから。

 ウーレンから寡婦として戻ってきたフロルは、美しい容姿もさることながら、明るい性格で人々に好かれていた。

 エーデムのために身を犠牲にしてウーレンへ嫁いだという悲劇的な過去も、彼女の人気を高めている。

 寡婦という本来は惨めな立場でありながらも、フロルは華やかさを持ち合わせていた。

 それに比べて、王妃エレナは、平民出身の目立たない女だった。人々の期待は自然と薄れてゆく。

 人々の中に、フロルに幸せを――つまり、寡婦という似合わない身分ではなく、ふさわしい地位を与えるべきだ――という声がある。

 それは、まさしく王妃という地位に他ならない。

 エーデムでは、血を保つための近親結婚が盛んであり、フロルと王セリスの再婚は、何の不思議もないことだった。

 人の噂など取るに足らないとはいえ、エレナには不利な状況だ。

 共に辛い立場にあっても、王妹フロルはこの場にいて自分の役割を果たしているのだから。

 王妹フロルのことを、レイラは嫌っているわけではない。しかし、心優しいエレナのことを考えると、寡婦という立場なのだから少しは慎んだらいいのに……などと思う。

 まるで、自分が王の片腕であるかのように振舞っているのは、正直少々鼻につく。


 とはいえ、王妹フロルの辛い立場は想像に難くない。

 死者は彼女の息子である。

 そして、弔問客のほとんどが、彼の死を悼んではいない。

 気丈に王族としての努めをはたしている姿には、レイラも感心する。とても自分にはまねが出来ない。

 この強さゆえに、ウーレンという異国の地でもたくましく王妃として生きてこられたのであろう。

 しかし、さすがに赤い燃える髪を持つひとりのウーレン人が目の前で敬意を示したときには、彼女は答えることが出来ず、顔を背けてしまった。

 無理もない。

 本来は主催者側であり、エーデム王子でもあるはずのアルヴィラントは、帰国後はウーレン王位を継ぐとあって、ウーレンの形式に従った黒を着ていた。そして、月光の剣と呼ばれる愛用の剣を帯びていた。

 母フロルの唇が振るえ、涙を必死にこらえようとしている姿を見て、アルヴィラントは再度深く頭を下げ、受けるべき返礼を受けることなく、さっと身を引いた。

 レイラは胸が苦しくなった。

 夫と共に旅をした少年の顔にかつての明るさはなく、ただ厳しさだけがあるように思えたからである。

 アルヴィラントこそ、この戦いに勝利するため、実の兄であるセルディーンを手にかけた張本人であったのだ。

 父の形見である月光の剣の一撃によって、双子の兄弟は永久に決別した。


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