第14話 天変地異

「続きを話すね。」

「ワープ技術を手に入れた研究者達は真っ先に、人類の全ての技術をかけてこちらの世界─天界の調査を始めた。人類が住むことのできる環境なのか、そもそもこの世界はどこに存在しているのか、私たちの存在や生態はどうなっているのか。手当たり次第、ほんの些細な事までも深くを知ろうとした。多少強引なやり方もあったけどね。」

「次第に研究はどんどん進んで、人間がこちらの世界に来るのはとある条件があって、ほぼ不可能だったけど、私達は地界に行くことは可能だとわかったの。それから私たち天使と人類は交流を持つようになった。こっちの神様の意向で私たちが元人間であるという事実は隠しつつ、対談を重ねていった…。」

 地球かも分からない、ほぼ異世界のような場所に住む、知的生命体。そりゃあ、地球上の研究者達がこぞって謎を解明したくもなるだろう。

 少し間を空けてリアは口を開く。

「でもね、それが、間違いだったんだ。…ねぇ、元々は地球に存在していない私たち天使。そんな存在が地界に干渉したら…どうなると思う?」

「…何も起こらないんじゃないのか?」

「残念、ハズレだよ。……あの、さ、さっきも言葉にしたかもしれないけど、バタフライエフェクトって知ってる?」

「たしか、蝶のはばたきひとつでどこか遠くの地域で大雨が降る…的な感じのやつだよな?」

 あんまり詳しくは覚えてないが、確かこんな感じだった気がする。

「そう。まあ、簡単に言えば、【何か小さな出来事1つが多大な影響を与える】ってことだよ。普通、こんなこと起こるなんて考えもしない。蝶々が宙に浮くために羽を一振して、それが雨に繋がるなんてさ。」

 突然話を止めてリアは俯いた。そして、「でもね。」と付け加えながら顔を上げる。その目には涙が浮かんでいた。

「…それは本当だったみたいだよ。それも、とてもとても大きな規模で。」

「まさか。」

「…私たちが世界を行ったり来たりする。それだけで世界の均衡は崩れ始めた。 本当に少しづつだったから。私たちや地界の人々が何かおかしいと気づき始めた頃には、もう、手遅れだった。」

 苦虫を噛み潰したような顔をして彼女は続ける。

「覆水盆に返らず。どんなに人々が手を尽くしても、もう誰にも止められない状況になって。そうして地球は、地界は。終わりを待つだけの惑星になってしまった。どこの地域でも未曾有の大災害が起きて、人がどんどん死んでいった。」

「温暖化による異常気象、北極や南極の氷の溶解による海水面の上昇、未知の病原体による感染症。奇跡のような確率で存在している星が、美しい緑に溢れた青い星が、壊れていく。それを私たちはただ見ることしか出来なかった。」

「でも、能力は?さっき俺を治してくれたみたいにさ、助けることくらい─」

 リアはゆっくりと首を横に振った。

「無理なの。私たちが能力を使えるのは、天界の空気に含まれている、ベーテと呼ばれる物質のおかげ。地界に、ベーテは存在しない。私たちは天界でしか能力を使えない。それに、たとえ地界にベーテそのものを持ち込めたとしてもすぐに空中で分散して消えてしまう。むしろ、地球の残された寿命を削るだけ。」

「今の地球は、地震や津波、海水面の上昇で建造物がめちゃくちゃになったあと、世界中で大規模な干ばつが起きたせいで元々地上だったところはほとんど干からびてる。砂漠化とまではいわないけど、異常気象の影響でほとんどの生き物は生きることが出来ない。そんなレベル。」

「これが、今の地球に、地界になるまでの経緯だよ。一気に話しちゃってごめん、混乱するよね…?」

 溜息をつきながら伸びをしてリアは謝った。

「今日は、これくらいにしておこうか。私も…話しすぎて少し疲れちゃった。明日、ラディアータに取らせてるメモをコピーしてあげるよ。流石に内容が濃すぎるからね。」

「ありがとう。助かるよ。」

 そうお礼を言うと、得意げにリアは言った。

「ほら、私って有能だから!もっと褒めてくれてもいいんだよ??」

「調子に乗らないの。」

 ハイルがすかさずツッコミを入れる。その様子はまるで幼なじみのようなやり取りだった。

 いったい、皆は何年生きているんだろう。

 そう思うと少し、怖くなった。皆は天使だから。人間の頃と同じように歳をとるとは限らない。

「じゃあ、また明日!ゆっくり休んでね。おやすみなさい。」

 そう俺に声をかけてリアを始め、全員が病室を出ていった。

 ひとりきりの病室で、今話されたことをゆっくりと受け止める。

 ポロポロと涙が溢れだした。

 。その事実がどうしようもなく重くのしかかる。

 月明かりが照らす病室に、自身の嗚咽だけが響いていた。

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天界より、荒廃した地界へ向けて─。 涼雨 レモン @remon_0412

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