第26話 「ふるやのいえ」の巻 (中編)

 延々と坂道を歩いて、ようやく、ポツンとたたずむ「古谷の家」にたどりつくと、彼女はくわえ煙草のまま、家の塀の中(隙間?)に生えている名も知らぬ植木に、無理矢理な姿勢をとって、窓から水をやっていました。昔風の「古谷の家」は、やはり無理矢理な車庫があるせいか、家屋自体は大きいが、庭は「庭」と呼ぶのが、少しおこがましい程に狭いのです。


「遠いのにありがとう!」

「いやいや、ほんとに、かけ値なしに遠いね――」

「冷たいお茶を……一杯でいいので、先にお恵みを……」


 一瞬休憩を取ったのち、『とにかく、の昼になる前に、さっさと終わらせてしまおう!』


 そんな当初の予定通り、顔やら腕やらに、日焼け止めを塗りたくった3人は、詰まった雨どいを、2階のベランダから恐る々々、そして、代わる代わる覗き込み、「葉っぱと土が詰まっているような?」「棒! なんか硬くて細い棒ある? 突っついてみよう!」「計画は立ててある。葉っぱを取って、土をとにかく柔らかくしてから……」そんな言葉を交わし、たまっている葉っぱを、掃除用の巨大なトングのようなもので、つまみ出し、雨どい一杯につまった土に、ゆっくり水を流し、その水を、あふれさせながらも、とにかく土を湿らせ、古谷がネットで購入したという、「パイプ掃除ナントカ」そんなよくわからない手動の機械で、中につまった土を、ある程度攻撃して細い穴を開け、バケツリレーを行い、ものすごい勢いで何度も水を流し、時間はかかったものの、なんとか午前中に、きれいに雨どいの掃除は無事終了していました。


 詰まった原因は、古谷がベランダで育てていた「家庭菜園のプランター」から少しずつもれて、雨どいの中に堆積していた土のようでした。


「下で育てればいいのに!」


 汗をかいたので、シャワーを順番に浴びてから、広々とした和室で転がり、南国の鳥色頭をした桃山は、「当然なことを説教してやったよ!」そんな顔で、言い放ってから起き上がり、よく冷えたお茶を飲み、お菓子を物色していましたが、古谷は古谷で、お茶を飲みながら、また、細身の少し変わった煙草をくゆらせつつ、「玄関前にプランターを並べて、家の前の道がもっと狭くなったら、前を通る車がどうなると思う?」そう反論し、わたしは、「朝も思ったけど、お茶おいしいけれど、頭が痛くなるほど冷たい。冷蔵庫の温度設定、絶対おかしいよ? あとで確認しよ?」そんなことを言いながら、頭の中で、広々とした側溝に、転げ落ちまくる車を想像していると、桃山が再び口を開いていました。


「ねえ、お菓子、随分一杯あるね? 古谷、お菓子そんなに食べないのになんで? あ、そうそう、ソフトクリーム食べてもいい?」

「いいよ、勝手に作って、好きなだけ食べて。冷凍庫にソフトクリームのが入ってるから。説明書は冷蔵庫の横――あ、お菓子ね……うん、それには訳がある」

「訳とは……?」

「ソフトクリームのってなに? どっちの冷凍庫かな――?」


 桃山は、「訳よりもソフトクリーム!」そんな様子で、わたしと古谷を残し、和室から姿を消していました。


 テーブルの上には、「昔ながらの……」そんなお菓子が袋ごと山積みにしてあって、「好きなだけ食べていいし、持って帰ってもいい」そう言われ、素直に喜んでいましたが、よくよく考えると、古谷はスナック菓子を、自分で買ってまで食べる人間ではないのです。おかしいといえば、おかしい。今日のために用意したにしても、妙に量が多すぎる。


『なにかしら深くて聞いてはならぬ、聞かなければよかった理由があるのかもしれない』


 季節が夏ということもあり、不気味な怪談話でも始まるのかと思える展開でした。

 しかしながら、聞けばなんてことのない、そんな話が、お菓子と一緒に転がっていただけでした。おもしろい話なんで、一般人には、そうそう簡単に手に入る物ではないのです。


 その理由といえば、彼女はいまどき珍しい?(わたしは、非喫煙者なので、あまりよく分からない)「紙煙草」を、かたくなに吸っている、世間的には、「ヘビースモーカー」であり、いきつけのオマケをくれる煙草屋さんで、いつも煙草を一度に10カートン以上も購入するとき、普段はラップやアルミホイルをもらうのに、その日に限ってオマケの在庫が、「お菓子だけ」だった。それだけの理由でした。


『どんだけ買い込んでいるんだろう?』


 山積みのお菓子をながめながら、わたしは、「煙草、どれくらいため込んでるの?」なんとなく興味半分で、そう聞いていました。このあたりに店は一軒もなく、それどころか民家も隣というには、かなり遠い隣……。


 ゆえに煙草の煙が、どうのこうの……そんなことを言われなくて済むので、古谷は、ここが気に入っているのかもしれないのですが。


 その証拠に、彼女は街中では、煙草を吸う機会が、めっきり減ったと言っているし、嫌いな人に迷惑をかける気はないので、必然的に、喫煙率は下がる一方でありながら、「電子煙草を吸うくらいなら我慢する」というポリシー? も持っているので、「消臭スプレーと歯ブラシをカバンに入れて出勤している」彼女は、そう言っているのです。

 肩見せまくはあるが、チャンスがあれば、隙を狙って喫煙しているらしいのでした。


 彼女の健康的には、どうなんだろうとは思いますが、わたし自身は、幼い頃から現在にいたるまで、公私共に、かなり多く煙草をたしなむ人に囲まれており、別に目の前で吸われても気にならないし、そんなこんなで受動喫煙も、「今更、言っても始まらない」そのくらい十分に経験しているので、気にしないスタンスであり、ソフトクリームの機械に貼りついている桃山も、「受動喫煙? 人間、寿命なんてわかんないしね! 灰左様なら! 十返舎一九 !」そういう感じの、実に大雑把な人間なので、古谷は、お菓子には手を出さず、時々、冷えたお茶を飲みながら、気楽に煙草を吸っていました。


 きっと彼女は、食費を削ってでも、なにかしらの大病になっても、最後まで喫煙を止めないんだろうと思います。


 古谷は古谷なりに、かなりのの持ち主であり、煙草の煙が、それをまさに彼女を動かしているのです。わたしも桃山も、それを知っているがゆえに、「やめた方がいいんじゃない?」なんて言ったことはないのでした。


 しかしながら、本当のところは、ただのニコチン中毒かも知れず、真相は、すべて「藪の中」ならぬ、「ふるやのいえ」の中で、真実は、古谷だけが深く抱え込み、煙だけを外に出しているのでした。


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