第9話 チーノ・パステワード


 これからお話するのは、勇者が生まれる少し前のお話です。

 

 わたくし、チーノ・パステワードが、この姿になる前、言い換えれば、前世でしょうか。

 

 私はただのチーノでした。

 

 どこにでもいるような、普通の女の子。

 

 宗教国家セインペトで育ち、無事、15歳をすぎた頃でした。

 

 当時のセインペトはセイクリッドであれば、誰でも受け入れる。そんな国でした。

 

 私はエルフとのハーフでしたが、寛容に受け入れてもらいました。

 

 当時の情勢は魔族と人間の対立が苛烈を極めていました。

 

 そのため、亜人族やエルフ、ハーフなどは人間絶対主義を提唱するもの達に虐げられる立場にありました。

 

 言ってしまえば、私たちは半端者。どちらにでもつくことが出来たのですから。

 

 ですが、所謂魔族側もすべてが悪い人たちではなかった。

 

 ごく一部の過激派と呼ばれる人間たちに恨みを持った魔族が、人間を襲っている。

 

 そんな情勢。

 奪い、奪われ、殺し合う。

 

 憎しみの連鎖の繰り返し。

 

 そんな情勢の中でしたので、今より種族間の差別は強かったのです。

 

 なので、セイクリッドになれるものは逃げるように、セインペトへ行きました。

 

 その当時の国は4つに別れており、セイクリッド中心のセインペト、ガーディアン中心で平等主義のフラット(モズール、ミデミアム、ディフィードの旧名)、パラディン中心のエランティア、そして魔族国家アデモン。

 

 アデモンでは、当時、ふたつの勢力に別れており、混乱していた。

 ひとつは、戦争で疲弊し、また全ての人間を悪とするのではなく、分かり合う道、人間と生きていく道を選んだ平等派。

 もうひとつは、人間に家族を殺され許さないと復讐心を燃やし、人間であればだれでも殺す過激派。

 

 そんなふたつの勢力があったからこそ、魔族を恨む存在となった『ペーテル』。

 そして、魔族と共に歩もうとしたフラットの王『フラットベース』が生まれました。

 

 ペーテルは魔族に家族を殺され、生き残った青年でした。

 

 身寄りのない彼は、色んな人々を頼りましたが、戦争中であったため、誰も救ってくれませんでした。

 

 そんな時、助けたのが『パステワード』。そうです、ロン兄さんの前世です。

 

 ペーテルはセイクリッドスキルを数多く有しており、ただの使い方を理解していませんでした。

 身寄りのなかったペーテルを立派に育て上げたパステワードは、彼に宗教国家ペーテルを任せることにしました。

 当時、高位神官であったパステワードは未来へ希望を、差別を無くすために、差別を受け、立ち上がった彼に全てを託したのです。

 

 ですが、悲劇は起きました。

 

 ペーテルの心は酷く歪んでいたからです。

 

 人間も魔族も全て、敵だと思うようになっていたのです。

 

 「セイクリッド以外は敵だ。テフェト様だけが、私を守ってくれる。だからーーーーー。」

 

 その日、わたしと同じようにセイクリッドでも、ハーフやエルフ、亜人、魔族が呼び出され、殺されました。

 

 彼によって召喚された勇者によって。

 

 事態を聞きつけたパステワードも勇者の圧倒的な力によって殺されました。

 

 そして、セイクリッド以外を認めない今のセインペトが生まれたんです。

 

 ーーーーー。

 

 話し終えたチーノは深く深呼吸をする。

 

 「ありがとう、話してくれて。」

 いい話ではない。簡単にできるような、そんな話でもない。

 

 でも打ち明けてくれた。

 きっと彼女にもトラウマがあっただろう。エルフとのハーフであることで失ってしまった命。

 

 彼女の気持ちを理解することなんて出来はしない。

 

 せめて、という気持ちでオレはお礼を言った。

 

 「こんな話してしまってすみません。私の話は何となく、聞いて欲しかったんです。貴方に。」

 

 「ああ、チーノのことをよく知れたよ。でもまだあるんだろ?」

 

 「はい、ここからが本題です。勇者を召喚したように、異界から人を召喚することができます。そのスキルをテフェトスキルをと言います。高位の神官か、もしくは光の魔法を使える方のみが召喚できるんです。」

 

 「光の魔法?」

 

 「はい、魔法というのは人間も以外の種族が得意とする体のエネルギーを具現化する力です。私はエルフとのハーフですので光の魔法を使い、この世界に再び生を受けました。兄であるロンは高位神官であったことで転生したと考えられます。」

 

 そうなのか。てっきりさっきの話だとみんな死んでしまったのかと思ったけど生き返った、転生ししたものもいるんだな。

 

 「光の魔法はセイクリッドであれば、使える可能性は大いにあります。どちらかというとエルフが得意とする力なのですが。人間は魔力が少ないので、人間で使える方は極わずかですけどね。」

 

 チーノは続ける。俺もようやく話の内容が見えてきたところだ。

 

 「闇の魔法は魔族がもっとも得意とする魔法です。人間が使える可能性は無いに等しいです。」

 

 「だけど、モグは扱えていた。」

 

 「はい、その通りです。でも、恐らくあれは彼の力ではない。」

 

