死神少女カルマちゃん

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死神少女カルマちゃん

 人は死ぬとどうなるのだろう?


 罪人は地獄に落ちる? 善人は天国?


 人も死ねば、動物達と変わらず動かなくなり、冷たくなって固くなる。人を動かす魂があるとするなら、その魂が抜けて動かなくなるのは、動物も人も同じだ。


 それじゃあ、死んだらどうなるのだろう?


 恐らく、目の前であり得ない光景を目にしているこの青年もまた、昔はそういう事を考えていたでしょう。そういう事を思い浮かべてしまうくらいの事が、今目の前で起きていた。


「…………えっと、俺どうなったんだ?」


「死にました」


「えっ?」


「だぁからぁ!! てめぇはおっちんだんだよ!」


「ポギは黙ってて」


「へいへい!」


 ごく普通の青年の前に、黒を基調とした短いショートパンツと、控え目な装飾の付いた、まるでロックミュージシャンが着ているような服装をした少女が立ち、その横には真っ黒なリンゴが大きな口を開け、牙を剥き出しに叫んでいる。

 髪は首下までの短めだが、艶のある黒髪で、切れ長の目にある瞳はとても綺麗だが、感情が読み取れない。歳は、見た感じは10代前半に見える、少女と言っても過言ではな


 そんな人物達が、青年の前に現れ、そう言ってきたのだ。


 普通の人なら、気でもおかしくなった、関わってはいけない人かと思うだろうが、今の青年は彼女の言葉を信じられた。


 何故ならーー


「あ~もしかて……俺、これに巻き込まれたのか?」


 青年の後ろには、ぐちゃぐちゃになった車が数台あった。

 事故でも起きたのか、その凄惨な現場に、誰もが目を覆いたくなってしまう程だった。


 そんな青年の言葉に、目の前の少々は黙って頷く。


「ギャハハハハ!! 残念だったなぁ! てめぇは不幸な事故で死んじまったんだ!」


「あっちゃぁ……マジかぁ」


 少女が口を開くよりも早く、少女の横に浮く黒いリンゴが饒舌に喋ってくる。


「他にも何人か死んじまったが、俺達が担当になったのはお前だけだ! さぁ、選ーーぺい!?!?」


「ポギ。私、喋れない」


 ペラペラと喋りまくる黒いリンゴに向かって、少女が手を伸ばして掴んだと思ったら、そのまま握り潰してしまった。

 だがその後に、潰れた飛び散ったナニかが再び集まりだし、また黒いリンゴの姿になった。


「ぺっ、ぺっ! いきなり潰すんじゃねぇよ! わぁったよ! カルマちゃん!」


「カルマ?」


「私の名前。それだけ。あなたは、林田満はやしだみつる。28歳、享年だね」


「おいおい。地味に凹むんだが……ってか、マジで死んだのかよぉ……」


 それを聞き、その場で青年は踞ってしまった。しかし、少女は淡々と続ける。


 それが彼女の仕事なのだろう。


「私は、死神。あなたに会ったのは、選んで貰うため。このまま冥界に行くか、私にーー食べられるか」


 死神少女、カルマの。


 ーー ーー ーー


「え、選べと言われても、意味が分からない。俺、このまま天国に行くんじゃないのか?」


 死神少女から選べと言われた青年は、当然のようにそう返した。

 例え死んでも、こうやって意識があるのは新発見で、つまり魂と言うものが存在していたことになる。そうなると、生まれ変わる、転生と言うものも存在しているのでは? と彼の頭に過る。


