ずっとずっと待っているよ

友川創希

ずっとずっと待っているよ

 私は慣れた手付きで髪を結びながら、4月のカレンダーを見る。


 このカレンダーには月ごとに自然の写真が掲載されていて、4月は満開の桜の写真でまるでこの部屋にも散ってくるんじゃないかと思うほど咲いていた。カレンダーの4月6日のところにはボールペンで『公園で会う! 18:00』と私の字で書かれている。ただ、会えるかどうかはその時まで、分からない。でも、君を待ちたい。来てくれるかな? 


 私は髪を結び終えるとリュックを背負って、もう何度も何度も開けている家のドアを開けて、暖かい南風の吹く外に出る。

 



                  ※




「遊びに行ってくるねー」


「気をつけていくのよ」


「はーい」


 ――これは、私がまだ小学1年生の時、つまり6歳の時の話だ。この日は、引っ越してから仲良くなった友達と遊ぶ約束をしていた。待ち合わせ場所である公園に行くために私は洗い物をしているお母さんに行ってきますと言って家を出た。


 道には桜の花の絨毯ができていた事を覚えている。


 私はうきうきした気分で住宅街を抜けて、T字路まで行くとそこを左に曲がった。左に曲がると少しずつ上り坂になっていった。あれ……? と思いながらもその道を進んでいった。


 更に進むとさっきまであった家が段々と少なくなっていき、道路も段々とゴツゴツしてきた。こっちだよな、いつか着くだろうと思いながらまっすぐ進んでいった。


                   

                 

                 ※




「おはようー」


「おはよう、虹花にじか


「おはよう瞳秋ひとか


 虹花という友達に学校へ登校する途中、声をかけられた。虹花とは中学1年生の時に仲良くなって、2年でも同じクラスだった。虹花は私が困ったときに助けてくれる優しい友達。私より(何倍も)明るい性格で一緒にいるといつも元気をもらえる。 


「そういえば、もうあの映画見た?」


 きっと今話題になっているあの恋愛映画のことだろう。私も昨日見てきた。虹花も見たんだ。


「うん、見たよ。相手を大切にする気持ちが感動しちゃうよねー」


「それにさー、あの主人公役の俳優、かっこいいよね!」


「分かる、分かる」


 この映画の主人公を演じている俳優さんは、色々なドラマや映画に引っ張りだこで、マカロンのような人だ(例えが分かりづらいな)。


「あのさー、話変わるけど、明日空いてる? 新しくできたカフェ行かない?」


 この街にはカフェが新しくできていて、私も食ベログで見て気になっていた。でも……。


「――ごめん、ちょっと明日は人と会う予定があって……」


「えっ、まさか彼氏!?」


「んーそうじゃないけど」


 明日は……あの人と……、会うんだ……。

                  

 


                  ※




 なかなか待ち合わせ場所の公園に着かない。あれ、れ……? もう少しで見えてくるはずなんだけど……。いつもはその公園には母と行っているから一人で行くのは初めてだけど、だいたい道は覚えているはず……。いつものT字路を曲がってきたし……。でも途中にあるはずの駄菓子屋さんを今日は見ていない。いつもこの駄菓子屋さんで買うと、「はい、これおまけね」といってうまい棒のココア味とか面白いものをおまけしてくれる優しいおばあちゃんのいるあの駄菓子屋さん。


私は段々と不安が大きくなってきた。この道であっているのだろうか。いつ着くんだろう。どこに着くんだろう。どこまで行っちゃうんだろう。さっきから誰も見ていない。


 私は後ろを振り向く。


 ――ここは、どこだろう。見たこともない景色だ。ここで初めて私は迷子になったと思った。でも、もう後ろに戻っても意味がないと思って前に行くことにした。


 疲れた、怖い、悲しい……。


 私は何かを見つけた。――公園? 『やえまち公園』と書かれている。や、え、ま、ち、……次はなんて書いてあるんだろう。まだ、漢字は分からない。でも、砂場と滑り台があるからここは公園。やっと着いた……。古くなって今にも針が止まりそうな時計を見た。長い針は1を少し過ぎたところにあって、短い針は9のところにあった。だから今は、1時45分。時計は読める。家を出たのはいつだっけ……? 長い針が12のところに合ったような気がする。


