第23話 青空とプリン・アラモードの巻

※今回のお話は、とある作家さまのエッセイに涙して、その影響で思わず書いておりますが、残念ながら、わたし自身のエッセイが、うっすらとセンシティブなので、ご紹介はさせて頂いておりません。(頑張って掘り当てて下さいませ……)

あと、当然ながら、名前は仮名です。


***


 わたしの父方の祖父は、『貝』のように無口な人でありました。そして、終戦までは、軍人の家系(特に偉くはない)であったせいか、祖父は無自覚に、子どもに限らず、親族一同、孫に至るまで、厳しい姿勢を崩さぬ人であったので、皆に等しく、陰では煙たがられていたのです。(これでもマイルドな表現)


 しかしながら、あまりに男子しか生まれぬ家系ゆえか、数多い孫の中でも、飛び抜けて不出来であったのを、不憫に思っていたせいか、ほぼ『謎の珍獣』そんな扱いながらも、なにかの手違いのように、相ヶ瀬家に生まれた女児のわたしには、なんとなく柔らかい物腰で接してくれていたので、誰かしら、なにかの用事があるときは、わたしを誘い出して? 弾よけ? にして祖父を訪ね、祖父は話を聞いてから、不承不承、最低限の言葉を発す。そんな人でございました。


 ある日、わたしは学校の宿題で「身内の人に戦争や戦後にまつわる話を聞いて来なさい」そう言われて、困ったことになったなあと、頭を抱えていました。(ちょっと学年的に、難易度が高かった気もします)


 いまにして思えば、過去の職業ゆえか、なにかしらとんでもない事件があったのか、そのたぐいの話は、なんとなくと言うのが、親戚中の暗黙の了解であったし、元々、末っ子であった父は、なにも祖父に聞いたことがなかったし、母方の祖父母は、ひとりでは行けないほど、遠くに住んでいたので、すぐに宿題は行き詰まったのです。(電話があったのに、それは思いつかなかった)


 前に、遠い親戚の近所に住んでいたおじいさんから聞いたことのある、シベリアで凍った味噌汁をかち割りながら、行軍していた話で誤魔化す? でも、身内ではないし……。


 変に真面目だったわたしは、行動力のあるアホの子でもあったので、いきなり自転車と電車を乗り継いで、祖父、相ヶ瀬信太郎を訪ね「かくかくしかじかで、でなければならない宿題が出た……」そんなことを、ノートと鉛筆と下敷きの入った手提げカバンを持って、困った顔で相談していた。


「身内……宿題……」


 生真面目な祖父は、自分のせいで、学校に宿題が提出できぬとあっては、孫娘の一大事である。そう思ったのかもしれない。しかし、自分のことを話すというのも、思うところがあったのだろう。


「…………」


 少しの間、考えていた祖父は、自分ではなく、も身内であると判断し、わたしに自分の幼少期と「」に行った相ヶ瀬与一郎、つまり、わたしから見ての話をしていた。(内容は酷すぎる上に、濃すぎるので割愛)


 宿題には、挿し絵もつけるようにということであったので、当時のわたしは祖父の話を聞きながら、想像上の「203高地」の絵を鉛筆で画き添えて、無事に宿題を提出し、やれやれと一息ついていたが、当然のことながら、想定されていた宿題の対象は、「第二次世界大戦」であったので、先生は微妙な思いをしていたはずだが、そんな大人の事情など、汲み取れた試しのない少女だったわたしは、先生に、話を聞きに行ったときに、祖父に教えてもらった、「〇〇ホテルのプリン・アラモードは、戦前からこの辺りでは、一番おいしいそうですよ」などと、とっておきの耳寄り情報も伝え、いつかは食べてみたいものだと思いながら帰宅すると、祖父から連絡を受けた母が、着せる服がない! そんなことを言って慌てていた。


 数時間後、わたしは、見分不相応にも関わらず、何故か習いに通っていたピアノ教室の、去年の発表会で着たはいいが、育ち盛りであるために、少し小さくなった、手持ちでは一番上等のワンピースを無理矢理着て、ご機嫌で祖父の向かいに座り、〇〇ホテルのプリン・アラモードを食べていた。


 元の職業を知るだけで、祖父を悪し様に言う他人もいたと聞くけれど、きっと祖父と、プリン・アラモードを食べに行ったであろう祖母は、わたしが生まれた時には、すでに亡く、いまではもう空の上にいる『貝』のようであった故・祖父が、本当は、内心では、どんな人生を歩みたかったのか、そして、どんな思いを抱えて、戦後の人生を送らざる得なかったのか、なんの記録もなく、知る人は誰もいない。


 唯一、聞けた機会があったであろう人間は、わずかな時間を共有した、まだ、幼い子供であったわたしだったのだが……それに気づいた時には、もう、青空の向こうにいる祖父を、懐かしく思いながら、ボンヤリ仰ぎ見ることしかできずにいる。


 祖父も、あのときのプリン・アラモードも、もう永遠に存在しない……。


 2024年8月


 追記:次はいつもの調子で行こうと思います。



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