「普通の人なら。だけど、あなたは過去に罪を犯した。それを精算しなければ、天国にはいけない」


「罪? お、俺……何かしたのか?」


「……覚えていない? 記憶喪失ではないでしょう?」


「そうだけど……悪い、全く身に覚えがねぇよ。人違いじゃないのか?」


 しかし、青年のその問いかけに、少女はフルフルと首を横に振る。そうなると、間違いなく過去に罪を犯したことになるが、青年にはやはり、何も身に覚えがないようだ。


「チッ! こういうのタチ悪ぃんだよなぁ!! おい、カルマちゃん~! ちょっとこいつの頭齧って、中身見させろや! そうすりゃ分かるぜ!」


 そんな彼の様子に苛立ったのか、黒いリンゴのポギと呼ばれた物が、だいぶ物騒な事を言い出した。


 というより、こいつは何なのだろうか? という疑問も沸き立つ。


「それはダメ。下手をしたら、魂が傷付いて、そのまま消滅してしまう。思い出して貰わないと」


「まぁ、だよなぁ!!」


 流石にこのまま聞かないのも気持ち悪いようで、青年は思い切って聞いてみた。


「な、なぁ。その物騒な喋る黒いリンゴは何だ?」


「リンゴだぁ!? おいおい! 俺様は爆弾だぁ! 救いようのない罪人は、ボッカーンだ!! ギャハハハハ!!」


 良く見ると、リンゴのヘタだと思っていた所が導火線になっていた。


「ポギは、相棒。私で処理出来ない人は、その存在ごと木っ端微塵にする」


「いぃ……マジかよ。より物騒じゃねぇか」


「大丈夫。君が罪を認め、ちゃんと贖罪をすれば、私達は冥界へそれを報告し、君を冥界へと送る。その後は冥界の主、私達の雇い主様が、より良い境遇にするように処理してくれる」


「そ、そっか。それじゃ、何とか思い出さないとか」


 ウンザリするような状況だが、まだ絶望するような状況ではなかった。だから青年は、何とか自分の罪を思い出そうと、そう決意した。弁明出来るものなら、しっかりと弁明しておかないと、下手をしたらこの魂ごと爆散されてしまう。それだけは、勘弁だった。


 すると、死神少女が突然歩き出し、何処かに行こうとし始める。


「おいおい。何処に行くんだ?」


「何処? 次の罪人の所。とりあえず君は、後回し」


 このまま死んだ場所で、自分の罪を思い出そうとしても埒が明かない。それなら、自分の罪を知っていそうな、この少女に着いて行く方が良いのだが、黒いリンゴの爆弾がついつい目に入ってしまう。


「あぁ?! 着いて来るなら着いて来ても良いが、俺の気が変われば、即ボッカーンだーーぺい!!」


 黒いリンゴは、また少女に握り潰された。


「大丈夫。私の判断でしか、ポギは爆発出来ない。着いて来るなら好きにして」


「ぺっ、ぺっ! ひっどいなぁ、カルマちゃ~ん!」


 また元の姿に戻った黒いリンゴは、舌をベロベロと出して汁みたいなものを吐き出している。爆弾なら、何で爆発しないんだ……と、青年はマジマジと見ていた。


 本当にただのリンゴのように見える。


 ーー ーー ーー


 その後、青年は死神少女に着いて行く事にし、ある病院へと辿り着いた。


 カルマからしたら、着いて来る分には全く問題はなかった。またいちいちこの青年を探さないといけないが、それが省かれる。それなら着いて来て欲しいが、こちらの仕事ぶりを見て逃げられても困る。そのまま雲隠れされたら更に面倒だからだ。


