一章 エーデム王族の血をひく者

異例の葬儀

異例の葬儀(1)

 異例づくしの葬儀が立つ。

 エーデム王国の首都イズーは重苦しい雲の下にあり、黒っぽい石で出来た街には、白い雪がちらついた。街中の鐘という鐘が鳴響き、荘厳な音は、重たい空の向こうへと消えていった。

 雪など滅多に降ることはないのに。しかも、まだ秋だというのに。

 天も異例なことをする。

 レイラは銀の礼装を出し、憂鬱な気分になっていた。

 葬儀で送られる人を偲んで……などではない。だいたいレイラは死者とは面識がなかった。憂鬱の原因は別にある。

 本来は密葬であるべき王族の葬儀に、ベルヴィン家をはじめエーデム貴族が招かれることも異例であろう。

 レイラは準備に余念がない。

 体調が優れないとしても、無礼があってはいけない。

 結婚後、貴族の権利を捨て去って田舎での生活を送っているレイラだが、かつて仕込まれた礼儀作法はしっかりと身についている。農作で荒れた手も絹の手袋で覆えば問題はない。

 体裁を気にする貴族たちに、かつての花も色褪せた、所詮は庶民に落ちた女よと、陰口されるような失敗などしない。

 問題は――レイラは衣装に目をやった。

 エーデム王国では、儀式の衣装は銀か白と決まっている。それがたとえ葬儀であってもである。

 膨張色を着るのは気乗りしない。


 エーデム族の血を濃くあらわすレイラは、エーデムらしい銀髪と緑の瞳を持つ。

 色白で、やや丸くて愛嬌のある顔は、三十六歳という年齢には見えない。

 おそらく、エーデム族の長い寿命をさずかったのであろう。生まれは生粋のエーデム貴族である。

 王族の地位を捨て去り、平民と化した男と結婚さえしなければ、今でもイズーで一目置かれる姫であっただろう。

 レイラは息を止め、少しだけ苦労して着替え終え、衝立の向こうから出てきて鏡の前に立った。

――胴回りがきつそうかしら?

 何度か体をひねったところで、背後にいる父が鏡に写っているのに気がついた。どうやら様子見していたらしい。

 父のベルヴィン卿は、エーデム王を影で支えるブレインの一人である。

 長い苦労が顔に皺を刻み込んでいた。レイラとは違い、エーデムの純血を持つとはいえ、さほど寿命をさずかったわけではないのであろう。年老いている。

 小柄で痩せた父がよたよた歩み寄るその姿を見て、レイラは一抹の寂しさを感じたが、平然を装った。

「ガラルは居心地がよさそうだね。少しふっくらしたのではないかな?」

 父の表情は、少しばかり残念そうだった。

 昨夜、レイラに同居を提案したのに、軽く笑われて断られたからだ。


 風のように気ままな歌うたい――本来は尊い血筋の者なのだが――と駆け落ち同然の結婚をし、その夫に突然出て行かれてしまったのだから、娘は傷心に違いない。

 そう父が考えるのは、ごく当然の成り行きだった。

「もうガラルの田舎で暮らす必要もないのだろう? イズーに戻ってきてはどうかね?」

 断られる理由がない提案だった。

 だが、レイラは父親の大げささを笑い飛ばした。

「お父様、いやぁねぇ。あの人はほんの少し家を空けただけなのよ。いつものように、一ヶ月……一年か二年もしたら戻ってくるわよ」

 一ヶ月を一年と言い直したのは、すでに夫が旅立ってから数ヶ月が過ぎていたからである。

 親が思うよりも、娘はさばさばしたもの……を、まさしく態度で示したわけである。

 慰めてあげよう、優しく迎えてあげようという気遣い――というよりは、気合を入れて待っていたのは、娘がいなくてさびしかった父親のほうらしい。

「いや、おまえが元気で安心したよ」

 と、微笑んだ顔の裏に、言葉とは正反対のものが漂っていた。

 すっかり年老いた父親の落胆に、レイラは精一杯の笑顔で慰めようとした。

 内心は、実は笑いはしていなかったのだが。



 葬儀の異例はまだある。

 エーデム王国は戦争状態にあった。

 ほんの数ヶ月前、エーデム王子であるリーズ・エーデムが戦死し、黄泉に送られた。そして、ほんの数週間前、今度はエーデムの姫であるシリア・エーデムが事故死し、エーデムリングの彼方へ旅立った。

 つまり、長命で死から遠いはずのエーデム王族が相次いで亡くなったのである。しかも、二人とも若い。これは不幸なことである。

 しかし、その二人の葬儀よりも規模が大きくなりそうなこの葬儀は、エーデム王族のものとはいえ、誰も不幸とは思わないだろう。

 死んでくれて、ほっとした。

 これが、エーデムの民の本音である。隣国のウーレンも同様であろう。

 葬儀は、エーデムとウーレンという王族の血を持ちながら、混血魔族リューマを束ねて、純血魔族に反旗を翻したセルディーン・ウーレンのものであった。

 

 魔族は滅びの道を歩んでいる。

 純血種魔族ウーレンとエーデムは、積年の憎悪を忘れ、手を結ぶしか生き残る道がなかった。

 故ウーレン王とエーデム王妹は、両国の同盟のために政略結婚をし、その結果、生まれた子供が第一皇子セルディーンと第二皇子アルヴィラントである。二人は容姿の違う双子だった。

 混血は不幸を招く――とは、古代から伝わっている知恵である。

 それを政策のために捻じ曲げた結果が、この不幸な時代の始まりであった。

 ウーレン第一皇子でエーデム王子でもあるセルディーンの死に、エーデム王族として葬儀を執り行うことは、確かに道理にはあっている。

 しかし、彼は魔族を滅ぼそうとした。

 ウーレンとエーデムの民の多くが、本来は守られるべき彼の刃の犠牲になったのだ。

 ――なぜ、敵を丁重に葬るのか?

 イズーを喪に服し続けさせたこの男のために、なぜ再び喪に服さねばならぬのか?

 それが本日の弔問客の本音であろう。

「ウーレン第二皇子アルヴィラント殿の提言なのだよ。彼は中々頭がいい。リューマ族のカリスマ的男を敬って丁重に扱うことで、敵の戦意を殺ぐおつもりなのだ」

 エーデムのブレインである父が、感心したようにつぶやく。

 確かに、かつては三国に分かれていたリューマ族長国のこと、カリスマ的な存在がいなくなった時点で、勢いはなくなった。

 しかし、まだ戦争は終わっていない。

 敵のリューマ軍はガラル国境の向こうまで撤退し、暫定的なリーダーを立てて収拾を図っている。

 だが、彼らは動揺し、混乱している。結束すべき中心を見出していないのだ。

 伝説の英雄と並び称されたセルディーンを粗末に処分すれば、リューマに結束を再び強めるいいきっかけを与えてしまうだろう。

 エーデムのブレインたちは、王の賛同もあってこの葬儀を承諾した。

 しかし、ウーレン第二皇子アルヴィラントをよく知っているレイラは思うのだ。

「たとえ敵同士になってしまったとしても、お兄様を愛していたからよ。アルヴィにそんな計算高さはないもの」

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