 私はとりあえずベンチに座って、友達を待つことにした。


 でも、友達は来なかった。


 時間だけがどんどん過ぎていく。とうとう長い針が3を指した。でも、まだ友達は来ていない。忘れちゃったのかな? それとも急に来れなくなっちゃったのかな? それとももう帰っちゃったのかな? 私は暇になり一人でブランコに乗った。でも、すぐに飽きたので砂場で遊ぶことにした。なぜかあったスコップで、よくわからないものを作った。


 ――もう、帰ろう。もうこれ以上待っても来ないと思ったから。


 公園を出た。でも、いつもの景色がない。帰り道がわからない。やっと着いたと思ったのに。再び不安が押し寄せてきた。どうしよう……。私は公園に戻って、地図らしきものがあったのでそれを見た。その地図はボロボロだったけど、1つわかったことがある。――やっと着いたと思っていたこの公園は、いつもの公園ではない。

どうしよう。私はベンチに座って泣いた。誰か……。

                   



                    ※




「同じクラスでよかったね~」


「うん。3年生もよろしく!」


 私と虹花は同じクラスになれた。天使が魔法でもかけてくれたんだろうか。


「中3になったけどどうしよー。受験があるんだよねー。でも、修学旅行もあるよね!」


 虹花は「受験があるんだよねー」のところでため息をつくように言った後、「修学旅行もあるよね」のところで興奮気味に言っていて、その変化が面白くて私は思わず笑ってしまった。


「どうして、笑ってるの?」


「なんでもない」


「そういえば、担任の先生ってアンパンが好きなんだってねー。今度おすすめの店、教えてあげよ。」


 私たちのクラスの担任の先生は優しそうな女の先生で、隣の市の学校から私たちの学校に来たみたいだ。


「そういえば、瞳秋もアンパンマン好きだよね?」


 そう、私も――。


「――私もアンパン大好きだよ」


 私もアンパンが好き。だって、だって――。




                  ※




 朝が来た。私はどうやらベンチで寝てしまったみたいだ。でも、あまり寝たという感じがしない。私はこのままではいつか……。お腹も空いている。ご飯というのもそういえば、昨日の昼から食べていない。私はポケットに何かがあるのに気づいた。

