第15話 塗り変わる世界
ディフィードに到着して間もなく、サーベルに謁見した。
「事情は聞いている。これより、ディフィードは守りの体制に入る。」
サーベルは他の意見を受け入れないが如く、俺を目の前にしてすぐに吐き捨てる。
「お前も守りに加担しろ。自国を守れ。」
「…ダメ元でお願いします!モズールに援軍を!!」
今のモズールは、かなりの小規模な国だ。セインペトに迫られたら降伏するしかない。
「もう戦争は始まってるんです!!このまま、見過ごせばディフィードも無事ではありません!」
「だから、守りを固めるんだ。……言ったはずだぞ。『そういう道を選んだ』とな。……心配するな。すぐ戦争は終わる。これは最後の戦い、そう語り継がれるだろうよ。」
「……どういう意味ですか?」
「モズールは攻め込まれ、セインペトは疲弊する。そこをエランティアは攻めるだろう。そして、恐らくそこに、セインペトの本軍が攻め込み、戦争は集結する。俺たちが介入すれば、余計にややこしくなるだけだ。……なにより、死人が増えるだけだ。」
「くっ……」
俺は何も言い返せなかった。結局、戦争は誰にも止められない。どちらかが滅びるまで、終わらないから争っているんだ。
だがーーーー。
「分かっていても!!指をくわえて人が死んでいくのを見ていけというのですか!!守る力があるのに!!!…なにか、あるはずです!!!」
「ならば、何とかして見せろ。……全員が納得できる条件があるなら、誰も反対しないだろう。お前はなんのために旅をしてきたんだ。……お前が成し遂げたいことを見せてみろ。」
国としてはこういうしかない。
サーベルの瞳はそう、訴えていると感じた。
「……そうですよね。お父様はいつも、僕を試しますね。……僕なりの成長を見せます。」
ーーーーーー。
俺はこの世界に来て、見てきたことを生かし、行動を開始する。
感情じゃ、誰も動かせない。
心に訴えかけることも時には必要だ。
だが、人間はそんなんじゃ動かない。
現に俺だって、前世でのいじめがなければ、今のような価値観にはたどり着かなかった可能性もある。
人は経験によって人となっていく。
各々に願いがあって、目的がある。
それを叶えれば、ひとは動く。
そうだ。全員の利益を考え、そのうえで、俺の目的を果たせばいい。
考えろ、世の中には私欲で動く人間が山ほどいる。
俺の目的に直結させなくても、一つ一つのピースを繋ぎ合わせればいい。
俺にはそのための経験も仲間も、力もある。
弱かった頃の俺じゃない。
俺は一つ一つ思い出してみる。
『戦争にだってお金はかかる。』
『商人はいつだって利益を欲する。国に縛られはしない。』
『エランティアはパラディンを中心とした国だ。元々は騎士国家。でも今はキュリアの脱走や他国を飲み込んだりしている。』
『セインペトは魔族との戦争に勝利し、多くの領土と莫大な力を得た。差別が最も強い国。……だが全てがそうなのか?』
『ディフィードは自国を守る国で、戦争に加担はしない。……そう加担はしない。』
『モズールはフラットベースの意思が残っており、差別を嫌う。平等な世界を目指しているはずだ。』
……見えてきたぞ。俺なりの答えが。
俺は早速行動を開始した。
急いでビーグに戻り、話を進める。
泊まっていた宿屋に行くと見知った顔ぶれが増えていた。
モグ、チーノ、リアス。それに加え、キュリア、デミ。
「……レストはいないよな。」
「私から、ミデミアムの話を聞いて、すぐに会議に行きました。」
包帯や傷が目立つ、獣耳が特徴的な少女デミが、説明してくれる。
「すみません、私がいながら、エランティアには勝てなかった。……というより、国がまとまってなくて、エランティアにすぐに降伏したんっすけどね。」
デミが苦笑いをしながら、俺たちに説明してくれる。
元々財政難が続いたミデミアム。亜人種の驚異的な力で自然と共存し生きてきたが、度重なるセインペトの森林売買、農地や漁業の独占。
疲労困憊だっただろう。
「とにかく生きていて良かった。エランティアは軍事力を必要としている。…そうですよね、キュリアさん。」
