第17話 転生黎明
明日は、ついに決戦だ。
俺は入念な準備を終え、レストが手配してくれた部屋で一息ついていた。
そんな時だった。コンコンと、部屋をノックする音が聞こえてくる。
「ん?誰だ?空いてるぞ?」
「よお。準備は整ったか?」
現れたのはレスト本人であった。
「おいおい、一国の王が、不用心じゃねぇか。」
俺は苦笑いしてみせる。
「お互い様だろ?」
俺たちは顔を見合わせて笑う。
「少し、風に当たらないか?……俺も一息つきたくてな。チーノやリアスはまだ、色々会議しててな。……少し付き合え。」
「あいよ。」
俺は快く引き受けた。
夜風が心地よいテラス。
月だろうか?薄暗く世界を幻想的に煌めかせている。
どこの世界も夜の景色は美しいものだ。
とても戦争が始まったとは思えない静けさ。
街が一望できる。
「前にもこんなことがあったな。」
レストは街を眺めながら、金色に煌めく髪を揺らしながら話す。
少し寂しげな表情だ。
「そうだな。まだメサイアにいた頃か。」
俺は少し話を聞きつつ、懐かしむように相槌を打つ。
「本当に、色々あった。」
「……レストに殺されかけたりな?」
「それは掘り返さない約束だろ?」
レストはバツが悪そうに苦笑いしてみせる。
「俺はお前みたいになりたかったよ。自由にこの世界を旅してな。」
「……王様は残念だったな。いくら決まっていたことだとしても。」
「……ああ。俺は力をつけて、勉強もして、国に貢献して……。でも結局、父上を守ることが出来なかった。……ガードナーのこと何も言えないさ。国を守ることの難しさを今改めて感じているよ。どうやって、何をすればいいか。本当に分からない。」
突然の父親の死。誰かがわかるものでもないだろう。
そして、肩にかかる国という重み。
嘆く暇も、葬式をする時間さえ、彼にはないのだ。
そして、自分の中に芽生えた魔王の力。
これから彼は多くの壁にぶつかっていくのだろう。
だけど、俺は確信している。
そんな彼だからこそ、世界を変えられると。
「……きっと、正解なんてないし、何度だって間違って繰り返すことしか出来ないと俺は思う。……だけど、同じ失敗は起こしては行けない。……そうだろ?」
俺はありきたりな、絞り出した言葉を投げかける。
俺はあくまで、俺の経験を語ることしか出来ない。
「ああ。そう思う。……改めて感謝するよ。……またお前に助けられた。」
「気にすんなよ。……友達なんだからよ。身分が違ったって、種族が違ったって、歩み寄ることは出来る。……オレはそう思うよ?」
「勇者はお前の転生前の知り合いらしいな。」
何かを察したように、レストは言葉を紡ぐ。
見透かされたようだ。
「ああ。俺は前世じゃ、自分でいっぱいで、周りと分かり合おうとはしなかった。……世界がいつか、変わってくれるってそんなふうに思ってた。……そしたらさ、突然死んで、生まれ変わって……。でもこっちに来たってなにも、同じだった。」
「向こうは平和なんだろ?」
「住んでたところは比較的な。国に守ってもらって、それなのに不幸だ、差別だって。結局、ひとは無い物ねだりするんだよ。」
「無い物ねだり?」
「ああ。目が見えなくなくて、世の中にはもっと大変な辛い思いしてる人がいたり、生活ができなかったり、そんな人がいるのに、俺だけが世界から外されてる、そんな気持ちだった。でもこっちに来て見えるようになったって、戦争や差別が当たり前で、さらに格差的で何も知らない子供が力を得たって馬鹿みたいに無双して、世界を救えたりはしなかった。結局何が言いたかって、世界が変わっても自分が変わらなきゃなにも変えられないんだよ。」
「そうだな。自分を変える。その通りだと思う。過去の経験は縛られるものではなく、糧とする。そういうものなんだと思う。俺は散々学んできたのにそこが甘かった。……憎しみや悲しみは未来を覆い隠す。でも、それを力に変えられた時、ひとはどこまでも強くなれる。今がその時だよな。」
「ああ。だから、終わらせよう。また間違えるかもしれない。それでも、同じ過ちは繰り返さない。」
勇者を殺したり、セインペトを滅ぼしたり、そんな事をやっても変わりはしない。
また争いの火種を産むことになる。