――あめ? 一粒のあめ。私はそのあめを舐めた。でも、これじゃあ全然お腹が満たされない。もう、ずっと帰れないのかな……。


 私はもう一度ベンチでもう一度泣いた。


「どうしたの?」


 えっ、誰? と思って振り返ると、そこには私と同じくらいの男の子が立っていた。その男の子は、紙袋を持っていた。


「私、迷子になっちゃったみたいで……」


 私はとりあえずその男の子に迷子になってしまったことを伝える。


「なんかお母さんが言ってた。6歳の子が迷子になってるって。君って、青田あおた瞳秋?」


 それ、私です。良かった。誰かと出会えて。良かった。安心した。


「大丈夫……?」


「うん……」


 大丈夫ってわけではなかったけど、うんとうなずいた。


「昨日からいたの?」


「うん。昨日の午後1時45分30秒から……」


 帰りたくてしょうがなかった。やっと帰れる。


「まあ、そこまで聞いてないけど。じゃあ、お腹空いてるでしょ」


 そう言って、男の子は紙袋からアンパンを取り出して、「はいっ」といって私に渡してきた。おいしそう。


「食べていいの?」


 私はその男の子を見て言った。


「もちろん。お腹すいてるならなんか食べないと元気でないぞ」


 私は袋からアンパンを出して食べた。おいしい。余計においしい。


「おいしい?」


「うん。すごくおいしい」


「良かった」


 私がおいしいと言うとその男の子は笑ってくれた。アンパンマンは本当においしかった。


「俺、天太てんたっていうんだ」


 天太くん……。


「天太くんありがとう」


 私は天太くんにお礼を言う。


「うん、瞳秋」


 私はこの後天太くんの家(まだ新しい家だった)に行った後、無事に自分の家に帰り、お母さんとも再会することができた。天太くんはあの日、パン屋にお遣いに行った帰りだったみたいだ。その帰りに私を見つけてくれた。


 それから、私たちはお互いの家は少し遠いけど、私は天太くんとも遊ぶようになった。ブランコしたり、滑り台を滑ったり、鬼ごっこしたりした。天太くんたちと遊ぶときが一番楽しい時間だった。天太くん、私を見つけてくれてありがとう。

 



 



「天太くん、お昼一緒に食べよう!」


「うん」


 公園で今日も遊んでいると、お昼を知らせるチャイムがキンコンカンコンと鳴った。今日はお昼をもってきたのだ。


「今日、私おにぎり握ってきたの」


 私と天太くんはベンチに座って、手提げバッグからおにぎりを出した。今日の朝、お母さんと一緒に握った。


「おいしそう! 具は何?」


 天太くんがおにぎりの一口目を食べたところで私にそう聞いた。


「いろんな具入れてきたから、その時のお楽しみ!」


「なんだろ……」


 おにぎりの具はいくつかあるから、食べてからのお楽しみ。私のはなんだろう。


「俺のは梅干しだった。すっぺー」


 天太くんは酸っぱそうな顔をしていた。梅干しを食べるとそういう顔になっちゃうよね。


「私のは、焼き鳥だった」


「面白いの入れたんだね。梅干し、酸っぱかったけどおいしかった」


「本当? 嬉しいー」


 天太くんに褒められると自然に嬉しくなってしまう。


「今度また作ってきてあげる」


「楽しみにしてる」


 私たちは2個目のおにぎりを食べた。

  


「そうだ、天太くんの似顔絵描いてきたの」


 おにぎりを食べ終わると、私はそう言って家で描いてきた天太くんの似顔絵を本人に見せる。天太くんはどんな反応をしてくれるだろう。天太くんは私の描いた絵をじっと見ている。天太くんの顔の周りには背景として、大きくて眩しい太陽と雲を描いた。絵の中の天太くんは笑っている。


「おー、瞳秋うまい! 100点満点!」


「やった!」


 私は天太くんにうまいと言われたので喜んだ。


「瞳秋は絵がうまいね!」


「うん、描くのがすきなの」


「すごい似てるよ、絵のほうがかっこいいじやん!」


「いや、天太くんの――」


「ありがと、また、いつか俺の似顔絵、描いてね」


 天太くんの絵を描いてきて良かったと思う。背景に雲の絵も描いたけど、その絵に雲の絵なんていらないと思った。




                  ※




 私は学校から帰り、今、天太くんの似顔絵を描いている。大きくなった天太くんの。でも、大きくなった天太くんの顔は知らないし、想像で描くしかないのだけど、自然と手が動く。こうなんだよという風に。こんな顔なのかはわからないけど、私の心がそう言っているような気がする。心の扉が開いたんだろう。


「天太くん……」


 一旦手を止める。いまさら絵なんてあげたところで喜んでくれるのかどうかは分からないけど、描き終えたい。何でだろう……。


 私は明日、あの人と会うんだ。私はあそこで待っているからね。


「瞳秋、ご飯できたよー」


 お母さんが優しい声で私を呼ぶ。


「はーい」


 君と会う約束をした日はああだったな――。

                     