 「なんならかの方法で手に入れた?」

 

 「そういうことになります。さっきも言いましたが、人間に魔法は極めて難しい力です。魔族がいた時代では、チカラを継承し、使えるものもいました。ですが、いまの時代、属性の加護スキルを受けた人のみが使える力となっています。そして、光と闇以外の力で、の話です。」

 

 「魔族が生き残っているのか、でもメサイアには亜人やハーフもいる。どちらにせよ、俺はそのキケンな魔法とやらを人間に使わせるような奴に狙われてるってことだな?」

 

 「そういうことになります。そして、もうひとつ、知って欲しいことがあります。」

 

 「…他にも魔法を手に入れる方法があるのか?」

 

 「はい、それが『召喚の門』です。異界のものを呼び寄せたり、この世界に転生させたりする力です。勇者はこの力によって現れたとされています。ですが、勇者は召喚された可能性が高い、というふうにだけ、伝えられています。」

 

 「ってことは、つまり、勇者が現れた時代に、媒介となるものが発見されていないみたいな感じか?」

 

 「はい、どうしても召喚の門を開くと跡が残るんです。そしてつい最近もありましたね。」

 

 「俺が産まれる前にできたって言う『4つの召喚門』だな」

 

 「ええ、その4つの召喚に用いられた可能性が高いのが、闇のグラディウス、光のスクトゥム、魔王の血、神の祝福らしい。」

 

 「神の祝福?」

 俺は少し、困惑していた。神の祝福は俺が持つパッシブスキルと同じだ。なにか運命的なものを感じる。

 そして、グラディウス、スクトゥムってたしか、ローマかどこかの戦争に用いられた武器の名前だ。

 

 そして極めつけが魔王の血。

 

 こんな素材で出てくるなんて相当やばいやつだ。

 

 チーノの話から察するに恐らく、召喚門によって生まれたものが俺を狙ってる、そう言いたいのだろう。

 

 「神の祝福というのは、召喚の際にイレギュラーなことが立て続けに起こったらしいのです。元々は勇者を召喚したことで力をつけたセインペトを止めるためにエランティアが召喚したらしいのですが、その召喚を担当したモノの中にセインペトの方が混じり、魔王の血を混ぜた。そしてその召喚をトリガーとして、なぜか、4つめの召喚門が開かれたのです。その四つ目の召喚門は光に包まれ、テフェト様が姿を現したらしいのです。それが、神の祝福と呼ぼれているのです。」

 

 「なるほどな。つまりは、召喚門で現れる者は4人いるはず。そしてその中に闇魔法を使えるやつがいる。だから、そいつの可能性があるって訳か。まあ俺もよく分からず、この世界に転生してる訳だし、その召喚門で呼ばれている可能性もあるって訳だ。」

 

 「はい、ですから、なんらかの経緯で転生したことがバレたか、もしくは、リバイアに対して恨みがあるのかどちらかの方が可能性として高いなと。もし、今回の件、闇の魔法が関与しているのであれば、敵は相当強い可能性があります。それをどうしても伝えたくて。」

 

 「わかった。わざわざ丁寧にありがとうな。今日はいっぱい話してくれて嬉しかったよ。色んなことがわかった。」

 

 「いえ。なんとなくですけど、今回の件、ペーテルが関わってる気がして。何か、大きなことが起きる気がしたんです。だからあなたには知って欲しかった。この世界のことを。…私のことを。」

 

 チーノはそっと俯きながら話す。きっと、まだ話せていないことはあるのだろう。

 それでも、俺は感謝を述べようじゃないか。

 

 「ああ、今日は本当にありがとうな。」

 

 俺はそっと優しくチーノのアタマを撫でてやる。

 

 きっと、急に話してくれたってことはそれだけ闇の魔法ってのは厄介ということだ。

 

 魔王の血なんて、混ざった召喚だ。どんなチートが来てもおかしくない。

 

 4つの召喚門か。俺も他人事ではない気がする。

 

 少なくともこの世界に呼ばれた手がかりにはなりそうだ。

 

 夜の匂いが強くなっていく。

 

 風も少し冷たい。

 

 「帰ろうか。チーノ。」

 「はい、リバイア。」

 

 俺は後ろから笑顔でついてくるチーノを見つめ思う。

 

 この一人の少女と出会ったのだって、とんでもない奇跡のうちの一つである。

 

 チーノ・パステワード。

 俺はそんな想いにふけっていた。

 

 チーノは言う。

 「こんな話急にされて困りましたよね。…他にも話さなきゃ行けないことがあるって言ったら、困りますか?」

 

 「……いつだって、聞いてやるよ。今ここにいる、チーノに出会えたんだから。」

 

 ーーーーー。

 

 私は本当にこの人を好きになって良かった。出会えて良かった。

 

 だからこそ、いつの日か、ちゃんと話さなければならない。

 

 私の中に芽生えたもうひとつの記憶を。

 

 チーノ・パステワードではない。

 

 純粋にあなたを好いていた、一人の少女の記憶を。

 

 いつの日か、必ず。

 

 でも、今はチーノとして。

 

 ほんの少しの間だけ、あなたのそばに居させてください。

 

 この命が尽きるまで。

 

 私がただのチーノに戻るまで。

 

 あなたが、救世主になるまで。

 

 

 

 

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