第27話 「ふるやのいえ」の巻 (後編)

※明日も更新予定です。


***


「どれくらい買ってるのかって?」

「うん。このへんに煙草屋さんないよね?」

「そうそう、でも、煙草だけじゃなくて、あれもこれも、なにもかも、買い置きしてるけれど……まあ、なにかあっても、困らない程度には……」


 古谷はそう言ってから、「お披露目」そんな風に、少し自慢げに、和室の押し入れのふすまを、するすると開けてくれました。


「さすが……」


 押し入れの中には、バイクにつめる限界? そんな、カートン買いの、コンビニでは見かけないような、オシャレな細身の煙草が詰まった長方形の箱が、色々な物の横に、整然と積みあがっていました。ひょっとしたら、何度も何度も買い足しているのかもしれない。それほどの量で。


 古谷の煙草は、少しばかり、けむり臭いけれど、ちょっと煙草に対する認識が変わるような、そんな、かなりいい匂いがする「外国製の煙草」で、古谷の行きつけで、老夫婦が経営している、様々な品揃えを誇る、しかしながら、小さな煙草屋さんにも、他に、この煙草の購入者はいないらしく、買い取りを前提で、カートン数を指定して仕入れてもらい、入荷の連絡があると、引き取りに行っているそうです。


「寝煙草には気をつけてね……」

「喫煙は部屋を決めてるから大丈夫……」

「そう……あ、そういえば、元気そうでなにより!」

「いや、それ、わたしのセリフ。脳溢血って、少し早すぎない?」

「まあね……結構、自分でもびっくりしてた」


 わたしが脳溢血になったと伝え聞いた古谷は、そのとき、やはり買い置いている「香典袋」に現金を入れ、袱紗にセットして、社会人の必需品、「礼服」「パールのアクセサリー」「数珠」の三点セットを取り出し、一応、体が入るかどうか、滅多に着ることのない「礼服」を試し履き? していたそうです。


 礼儀正しいのか、失礼なのか、微妙なラインではありますが。(バイクに積んで出発し、桃山のところで、礼服に着替える予定だったそうです)


 そうこうしている内に、すっかり自分は食べ飽きたのか、今度は、ソフトクリーム職人と化した桃山が、職人にしては斜めったソフトクリームを持ってきたので、それを食べつつ、古谷から、「もう少し早ければ、少し行った(絶対遠い)ところにある神社の夏祭りがあったのに残念……」わたしたちは、そんな情報を聞き、「有名ではないが、なかなか由緒正しい神社である……」そんなことも聞き、ソフトクリームを食べ終わっても、桃山はお菓子を物色していましたが、古谷は興味がないので、お漬物とかスルメとか、いわゆる「酒の肴系」の物を食べ、わたしは、よりごのみをしつつ、やはりお菓子を食べていました。


 そして、その日は泊ってもかまわないと言われていたので、この際だからと、神社に行ってみることとなり、「これ登山じゃないよね?」そんなことを言う、弱腰のわたしを連れた古谷に、「あそこを曲がればすぐだから……」そんなウソを何回かつかれながらも、なんとか無事に参拝を済ませ、当然のことながら、また、同じ距離の坂道を下り、「古谷の家」に戻り、みんなで、コンビニで買って来たお弁当を食べていました。


「助かる……」

「だよね! 今日はお弁当買って来たから、あとは仕訳してゴミ捨てるだけ!」

「明日のパンも買って来たよ」

「ありがとう。足りなかったら、冷凍庫に入っている何か、好きな物を温めて、食べてくれていいよ……」


 あまり食に興味のない、しなくていい家事は、極力したくない。いや、おそらくすでに彼女は、他のことで、身も心も疲れ切って、食べ物を口にするだけで、精一杯な状態なので、こんな感じなのでしょう。(ただの面倒くさがりなのかもしれませんが)


 そんな訳で、古谷が暮らす「ふるやのもり」ならぬ「ふるやのいえ」には、もちろん「化け物」ではなく、数種類の「紙皿」や「紙の器」「紙コップ」数え切れないほどの「割りばし」が、常備されているのです。言い訳のように、古谷が言葉を足してはいましたけれど。


「お客様には、ちゃんとの食器をお出しします……」

「フランス製!? オシャレ!」

「モネがくれただけどね……」

「ああ、……そう言えば、モネになんて、出してもらったことない。ケチくさい女だから」

「…………」


 わたしは桃山を、「お客様」と思ったことはないので、自分の大切なお客様用の食器を、「お出しした」こともないし、古谷の家には、わたしが以前、欲しいと言われたので、喜んでプレゼントした、「なんとかかんとかのパン祭り」で手に入れたのステキな白い食器が、「お客様用」に完備されているのでした。(ふたりとも、お客様なんて、まあ来ないけれど)


 夜は、少し歩けば、ホタルが綺麗に光っていると言うので、しばらく外をブラブラして家に戻り、やはり煙草を吸っている古谷の横で、桃山は、冷凍庫で見つけた冷凍タコ焼きを、やはり好きなだけ暖め、差し出された紙皿に乗せて食べており、わたしは、またソフトクリームを食べていました。