                    ※




「おー、瞳秋、麦わら帽子似合ってるじゃん」


 天太くんと会ってから4ヶ月ちょっとが過ぎた夏の蒸し暑い日、私は今年初めて麦わら帽子を被ってきたら天太くんに褒められた。天太くんは小さなことでも褒めてくれる。明日からずっと麦わら帽子被っていこうかな(秋になったらいらないか)。


「太陽が眩しいねー」


「そうだね」


 天太くんの言う通り太陽が眩しい。私と天太くんは青空を見上げた。風も吹いているみたいで木の葉っぱもひらひら揺れている。


「あ、そうそう瞳秋とやりたいことがあるんだ」


「なに?」


 私はワクワクしながら天太くんにそう聞く。


「未来の瞳秋に手紙書きたい」


「私も未来の天太くんに書きたい!」


 私は天太くんの意見に賛成した。楽しそう!


「今日書いて送って、そして大きくなったら開ける」


「私、大きくなるまで待ちきれないよ!」


「確かに、でも大きくなってから開けたほうが楽しいよ!」


「そうだね」


 私たちは(何故か1つだけある)公園のテーブルで手紙を書くことにした。書くものは天太くんがもってきていて、それに書いた。


「天太くんになにかこうかな……」


 私が悩んでいると天太くんはもう書いていた。


「んー」


 未来の天太くんに……。なにを伝えたいのかな。



おおきくなったてんたくんへ

 てんたくん、いつもあそんでくれてありがとう。てんたくんといるといつもたのしくてしかたないです。ずっとあそんでいきたいです。よるおそくまであそぶとおかあさんにおこられちゃうからむりだけど。あのひ、わたしをみつけてくれたてんたくん。あのときはさびしくてさびしくてしかたありませんでした。でも、てんたくんをみてとてもあんしんしました。どんなにおおきくなってもやさしいてんたくんでいてください。ずっといっしょにいたいです。

 

――未来の天太くんに届きますように。


「瞳秋、書けた?」


「うん」


 私は封筒に住所まで書き終えた(住所とかはお母さんに何度も教えられている)。天太くんにうんと言う。


「じゃあポストにだしに行こうか」


「行こう!」


 私たちの街にはピンク色のポストがあり、そのポストに出すことにした。


 私たちはピンク色のポストの前まで来た。


「両方一緒に入れようか」


「そうだね」


「じゃあ、瞳秋がいれて」


「わたし?」


「うん」


 大切なことを任された。私はそっとポストに2通の手紙を入れた。


――開ける日が、待ち遠しいな。


「天太くん、あのさ私たちがいつ引っ越ししてもいいように――」


 私と天太くんはよく引っ越ししている。だから――。


「――大きくなった時に会う約束しない?」


「いいね。いつにしようか……」


 天太くんは腕を組みながら考え始めた。


「じゃあ、天太くん好きな数字何?」


「……んーと、好きな数字か……9かな」


「じゃあ、9年後に会おう。私たちが初めて会った4月6日の」


 私たちが会うのは9年後の4月6日。


「うん、分かった」


 9年後っていうことは……私が……。私は手で数えながら考え始めた。7、8、9、10、……、14。14歳になった時だ。そう考えるとまだまだ先。その時天太くんはどうなってるんだろう。


「ねえ、天太くんは私といて楽しい?」


「もちろん。楽しいから瞳秋といるんじゃん」


 嬉しい。天太くん、私も天太くんといると楽しいよ。




                  ※




――私たちは、あの後すぐ、引っ越すことになってしまった。それは、突然だった。本当に急だったから最後に「さよなら」も「ばいばい」も言えていない。気づけば天太くんと会ってから9年の月日が経っていた。9年前が昨日のことみたいに今でも瞳に映し出される。


 明日は天太くんに会う日なのだ。でも、会えるかは分からない。だって、天太くんと連絡は9年の間取れていないし、私がその約束のことを思い出したのはつい最近のことで、それも私がたまたま小学生の頃に書いていた日記を見たからだ。私から約束したのに、これを見るまですっかり忘れていた。天太くんは覚えてないかもしれない。天太くんは忘れっぽいところがあったし……。これが大きな問題。