「ああ。そうだ。セインペトによって、蹂躙され、疲弊した国を取り込む、セインペトとやり方は大差ないさ。……本当に不甲斐ない。騎士国家が聞いて呆れる。」
やっぱり俺が思っていた通りだ。ミデミアムは、生きていけないからエランティアに縋った。負けたのは抗った人達ということだ。
人が多くいればいるほど、分裂は起きる。
ミデミアムでこれなら行けるかもしれない。
俺は全員の顔を見渡す。
全員の疲弊しきった顔だ。
「みんな、動いた結果上手くいかなかったって顔だな。」
「それはお前もじゃないのか?リバイア。」
「まあな。」
「私、世の中を甘く見てました。旅をして何を学んだ、と父に叱責されました。お兄ちゃんに負担かけてばかりで、不甲斐ないです。」
「お嬢様は立派ですよ。分からないなりに動いたんですから。…国は主とレスト様に任せましょう。」
リアスが落ち込んでいるとモグが元気づける。
……何故か、少しイラッとしてしまったが、そこは今は置いておこう。
「それで、何か考えあるの?とりあえず、ダメ元で動いてみたけれども、見えそうなの?」
チーノが俺に話を振る。
「……俺が馬鹿だったんだよ。少し、突っ走った。冷静に話し合って動くべきだった。ここには、エランティア、モズール、ディフィード、それからセインペトの知識を持ったチーノもいる。……俺の考えはまだ、憶測の域を出ない。みんなで力を合わせよう。……何とかできるはずだ。」
「手を貸す、とは言ってないが、何とか出来そうであるなら、聞くだけ聞こう。……すまないな。私はあまり、貴様を信用してなくてな。」
「あの戦いを見れば、誰だってそうなります。……後悔してもしきれないですが、言っていても仕方ないので、話を聞いて判断してください。」
キュリアに気圧されつつ、オレは話を進める。
ーーーーーー。
一通り、話終えるとみんなは納得の表情を浮かべる。
「最後がレスト様だのみってのが、お前らしい。最後まで考えろよ?」
モグは笑いながら、痛いところをついてくる。
「……あいつなら、やってくれるさ。」
「……はい、レストさんならきっと。」
デミが顔を赤らめながら言う。
「正直他の国の内情はこれっぽっちだが、貴様の言うやり方は非常に私好みだ。見直したぞ。リバイア殿。」
「……確かに、魅力的で穴をつくような、屁理屈のような、リバイアらしいやり方ですけど……」
みんなが納得する中、チーノだけが、浮かない顔をする。
「……勇者か。」
俺はポツリと呟く。
「でも、生きてても、全盛期のような力は無いのでは?」
リアスが、意見を口にする。
「確かに、そうですけど。バックにいるのはセインペトで、それに、未だにセインペトが力を奮っているのと見ると、勇者は健在で、なおも驚異的なのではと、考えてしまいます。」
チーノは勇者に殺されている。そう考えてもおかしくはないだろう。
不安に思う気持ちも分からなくはない。
「だとしても、動いてみよう。むしろ、死人は出ないはずだ。この作戦なら。……勇者は現れ次第俺が何とかする。」
ひとつまみの不安はあるが、隠して俺たちは動き出すことになった。
しかし、本来ならこれで上手くいくはずだった。
本来ならばーーーーー。
動き出す前に、レストに諸々の事情を話す必要があったため、俺たちはまず、モズールに向かった。
リアスのおかげで、難なく城に入ることが出来た。
だが、城に入り、俺たちは絶句した。
「あぁあがっ!!……く、来るな!!リバイア!!!に、にげ、ろ!」
首を捕まれ、苦痛の表情を浮かべるレスト。
「何者だ!貴様ら!!」
モグが声を張り上げる。
「まさか!セインペト!?おかしい!モズールに来るには早すぎる!!」
キュリアが混乱しながら構える。
「タクト……?」
レストを掴んでいる男に俺は見覚えがあった。
脳が疼く。
嫌な記憶がフラッシュバックする。
俺が前世で最も嫌ったーーーー色素が薄く赤く見える髪、何者も映さない漆黒の瞳、『勇輝 託人』。
「わりぃな、『リツオ』。未来書き換えさせてもらったわ。本来なら、普通に攻めるつもりだったけど、お前にしてやられる未来が見えたからな。」
「……えっ?」
なぜここにいる、お前は何をしている、ミライ、何の話だ?