迷っていた顔が晴れ、レストはにこやかに微笑み、一息つく。
俺も少し晴れやかな気持ちになる。
見てきた世界は違えど、彼と目指すものはきっと同じだろう。
ただ、やり方や道筋が違うだけ。
なんだか、友達っぽくていいじゃないか。
少し間をあけ、レストは街並みに背を向けて、俺に言葉を投げかける。
「魔王の記憶の中でな。お前のこと少しだけわかったぞ。」
「俺の事?救世主だかってやつか?」
「ああ。ユノっていうのはお前の想い人だろ?」
「ま、まあ。そうだな。」
「彼女は相当な善行を積んでいたみたいだな。セインペトが勇者を呼んだ際、こちらの神テフェトさまが、勇者に近しい人間に、選定を任せたそうなんだ。勇者を止められる人間をな。」
「ユノが神様に救世主の選定を任されてたのか?」
「そういうことになる。まあ、どちかと言えば、事故に近い形で、お前を選んだみたいだが。」
事故に近い形。
俺は本来の世界であれば、ユノを守り命を終える。
それを見兼ねたユノは俺を救世主に選んだ、ということだろうか。
「未来を変える力ってのは?」
「元々カノジョが持っていたスキルだろうな。お前も初めてスキルを使えるようになるには時間かかったろ?」
「なるほどな。」
つまりは、俺が元いた世界にだってスキルというのは存在していた。
ただ、何かしらの条件を満たしていなかった。
まあ、滅多な事じゃ、人と戦闘になったりしないしな。
それに概念自体がおそらく弱い。
この世界では、スキルの存在が明確だ。だが、俺たちの世界では空想の産物。
昔の書物には記載はあるが、創作だったり、権力の主張と定義されることが多い。
実際に使える人がいて、目にしているのであれば別なのだろうが。
「それで?結局勇者の『破壊の眼』ってなんなんだよ。」
「どんな力も無にする力だ。あの時、何も出来なかっただろ?無にすることも破壊することも出来る。そして、どんな力も使える、有を生み出す……それが勇者の力だ。」
この世界のシステム自体に介入する系のチートか。
「代償みたいなもんは?」
「あるにはある。精神への強烈な圧力だ。抑えきれない破壊衝動に苛まされるみたいだ。」
「くっ。」
俺はグッと怒りを堪える。
アイツは人を殺したり、物を壊すことを義務付けられたのか。ある意味可哀想だ。
もし、俺への嫌がらせやイジメがスキルのせいだとしたら、無理やりタクトを覚醒させた、召喚したセインペトが全面的に悪いことになる。
もし、普通に生活出来ていれば、俺とユノ、そして、タクトが揃って笑えるような、そんな世界があったのかもしれない。
『俺たちは来るべくしてここに来た。』
ようやくその言葉を意味がわかった。
俺たちは、ただこの世界の混乱に巻き込まれた、そういうことになる。
「大丈夫か?しない方が良かったか?」
「いや、してくれて良かったよ。」
タクトにもタクトの事情があった。
何より、彼の覚醒に拍車をかけたのは俺でもある。
もっと、俺が彼のことを知ろうとし、周りに目を配っていれば。
俺はただ傷つくことを恐れて進めなかった。
俺自身にすら向き合えていなかった。
結局俺は自分という存在を受け入れることが出来ていなかった。
「全く、色々手がつけられなくなって、それから後悔するんだもんな、俺って。」
「それを乗り越えて、力に変えるんだろ?頼むぜ、救世主。」
レストはがっしりと俺の肩を掴む。
「そうだな。」
俺たちはその場を後にする。
レストとは、その後拳を合わせ、お互いに何かを悟ったように、自室へと戻った。
部屋に戻ると明かりは消えており、夜風が吹き抜けている。
「……心地いいな。眠るか。」
俺は大きなベッドに体を沈める。疲れが溜まっていたのか、直ぐに眠ってしまう。
ーーーーー。
「……ん。」
なんだろう。体が汗ばむ。
セミのような鳴き声がうんざりするように聞こえてくる。
あつい。
カンカンカンと何かが板に当たるような音が聞こえてくる。
「ほら、起きて。」
優しい声。
聞き覚えがある。
懐かしくて、心地よくて、涙が出そうだ。
俺はふと目を開ける。
目は少し霞んで見えづらい。
目を擦ろうと手を翳すと、何か物を触ったような違和感が伝わってくる。
メガネ?
