第15話 携帯ショップ



「嬉しい。けどとりあえず。母の職場に聞いてみます」

 言うなり彼女はいそいそとポケットから端末を取り出した。

「――あれ? さっきまで普通に動いていたのに」

だが、電源が入らないらしい。何度もボタンを押している。

「どうしたの?」

まつりが訊ねると、彼女は端末をしまいながらそれが、と言う。

「それが、いきなり画面が真っ暗になって……」

おかしいな、と何度付け直しても電源が入っていない。

そんなに落ち込まなくても、と思ったのだが、彼女は酷く残念そうだった。


「なんか、思い出すな」

「思い出す?」

「実は前にも、急に動かなくなったんですよ」

動かない端末をとりあえず手にしたまま彼女は言う。


「投稿された記事を調べたり、火災についてコメントしたときでした。

そういう行動をするごとに、どんどん画面がフリーズや再起動するようになって、電話とかメールも殆ど出来なくなったり。今思うとあの記事が出たとき、誰かが不審な行動をしたときにすぐさま言及すればよかったんですが、アクションを起こすと必ず端末が動かなくなってしまうんですよね。すぐに動けなくて……何度も端末を変えています。

それで、そう言ったところからの圧力で端末を動かなくしているんじゃないかと思うんです」


「うーん……」

まつりが唸る。

「実際、急に端末がおかしくなるという人は居て、急に動作不良を起こす様子がいくつか動画サイトにも上がっているのを見た事があるよ。やり方もあると思うけど、それだけじゃ」

「あっ」

と、彼女は言った。

「そういえば」


 彼女は最近5台くらい携帯を買い替えたが、初めて記事の件で端末がおかしくなったときに中の情報がどの程度見られているのか検証したのだという。


「その時期に、知らない人から急に名前を呼ばれることがあったんです」

「何処にも載っていないので最初は兄か、関係者が言いふらしているだけなのだと思いました。話題になってしまった事への圧力とか妬み?で、個人情報をばら撒こうとしてるんだと」

「でもそれにしてもあまりにも、知らない人にすれ違い様に言われることがあって、端末もおかしくなってたからそれだけでは無さそうに思えて」


 おぞましい話だった。

 あちこちで言われる状況なんて存在するんだろうか?

しかも、端末情報まで話しているなんて、通信の秘密は何処に行ってしまったというのか。


「此処から情報が洩れて居るんじゃないか、と、端末の中の生年月日や名前を変えてみました。そしたら、次の日……兄がまだ居た頃ですが、変更の次の日に兄に肩を叩かれ、その名前で呼ばれたのです」

「え? その名前、って、見せてないんだよね」

「えぇ。例えば『山本さん』とかに名前を変えておくと、兄が部屋に来て「山本さーん!」みたいな感じで言って笑って出ていきました」

「妙だね」

「その後も、知らない人にその名前で呼ばれたりして、これは例えですが、作品ファイルだけでなく個人情報は普通に閲覧しているんだと分かりました」

「まぁ……パスワードもクリアしてるし」

「パスワード、そう、パスワードを変更したんです。そしたら、学校でパスワード名で呼ばれた事もあって」

なんて厭味だ。パスワード名や、変更した個人情報名でも変えてすぐ、他人に会うたびに呼ばれるなんて使い方が許されていてもいいのだろうか。

「変更してすぐ?」

「比較的すぐです」

まつりは数秒、考えた。

「昔から携帯の情報は上級国民と暴力団関係者が閲覧できるけど、携帯ショップが黙認しているって噂、あったけど……あからさまに圧力に使ってるの、明らかに捕まらないと思ってやってる感じが嫌だな」

「どんな状況でも嫌だろ」

ぼくが小さく呟くと、まつりはきょとんとする。

「そうだね」

それから、「騒いでいた中で、知ってる人居た?」と尋ねた。


「うーん……小垣さんがパスワードを叫んで居た事と、その頃には『社長』と頻繁に連絡を取り合う兄が、名前を呼んでいたのは確かなんですが」

大体は知らない人ですね、との事。

「今、そのときの端末は壊れてて。大事な情報も……」

「そういえば、買い替えばかりだけど、修理は?」


まつりが訊ねると、彼女はいつから持って居たのか、一枚の紙を取り出した。

「修理に出したら数日後に『不可能だった』って紙を渡されて、携帯も戻って来ませんでした」

「……そう」

それはなんというか、不運だった。

「でも……」

と彼女が口を挟みかけて慌てる。

「あの、でも、ばかり言ってて、不快になりますか?」

「別に。でもがあるの?」

まつりはしれっと続きを促す。

「はい……でも、そこの『ショップの店員が勝手に修理に出す商品を回収』って愚痴が出回ってたんです。ショップの人とか、近所の人も言ってて。

携帯コレクターとか、私の事を身分証明書か何かで知って盗んだ可能性もあって

ほんとは分解されてなくて、ロコモショップの店員が持って居る可能性もあるのが」

「――――」


窃盗じゃねぇか!


 まつりもリアクションが思いつかなかったのか絶句である。


修理にも出さない方が良さそうだ。




……。


「もう、こうなったら此処にも手紙、書置きしておきます」

そう言うなり、所持していたらしいメモ帳に、何やら書き始める。

「昔、ラブレター回すのとか、告白するのが流行ってたなー」


彼女が独り言を言いながら書いている間、ぼくはぼーっとまつりの方を見た。

まつりは彼女の方を見て、何やら考えていた。

「そう、ラブレターといえば、告白、クラスで罰ゲームの一種になってたんですよ。校舎裏や映画館に呼び出すみたいな……そのせいで今でもいじめを思い出しちゃって、誰かに好かれても、どうせいじめに参加させられるんだと思ってしまう」

メモを書き終えて、彼女はハッとした顔で言う。

「……忘れてください」

 メモを玄関先にちょん、と置いていそいそと靴を履きだした。

「それじゃあ、お待たせしました」


2024年2月14日23時46分

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