俺の思考は停止している。
体が震え出す。怖い。『逃げたい。』
「まあ!チーノ様!来てくださったとは!!」
もう1人、タクトの傍らに男がいた。白を基調とした神父のような装いに、黄色字で綴られた謎の言語が見に入る。
「っ!!ペーテル!!!」
セインペトの現神官の名前を口にするチーノ。
「……まあ、当然の反応だよな。リツオ、最後にふさわしいメンツだ。……仲間割れしてくれや。……やってくれ、ペーテル。」
何も理解が追いつかない。
動け、俺!!
「くっ!!レストを離せ!!!」
「ダメです、リバイア。どうやら、何らかのスキルを発動されてます!!!」
「な、にが?」
チーノが言う通り、体は言うことを聞かない。周りもそのようで、全員が体を硬直させている。
くそ、なんでだ。体が言うことを聞かない!!!
「無駄ですよ。リバイアさん。いくらあなたでも。『未来眼』を持たないあなたでは未来を変えられません。ふふ。……経験あるのでは?それで、大切な人を失っているはずです。」
「なっ!?」
呼吸が荒くなる。怖い。
今になって、ようやく全てが繋がろうとしている。
あの日俺には複数の世界の記憶があった。
それはつまり何者かの介入によって未来を変えられていたからか?
『私が!!未来を変える!!!』
死ぬ前、ユノが叫んだ言葉。
「っ!?ま、まさか!!」
「ああ。嫌な運命だよな?そこに関しては同情するよ。リツオ。俺らは来るべきしてここに来たんだ。……せっかくのお別れだ。教えてやる。そこにいるチーノ・パステワードとフレリアス・フラットベースは、元々一人の人間だ。転生する時に、不運が重なってな。……俺はチーノを殺した時、そのせいで未来を変える力を得た。……どういうことか分かるか」
「……嘘だろ?ユノは……転生して……る?」
「そういうことだ。……まあわかったところで、ここでお前たちは死ぬがな。」
オレはチーノ、リアスにそれぞれ視線を向ける。
チーノが言っていた隠していること、リアスが言っていた夢の話。
全てが繋がった。
ユノは、未来を変える力を持っていた。
そして、俺とタクトが召喚されたことに関係している。
不運が重なって、リアスとチーノという2人の少女に別れた。
「……どういうことですか?私は転生したんですか?……チーノさんは知っていたんですか?」
「……ええ。」
チーノは顔を伏せる。
色々聞きたいことはある。しかし、今はそれどころではなかった。
視線をタクトに移すと、なにやら、ペーテルに指示を出している。
「フレスト。見えるか?ペーテルが刃を向けている男が。」
全員硬直している。なにか大きな力で妨害されている。
俺はその光景を黙ってみることしか出来ない。
何も出来ないに着々と焦燥感だけが襲ってくる。
リアスは必死に動こうとしている。
「だめです!それだけはっ!!!お父様!お父様!逃げて!!!」
ここに来て、モズールの王に手がかけられようとしている。
みんなそれぞれ試行錯誤し、状況を打破しようとしている。
止めなくてならない。取り返しがつかなくなる前に。
ここにいる全員が抵抗しようとしているが、何かの力によって妨害される。
そうか、これが勇者の力。
タクト、なんでお前が勇者なんだ。
どうして俺はいつも何も出来ないんだ。
「ちくしょうっ!!!!タクトぉおおおおっ!!!」
お前はこの世界でも俺を苦しめるのか!!!