 そう、ここでも桃山は、お客様ではなかったのです。


 桃山が、お薦めだと言う動画チャンネルの映像が、やがてテレビ画面に映し出されました。


 それは、「入れ替わり立ち替わりに集まって素敵なカップルを作りましょう」的な番組で、タコ焼きの乗った紙皿を前に、そして古谷が出してくれた、頂き物のワインを紙コップに入れて、左手で飲みながら、爪楊枝が見当たらなかったのか、割り箸を右手に行儀悪く、そして熱心に番組を見ていた桃山は、「ベテランの経験者」そんな口ぶりで、「ソレは止めといた方がいい。端々に面倒くささが見え隠れ……わたしなら秒で断りますね。さて、次の新人はどうかな?」なんて言いながら、まだまだ熱心に番組を見ていました。ごくたまに、誰かとカップルになっても、うまくいった試しもないくせに……いつも、秒で別れるくせに。


 そして、人様の恋バナには、あまり興味のない、わたしと、恋バナにはできうる限り、関わりたくもない古谷は、「カラヴァッジオの展覧会、また日本に来ないかな……?」「フェルメールも来ないかな?」「ミュシャは行ってきた……?」なんて会話や、「駅前で酔っぱらいのサラリーマンが、もめ倒したあげくに、靴を投げ合う泥仕合をしていた……」「なにが原因なんだろう、見たかった――!」

 

 そんな風な話を、ダラダラしていたので、ほぼ、動画を見ていなくて、番組に食いついて騒いでいる桃山には、「よくわかんない」「そうかもね……」そんな風に、てきとうな相槌を打っていたのでした。


 桃山が、いつかどこかで、「お客様」になれる日は来るのか、真実の愛で結ばれた、そんなカップルの「当事者」になれる日は来るのか、それは、誰にも分からないのでした……。「わたしは、、お姫さま抱っこされたいの!」そんなことを言いながら、物の試しに、とかなんとか言って、わたしを、「お姫さま抱っこする力」は、確実に保有していますが。


 でもって、恋バナの「当事者」に、すぐにでもなれそうなのは、見た感じの印象で言えば、古谷なのでしたが、言えば、ひどく嫌な顔をするだろうから言わないのです。パーソナルスペースという言葉があるけれど、わたしたちは、お互いに、お互いのがあり、「いざ、鎌倉!」それくらいに、なにかない限りは、踏み込むことはしないのでした。


 どこかの名言ではないけれど、古谷は、「苦しいこと、言いたいこと、不満や腹の立つことに、泣きごとも言わず……」ひとり生きているのです。 雨どいの修理に、助けは呼んだけれど。


 現代の日本のどこかにある「ふるやのいえ」には、「化け物」はおらず、詰まった雨どいに困っていた、ヘビースモーカーで、少し堅苦しく、一見、風変わりで、実は誰よりも優しく繊細で、美しい人がいるのでした。使わないフランス製の食器と一緒に。


***


□オマケ、帰り道ふたり旅(もはや、駅までの道が旅状態)


「桃山……駅までおんぶして……もう歩けない。昔は良く担いでくれたじゃない……おんぶして、元気に、石段を駆け上がっていたじゃない……」

「いい大人が情けない……わたしだって、あんたほどじゃないけど、確実に体力は落ちてるんだからね? それに……背負ってもいいけど、その場合、当然、あんたも残り半分の距離は、わたしを背負う前提だよ? 先に担いで上げてもいいけどさ。ついでに、わたしも懐かしい言葉を言ってやる……! わたしを担いで落としでもしたら、わたしもあとで、モネを担ぎ上げてから……叩き落としてやるよ」「それ、連帯責任じゃないし……ちぇっ……」


 帰り道の長さにぐずるわたしの限界が、ことを、素早く見抜いた桃山は、もちろん担いでくれませんでした。

 間合いは、ここにも存在したのです。あとで考えれば、古谷に連絡を取って、桃山と別行動でバイクに乗せてもらえば、それはそれで、済んだお話だったのですが。


 色々な意見はあろうかと思いますが、「稽古終わるまで水飲むなってさ!」「ええっ!? いまどき!? そんな……それ、弥生時代の話では!?」←心の声が、だだ漏れている。


 そんな、「近代と、いにしえの掟が混ざった青春時代」を送った、わたしたちは、「根性出せよ! 根性!」「はいはい、根性、根性……今更だけど、もっとオシャレな青春したかったねー」そんな、ありがたい念仏を? グチの間に唱え言ながら? 照り照りの日差しの下、坂道を今度は下りつつ、「半分凍った水が飲めるだけ幸せ……」「そうさ、そうだよ、冷たくておいしい! も一本飲んじゃおうか!」「贅沢三昧!」そんなこんなで、お互いに、自分をだましながら、無事に炎天下を歩き切ったのでした。


 照り照りの太陽が、なぜ出ていたかと言えば、寝過ごしたのでございます。自業自得でした。


【 お終い 】


***


※お客様用の食器の例 in モネハウス(こちらも、お客様なんて来ないので、結局、なにか祝いたいときに、自分で使っています。笑)


https://kakuyomu.jp/users/momeaigase/news/16818093082966490018 


※親戚に頂いた国産の高級皿と、同じく頂いた高そうな葡萄。

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