「ポギ。見張っといてね」


「わぁってるよ。ケケ」


 青年に聞こえないよう、ポギにそう呟くと、カルマは病院へと入って行く。


 相棒としてはとても優秀なのだが、口が悪いのが玉に瑕。そのせいで、罪人の魂に逃げられたりもするからだ。


 カツカツと病院の廊下を歩きながら、2階3階へと上がる。昨日危篤になり、今日もしかしたら、明日の朝日を拝めない者が居る。


 当然その人もまた、罪人だ。


 ある病室へと辿り着いたカルマは、そのまま扉を開けずにすり抜けるようにして中に入る。


「うぉぉ、マジかよ」


 その後ろから、青年の驚く声が聞こえる。


「……私も、死者と同じような存在。こんな事は当たり前だし、あなただってそう」


 そう言われ、青年も恐る恐る扉をすり抜けた。同時に、またガックリと項垂れている。

 まだまだ、自分が死んだということが受け入れられないようだ。


 眩しい程の夕日が照りつける部屋で、痩せ細った男性がベッドに寝かされ、酸素チューブが鼻に取り付けられていた。

 肩で息をしているようで、肌の色もあまり良くはない。確かにこれは、だいぶ死が近そうに見える。


「…………夜、かな」


「と言っても、だいたい朝方だよなぁ」


 2人がそう言う中で、青年はポツリと呟くようにして言ってくる。


「この人、どんな罪を?」


「……殺人」


「えっ?」


「でも、証拠不十分で不起訴になっている」


 そんな事件なら、青年もニュースとして見ていたかもしれない。だから、続いて聞いて来るのも当然だった。


「いったい、誰を? どんな事件だったんだ?」


「山中に、当時不倫していた女性を殺害して埋めてる」


「……」


「金持ちに言い寄る女の定番だなぁ! バラされたくなかったらもっと金を寄越せ! ってのも定番中の定番だわなぁ。そんなの小説の中にしかないだろう! って思うだろうが、残念あるんだわぁ!!」


 そういう事でニュースになる人物は、ちょくちょく存在はしていた。だいたい犯人は逮捕されているのだが、中には未解決になっているのもある。その内の一つなのだろう。


 周りに居る親族も、皆悲しそうな顔をしながら、見送る準備をしていた。その誰もが、彼の罪を知らないということになるが、それはそれで良心が痛まないか疑問になる。


 青年はただ、死神少女の後ろでそれを見ていた。彼女もまた、青年の方に意識を向けながらも、正面の死にそうな男性を見ていた。


 そしてその夜、それは突然やって来た。


「あっ」


 日付が変わった頃だろうか、突然ベッドで寝ている男性から、白いモヤの様な物が出て来て、それが人の形になったのだ。

 恐らく、自分もこうやって出てきたのかと思ったのか、青年は何とも言えない表情をしている。


 つまり、目の前の危篤になっていた男性は、たった今死んだのだ。

 そのままの姿で魂となって出て来た所で、カルマはポギに指示を出す。


「ポギ、この場に固定」


「あいあい! この青年と違って、自由にはさせないってか?!」


「逃げそうだから」


 その人次第で、対応も違ってくる。

 亡くなった直後に暴れる魂もあれば、呆然として漂う魂もある。それを瞬時に見極め、対応するのも死神少女の仕事だ。


 カルマに言われ、ポギはその姿を変えていき、細い枝の様な体をした化け物みたいな姿へと変貌する。ただ、顔はあの黒いリンゴのままだった。


「ひ、ひぃっ!! な、なんだ!?」


 当然、そのあまりの出来事に、たった今死んだ男性魂は驚き、その場から逃げようとしていた。

 逆効果では? と青年は思ったが、ポギは難なく男性の魂をひっつかみ、カパァッと口を開ける。


「うわぁぁぁぁああ!!!! なん……何だ、この化け物!! 私はどうなったんだ!!」


「あなたは、たった今死にました。御逝去お疲れ様です」


「ひっ! そ、そうか……で、何だこれは!?」


 男性は、自分がもう死ぬことを悟っていたのか、割りとあっさりと受け入れるが、この状況は当然受け入れられるものでは無い。


「あなたは罪人。贖罪するなら冥界に。そうでなければーー」


「このまま食べられるってぇ訳だぁ!! って言うかカルマちゃぁん。もう食べて良いか!? 俺様、こういう奴の魂は大好物よぉ!! 濁ってて腐ってて、芳香な臭いがするぜぇぇ!! たまんねぇ!!」