 天太くんに来てほしい。仮に天太くんが来なくても私は天太くんを嫌いになんかならない。忘れてしまってもおかしくない。私だって会うこと、忘れていたから……。でも、待つよ。


 そもそも天太くんが来てくれたところで天太くんに気付けるかな? 楽しみだけど、恥ずかしくもあるし、他にもたくさんの気持ちがある……複雑な気持ちだ。会えるはずないか。じゃあ、なんで、こんなにも待ち遠しいのだろう――それは会いたいからだ。私は会える、そう信じてる。







 約束の日の5時30分。約束の時間は確か6時だったので、まだ30分もあるけれど私は待ちきれなくて、天太くんから9年前に届いた手紙を一度強く握ってカバンに入れて家を出た。私は公園に向かう。


「今日も楽しかったなー。いいキックだったよ!」


「また、今度サッカーしようぜ!」


 私が公園に行く途中、サッカーの話をしていた子どもたちとすれ違った。天太くんと会った時あれぐらいの年齢だったな。


 私は時間があったので近くの神社に寄ることにした。寄った神社は歴史ある神社で新年には多くの参拝者が来る。でもそういう行事ごとがないひは、いつもしずかだ。今日ももちろん静かで私以外いなかった。何十段もある階段を上り一息つくと、深く一礼をして境内へ入った。奥に入った。奥に入り鐘を鳴らしてお賽銭箱のお賽銭を入れた。お賽銭は25円入れた。25円は二重にご縁がたまるとか聞いたことがあるので、そうした。


そして、2拝2拍をして願い事を心の中で唱えた。――私は天太くんと会いたい。たとえ会えないのならどこかで幸せに暮らせてますように、暮らせますように――そう願い終えると、もう一度、深々と頭を下げた。







 私は約束の10分前の5時50分に公園に着いた。天太くんの姿はなかった。やっぱりそうだよね。そうだよね。私はベンチに座った。段々と街も夜に近づいていく。少し寒いな。天太くん、来てくれるのかな……。


 にゃーにゃーという声が聞こえた。なんだろうと思ってあたりを見回してみると、ベンチの下に茶色の猫がいた。なんの猫種かもわからないけど(私に猫の知識はない)、猫は好きだから猫においでと優しく言って撫でると、猫を抱えて私の膝にのせた。にゃーにゃーと鳴いている。おとなしいな。私と同じような性格。ふふっ、かわいいな。


「ねー、私と天太くん会えると思う? もし会えたら、何って言えばいいのかな」


 私は猫ちゃんにそう話しかけるけど当然のように返事なんてない。


「私、天太くんに会って今があるんだ。天太くんが私の人生をくれたんだ」


 その猫は私の話に飽きてしまったのか(多分違う)、そっと私の膝から抜けて、他のところに行ってしまった。再び私一人になった。さっきからあまり時は進んでいなかった。







 時計は6時ちょうどを指した。やっぱり天太くんが現れることはなかった。天太くんが来ないことなんて分かっていたはずなのに……寂しい。私は空を見上げた。きれいな空だった。天太くんのよう。もう少しだけ、待ってみよう――うん。私は天太くんと会いたい、会ってありがとうと言いたい。君がこの世界にいてくれてほんとに良かったって……。


 でも――その夢はかなわないんだって私は自分自身に言い聞かせる。


 天太くんと会った日から今日で9年がたった。9年という日々は長くもあったし、短くもあった。天太くんといた日々は1年もなかったけど、一緒に過ごした日々は楽しかった。嬉しかった。初めて自分を大切にすることができた。今日会えなくてもずっとずっと待っているよ――。


「そうだ」


 私は天太くんが9年前に書いてくれた手紙を読むことにした。大きくなった私が――。

 