自分の手元と着ている服の違和感に気がつく。
「……制服?」
顔や髪をまさぐる。辺りを少し、見渡すと、見知った教室が広がっていて俺は席に座っている。周りに人は居ない。
自分の姿を確認しようと窓際に目をやる。
「っ!?」
ドクン。鼓動が早くなるのを感じた。
そしてようやく、自分の変化に気がつく。
目の前には、前世の想い人、ユノがそこにいた。
変わらない眩しい笑顔をオレに向けてくる。
「起きた?」
幼くて、色白で、守りたくなるような愛らしさ。
肩までの綺麗な黒髪。
俺を捉えて離さない瞳。
「……ユノ?」
「えっへへ。久しぶりだね。……元気?」
ああ、そういうことなのだろう。
「ああ。元気だよ。」
俺はユノの選択を受け入れることにした。
だけど、今だけは。
幻想に浸ってようじゃないか。
「そりゃあもう。お転婆なお姫様と、ちょっと積極的なエルフちゃんに転生してるからね。」
「はは。違いないな。」
俺たちは顔を見合わせて笑う。
口に手を当てて、女の子らしいように微笑むユノ。
でもそんな仕草とは相対して弾けるような笑い声。
本当に楽しそうなのが伝わってくる。
「すこしだけ、完全に2人になる前にリツオくんと話したくて。」
「ああ。分かってるよ。」
「……ふふ。なんだか、大人っぽくなっちゃって。君を成長させたリアスとチーノに妬いちゃうな。」
「どっちもユノとそっくりだよ。……俺はいつもドキッとしてばっかりだもんな。」
「2人とも私の後悔を糧にしてるんだよ?」
不意にユノの顔が近づいてくる。
「私、こういう風にリツオくんにドキマギしてほしかったし?」
「……いつもドキドキしてたよ。」
「えー?そうなの?でも2人みたいに、あからさまじゃなかったっしょ?」
「まあな。もっーと、おしとやかだったな?」
「ふふ、でしょ?」
ユノは言うと飛び跳ねるように動き回り、俺の背後から抱きつく。
「……。悪かったな。2人を選んでしまって。」
「ううん。いいんだよそれで。私はもう死んじゃってるからね。……好き放題、リツオくんやタクトくんの未来をいじった。そのツケが来たんだよ。」
「……でも、ユノは……」
「いいんだってば。私の好きなリツオくんだったら、きっと2人を選ぶって分かってた。……というより、2人を不幸にしたら許さないんだから。私のことはもういいから、2人と向き合ってあげて。……特にリアスちゃんは、私に似てるんだから、重ねて傷つけたんだから、甘々にしてあげて。」
「相変わらず、人のことばっかじゃんか。」
「こーいうお節介な女の子を君は好きになったんだよ?」
このお節介で、見た目と反して強気なところ、芯があるところ、そんなところにオレは惹かれたんだ。
「なあ、ユノ。俺ずっと、ユノのこと好きだったよ?いつも君に助けられて、救われて。傍に立てるような人間じゃなかったかもしれないけど、俺は君に救われたんだ。」
「今さら、遅いよ。……私ずーっと言ってくれるの待ってた。……私ね。ずっと学校行けてなかったし、体悪いから、よく休むし。それで、クラスから浮いてた。でもね、リツオくんだけが、周りとは違って、普通に接してくれたの。本当に嬉しかった。間違ってることは間違ってるって言える人で、自分が傷ついても、人に寄り添える人なんだよ。誰よりも理不尽が嫌いで、かっこよかった。」
ユノは俺の背中に顔を埋める。
段々と世界は消えようとしている。
伝えたかったことを伝えたからだろうか。
「でも俺はっ!君を守れなかった!」
「私を庇って死なせたくなかったの!だから何回も運命を変えた。……ねえ、あなたは自分が思ってるよりもすごい人なんだよ。……だから、私は貴方を『救世主』に選んだの!……タクトくんを助けてあげて。……そして、私を好きになってくれてありがとう。」
ユノの体が消えていくのが分かる。
俺はたまらずに立ち上がり、ユノを抱きしめる。
「行かないでくれっ!そばにいてくれっ!」
「……。」
ユノはそっと俺の口に人差し指を当てる。
ニコッと微笑みながら、唇と唇が重なる。
「……バイバイ。2人をよろしくね。」
ユノが体が消えていく。
抱きしめていた温もりが形を崩していくのが伝わる。
俺の体は世界の理を離れ、光に包まれ、世界からこぼれ落ちいく。
「……絶対に救ってみせるよ。」
俺は決意を胸に、夢からさめていくのであった。
ーーーーー。
俺はこの日、本当の意味で前世から決別し、前に進むことで、『転生』したと言えるだろう。
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