第2話 転生

 ゆらゆらと、ただようような感覚。上を向いているのか、下を向いているのか。立っているのか、座っているのか。目を閉じているのか、開いているのか。それさえも分からない闇の中を、僕は漂っていた。

 はたして、僕という存在がここにあるのかも分からないが。

(ずっと、このままでいいのに)

 そう願うのは、誰の心なのだろうか。


『やっと、見つけたよ』

 そう声が聞こえたと思うと、ザバッとすくいあげられる感覚があった。目の前が明るくなってようやく、僕は目を閉じていたのだと気がついた。

 僕を掬いあげたのは、白い、人だった。サラサラと風もないのに揺れる白い髪。眩しいほどの白い服。日に焼けたこともなさそうな肌。唯一白くないのは、その瞳だけ。海の底のようにいでいて静かな青色。

『まったく、何消えようとしてるんだい?』

 そう言って白い人は困ったように笑った。何故なぜか、その姿が儚く、消えてしまいそうに見えた。

「ご、ごめんなさい…?」

 何を謝っているか分からないまま、そう謝った。この人には、こんな顔をして欲しくない。

『はは、謝らなくてもいいよ。ただ、君が消えてしまうと“僕ら”は困るんだ。だから、消えないでくれないかい?』

 そう優しく言ったその人は、神様のようだった。

「分かりました」

 そう僕が言うと、嬉しそうに笑ってくれた。

『それでは僕から、君への謝罪と説明をさせてもらうよ』

 そう言ってその人は話し始めた。

 曰く、僕があんなにも周りから嫌われていたのは、他の人を幸せにするためのにえとして僕が選ばれていたかららしい。その贄の僕が死んだことで、あの世界の人はみんな幸せになったようだ。神様が僕を贄として選んだのは、完全なる偶然であり故意こいはないようだ。だから、僕には転生して次の世界で幸せになって欲しい、ということだった。

「次、で僕は、幸せになるんですか…?」

 本当に、こんな僕に幸せが訪れるのかと思いその人に問いかける。

『ああ、約束するよ。君は次の世界で、大きな幸せを手に入れる』

 その人は確信を持って言っているようだ。嘘を言う人の目じゃない。

 こんな僕でも、幸せになれる世界…。僕はまだ見ぬ世界に期待をし、その人の指示に従うことにした。

『さぁ、転生の間に行こう』

 その人について行くと、大きな扉があった。扉は触っていないのに勝手に開いていく。

『その魔法陣の上に立ってくれるかい?君を次の世界に入れよう』

 言われたとおり、魔法陣の上に立つ。

「うわっ!?」

 僕が立った途端、魔法陣はまばゆいほどの光を放ちはじめた。嫌な感じがない、暖かい色だ。驚いてその人を見ると、優しく微笑んでいた。

『さぁ、これでお別れだ。君は、幸せになる。誓おう。Bless you!』

 ありがとう、そう言おうとした時には遅かったのだろう。目の前が白に包まれた。



 ―――――――――――――――


 僕らのエゴで贄として殺してしまった彼が次の世界へと旅立った。


 これで、良かったのだろう。

 きっと、きっと彼なら幸せになる。

『ですよね?我が主神しゅしんよ』


 全てを見通すその紫紺しこんの瞳が開かれ、その視線が真っ直ぐに僕を貫く。


『うん。彼は、幸せになる。君が、祝福を与えてしまったからね。珍しいね、君はそんな風に個人に入れ込むタイプではないと思っていたんだけど』


 そう言って主神は優しく笑った。


『神も、変わるんですよ』

 僕はそう言って笑い返した。

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世界に嫌われた僕、異世界で幸せになります シトリスタ @sitorisuta

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