 おおきくなったひとかへ

 ひとか、げんき? ひとか、ちいさいころはあそんでくれてありがとう。ひとかのたのしんでるすがた、すきだよ。ひとかはしっぱいしたおれもどんなおれもたいせつにしてくれた。ひとかはきっとおおきくなってもやさしいんだろうな。ひとかはつよい。だからみんなをまもってあげてください。まだちいさいおれからのおねがいです。ひとかのこと、ずっとずっとわすれないよ。

 

「――天太くん」


 そう思ってくれてたんだ。私をそう――。小さな君は。大きくなった私が9年前のまだ小さな天太くんの思い受け取ったよ。

 






 時計が指す時間は6時15分を過ぎていた。もう、何なのか分からなくなってきた。そろそろ帰ろう――。でも、いつか会えるよね。


「お待たせ、瞳秋」


 えっ⁉ 何があったのか私には分からなかった。でも、私は名前を呼ばれた。振り返ると――そこには天太くんがいた。天太くん……?


「天太くん?」


 私の目の前にいる天太くんは9年前よりも大きくなっていた。でもそれが天太くんということは確かだった。天太くん! 私は立ち上がっていた。


「えっ……どうして?」


「落ち着けって、瞳秋」


 そう言われたっても落ち着くことなんてできるわけない。この状況で。天太くんがいるんだもん。


「悪い、15分遅れた」


 そんなのどうだっていい。でも、天太くんがいることが信じられない。天太くんと再会できたんだ。感じたことないこの感情。


「とにかく座ろう」


 天太くんがそう言ったので私は座る。なんだろう嬉しくて、嬉しくて、あれが自然と出てしまう。


「泣くなよ」


 泣かしたのは天太くんじゃん。天太くんが会いに来てくれたから。会うことができたから。ずっとずっと待っていたものと。


「天太くん……」


「まあ、お腹すいてるだろ? アンパンでも食べよう」


 そう言うと天太くんは持っていた紙袋から、アンパンを2つ取り出してそのうちの1つを私に渡した。私はそれを受け取る。


「いただきます」


「うん、どうぞ」


――あの時と同じ味。変わらない優しい味。懐かしい味。


「俺、今、金沢に住んでてさ……、だから遅くなっちゃった」


「えっ、か、か、金沢⁉  そんな遠くから?」


 思わず大きな声が出てしまう。金沢って石川県だよ。ここ、神奈川県。そんな遠く

から。私に会いに来てくれたんだ。 


「そうだ、これ描かいてきたんだ」


 私はさっき描きをえた天太くんの似顔絵を天太くんに渡す。なんか、似てた。


「描いてくれたの?」


「うん」


「ありがとう。大切にする。9年前よりうまいよ」


 天太くんはそう言って、そっと微笑んだ。そりゃそうだよ、9年前より上達したよ。


「そういえば、なんで、天太くんは約束覚えてたの?」


 思わずそんなことを聞いてみた。会えたんだから、そんな事いいのに……。


「そんな、俺が大切なことを忘れるわけないだろ。大切な人のこと……」


 天太くんは言い張るように言った。天太くんはこの日のこと待っててくれたんだ。この瞬間を――。


 天太くんと会えたことも嬉しいけど、天太くんが私をずっとずっと待っていてくれたことが同じくらい嬉しい。


「ありがとう」


「おい、瞳秋」


 天太くんは照れていた。私も照れていた。お互い。――だって、私が天太くんに抱きついたから。天太くん、天太くん。


「――ずっとずっと待っていてくれて、ありがとう」


 私は気持ちを込めてそう言った。


「これからも、どこにいても、ずっとずっと待っているよ」


 天太くんも抱き返してくれた。


 


                               お わ り



※本作は同人誌【五月雨】に掲載したものです(一部変更あり)。



      


 

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ずっとずっと待っているよ 友川創希 @20060629

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