第15話 焼肉とオーロラ

――――と。

 「だったらさ」

まつりは唐突に思いついたようだった。

「そのお兄さんは今、何してるの?」

「えっ」

彼女は目を丸くする。

「話を聞いていると、まず家庭問題を解決する方が良い気がしてきた。だってどうせ西尾達に繋がっているんでしょ。通販の事も、安田さんと接点を持ったことも、全部繋がっている」


まつりはいつになくノリ気だ。何か、過去にあったのかもしれない。

「それは……確かに一理ありますね」

彼女も同意する。

ぼくも本人が良いのであれば特に反論は無い。

「兄の行方なんですが栃木県の宇都宮市に居るようで……システム関係の会社の履歴書を見た事があります」

「機械とか強いの?」

「さぁ?殆ど関りが無いので。ただ、急に……たぶん、そのアフィリエイト講習会絡みで、急に決まったような印象というか。ある日突然『此処に行くから』と言って、家を出て行きました」

「栃木県か……」

「でも、変なんですよね」

「変?」

まつりが続きを促すも、彼女は言い淀んだ。

「……いえ、なんていうか。母がその後に栃木や東京や福岡に荷物を送ってるんです。まるで銀行口座を各県に振り分けるみたいに」

 な、何故……?

各県に口座を振り分ける、というのは以前ニュースにもなった銀行強盗のことだろうか。

電車を乗り継いであちこちの銀行で金を引き落としていたとかだったような……


「母がそんな事をするなんて、今まで見た事がありませんでした。私には送り先は隠そうとしているみたいで、なるべく居ない時間などに集荷依頼をしています」

彼女にも理由はわからないらしい。

宇都宮、西日暮里、姪浜……関連性があるような、ないような。


「こそこそと、部屋に置くわけでもない食品を購入していることがあるので内容はお菓子、食品、の事が多いみたいですが」


うーん……

レターパックで現金を送る話はよく聞くけど、これは、何なんだ?

なぜ各地に食品を送っている?

金品に相当するような機密を、各県の、例えば拠点に振り分けるだとか――――?

待てよ、

関東や、福岡にある拠点といえば……と、考えかけて、なんとなくげんなりしそうだった。



「他に気になる事ってある?」

まつりはいたって冷静に続きを促した、のだが、彼女は俯いた。深呼吸している。

「……すみ、ません。なんか、一気にしゃべったので」


 きょとん、と、まつりは彼女を見つめた。

優しく背中を撫でている。

思うところでもあったのかもしれない。

その横顔がなんだか、悲しそうに見えた。

「お兄さんが今何をしているのか、わからない、んだね」


まつりは小さく呟いた。

 彼女は何も答えない。ただ、黙って頷く。

それには様々な意味が込められているようだった。

キムという女性と並んで歩いていたのがもしかすると、彼のある意味の最期だったのかもしれない。

しかし同情は出来なさそうだ。

だって恐らく、彼はあちら側――――

炎上工作や、連続火災事件に関与している。




「それとなく、聞いてみたりしたけど、どうも口を割らずにいるんだよ」

まつりは、手元の端末を振りながらぼくの方に言う。

表示されているのは某snsのようだった。

匿名アイコンが、別の匿名アイコン(サングラス?)とDMでやりとりしている。


「件に彼が無関係なら『違う』でさっさと終わるはずなんだけど、『そんなわけねーだろバッキャロー!』みたいなキレ方されると黒にしか見えないよね」

……誰の真似なのかはさておいて。

「何と話してたの?」

「ミナミさん@韓国料理(仮名)と、中華料理美味しいよねって」

「……えぇと」

「見て『オーロラ妃』、当時やってたんだって」

戸惑う間に、動画サイトの動画を見せられる。 

「えっ、な、なに」


 オーロラ妃は韓国のドラマのようで、サムネイルにギチギチと時間を止めたような笑顔の美人女性と、それを抱きかかえる甘いマスクの男性が映っている。

櫻子さんなどの裏で当時ヒットしていたようだ。

 

細かなあらすじは端折るが、内容はラブコメのようだった。

 主人公のキムが憧れの人とその兄とを間違えて家に突撃。

ラブレターを渡した後に勘違いに気付き、更に兄にその想いが知られて協力することになってしまう。

うまくいったら家族に紹介すると言ってあった手前、本人のフリをして貰って実家に……


「これ、当時流れてたっぽいけど……まぁ、重ねていたとしたら、そもそも間違えたわけではない、って事だね」

確かに言われて見ると名前や配役を寄せているような気がする。

キムと一緒に兄が出歩き、キムの家族に会おうとするだとか、妊娠したと嘘をつくだとか、弟が作家として成功し始めると分与で争おうとするとか、だんだんえげつなくなっているが。

「な、なんで韓国の話?」

それでも、此処は日本である。

韓流ドラマの下地になっている状況が何処から生まれているというのか。

「なんでだったかなー、なんか、太田氏が韓国好きって、何かで見た気がして名前探してたんだよね。それで辿って行ったら、ミナミさんとか澪ちゃんとかがね」


「誰だよ」


ふと、横を見る。

『彼女』はボーっとしたまま座り込んでいた。一度にいろいろな事があったのだから、疲れているのだろう。

「なんか、思い出しちゃったら、この状況で母さんが帰って来るの待つの、辛いな」

もうすぐ夕方になり、夜になる。

夏の日は長いとはいえ、時間は時間として関係無くやって来る。

思えば、随分経っていた。端末の時間からしても夕方になってきている。

そろそろ、ぼくたちが一旦帰るというのもあってなんだか気分が沈んでいるのだろう。

確かにぼくたちもそろそろ帰る必要がある。夏休みとはいえ、夕飯も、入浴も、就寝の準備もあるし……


「そうだ、夜もさ、3人で肉でも食べに行く?」

どう切り出すか考えて居ると、まつりが言った。

「――え」

「もう少し、聞いておきたいことがあるんだけど、また他の日に、って伸ばすと情報を集める時間とか勿体ないと思って」

「肉……」

「肉、嫌い?」

彼女が首を横に振る。



2024年2月3日20時00分

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