俺の声は虚しく、ペーテルは残酷にも刃を振りかざす。
「やめっろぉおおおおおお!!!」
レストは全力の抵抗を見せる。
だがーーーー。
ペーテルは倒れている男に刃をつきさす。
フラットベース王は、微かに何かを口にし、口から大量の血を流し、絶命する。
「あぁ!?そんなぁっ!!!ち、父上っー!!!!」
レストの叫び声は広い王宮に響き渡り、悲しげにこだまする。
「……あぁっ!?お父様!!」
同じようにリアスも涙を流す。
「なん、で、こんなことに」
俺たちはようやく、体の自由を解き放たれる。
全員、その場に倒れ込む。
「こんなものか。」
タクトは吐き捨てると絶望と悲しみの表情を浮かべるレストを投げ飛ばす。
「…………。」
体が重たい。
頭も痛い。
なにより、心が痛む。
なんでだ。どこで間違えた?未来を変えられた?
来るべくして来た?
なら俺はなんのためにここにいる?
守れなかった。
俺はレストを見やる。
「……やはり、人間は愚かだったよ。フラット。お前の代わりに世界をもう一度、塗り替える。」
レストは一人ブツブツと呟き、ユラユラと立ち上がる。
「奥底に眠っていた魔王が目覚めたようですね。……それでは皆さん。また会えるといいですね。」
「まあ、せいぜい頑張れ。……リツオ、お前さえ居なければ、ユノは生きていたかもしれないのにな。」
そう言い残すと、2人は魔法陣を形成し、消える。
オレはタクトが消えるまで睨む。
ユノの命を奪ったのはお前だろう!!いつも、いつも、俺を苦しめるのはお前だ!!!
1度呼吸を整える。今は、レストを助けよう。このままじゃレストまで死んでしまう。
「れ、レスト、」
俺はどう声をかけたらいいか分からず、そのまま、ゆっくりと近づく。
「ダメだ……そこに、もう『レスト様』はいない。……覚えてるか?俺が暴走した時のことを。」
モグが俺の足を止める。
「ま、まさか。闇の力の暴走…なのか?」
思い出す。闇に飲まれたモグの暴走を。
「いえ、これは、もはやそういう次元ではないです。お兄ちゃんはお父様が亡くなられたことで心を閉ざしたんです。……それによって隠れていた力が目を覚ましました……この世界は終わりです。」
「リアス……。」
説明はしてくれるが、まるで他人事。感情を無くしたかのように、リアスは呟く。
突然の父親の死、俺との関係。
リアスは気持ちに整理がついていない。
そして俺も、いやここにいる誰も、気持ちに整理がつかない。
見えかけた希望。だが、打ち砕かれ、残ったのは知られざる真実。そして、取り返しのつかない絶望。
何も出来なかったという事実のみ。
「なんだよ、これ。……くっそ!!!……何とか言えよ!!!レスト!!!そんなんじゃ、あいつの思うつぼだろ!!!」
俺はもう、ただ叫ぶことしか出来ない。
お前まで、遠くに行かないでくれ。
「……救世主か。……お前は能天気すぎた。安心しろ、お前に変わって俺が世界を救ってやる。……この俺、復活した『魔王』がな。」
レストはそう告げると闇の力を解き放つ。瞳は赤く染まり、髪の毛は逆立ち、黒く染る。
それは、紛れもなく、眠っていた『魔王』が目を覚ました瞬間だった。
絶望する中、更なる混沌が俺たちの前に立ち塞がる。
こころは色を変え、世界は姿を変える。そして、着実に終わりは近づていたーーーーーー。
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