「ひぃぃぃぃいいいい!!!! 何でそんな横暴なんだ!!」


「だって、あなたはそれだけの罪人。何をするか分からない。だから、早めにそうした」


 カルマはそう言いながら、ポギに掴まれた男性の魂に向かって、何処からか出現した身の丈を越える鎌を手にし、そのまま男性に突き付けた。


「さぁ、選んで。罪を認め、悔い改めたいと願えば、ポギには食べられず、冥界に行ける。そこで公平な裁きを受けられる」


「つ、罪……? 私が、いったい何を……」


「殺人。不倫相手。これだけで分かるでしょう?」


 カルマがそう言うと、男性は思い出したかのように目を見開き、ガタガタと震え始める。


「あ、あれは……あれはーー」


 既に死神少女による選定は始まっている。迂闊な事を喋ってしまえば、呆気なく食べられてしまう。


 それはたった一言しか、許されない。


「あれは私が悪いんじゃない!! 彼女が金目当てに近付いて来て、私の財産を狙ーーっ!!!!」


「だからって殺して良い訳ねぇだろうがぁ!! ヒャッハー!! いっただきまぁあす!!!!」


「ひっ!! 止め……うわぁぁぁぁああああ!!!!」


 男性は、化け物になったポギに頭から食べられてしまった。


「うっ……」


 上半身をパクリと食べた後、汚い音を立てながら咀嚼、そして残りをポイっと口の中に放り込んでゴクンと飲み込んでいる。

 自分も下手をしたら、こんな扱いを受けるのかと思うと、着いて来ていた青年はそれに後悔し、吐き気をもよおしていた。


 カルマからしたら説明が省けて楽だが、これで逃げられたら面倒くさかったなかと、今頃気が付いた。


「大丈夫。ちゃんと贖罪すれば、冥界に行って正当な裁きを受けるだけだから。これは、冥界条例3条にも記載されているから。私は守らないといけない。でも、贖罪しない極悪人は、担当死神が裁けるようになってる」


「さっきの奴は、それで……ってか、弁明は一言だけかよ」


「ったりめぇだろう!! タラタラ言い訳なんかされたら、権利だ何だとやかましくなるだけだ! そんなもん、その国の中で生きている時だけで、おっちんだらこっちの条例が適応されるんだよ! って説明してやっても納得しない奴等ばっかだから、弁明は一言だけなんだよ!!」


 元の姿に戻ったポギは、青年に向かってそう叫ぶ。この理由も、いったい何人に説明しただろうか。だいたいこれを言うと全員押し黙るし、贖罪に気持ちが向くのだが……果たしてこの青年はどうだろうか。と、カルマはチラッと青年の表情を見てみた。


「…………」


 青年はただ、黙って考え事をしているだけだった。


 ーー ーー ーー


 その後も、死神少女とポギは、亡くなった直後の罪人達の元へと向かい、次々と仕事をしていく。


 当然、中にはしっかりと贖罪をし、後悔していることを伝え、食べられる事なく冥界へと送られる魂もいた。


 少女は、それをただ黙って見ている青年を警戒し、時々声をかけていた。というより、あまりにも押し黙っているものだから、何か企んでいるのかと思ってしまう。


 青年の方は、ただ目の前で起きている事が信じられなかったが、実際に起こっている事であり、このままでは自分も食べられてしまうと、恐怖で話しかけられなくなっていた。


 自分の罪とは何なのか、それを必死に思い出しているが、今のところ思い当たる事がない。ということは、かなり昔の事ではないか? と、青年はもっと昔の事を思い出そうと、タンスの棚を開けるかの様に、必死になって記憶を探っていた。


「カルマちゃぁん~あいつ、あのままだと逃げっちまわねぇか?」


「大丈夫。逃げない。だって、あの人はただの罪人じゃないから」


「あぁん?」


「ポギ、ちょっと耳……無いね。近付いて」


「なんだなんだぁ?」


 言われてポギは、少女の方へと近付いている。そして、何かを耳打ちするかのようにして伝え、ポギはそれを了承したのかのように、口角を上げてニンマリとした。


 その後も、死神少女は仕事を続ける。


 だが、ある罪人を裁いた時、青年は何かを思い出したかの様にして、目を見開いた。


「今の奴……」


「……少女誘拐、監禁、殺害だね。意味不明な事呟いてたし、救いようが無いからポギが食べた。どうしたの?」


「でも、その少女……」


「裕福な家の子だったみたいだけど、それが?」


 どうやら事件と言うよりも、その少女の生い立ちの方で、記憶に引っ掛かる事があるようだ。


「裕福な……家の子」


「…………」


 それを見た少女は、青年に罪を認めさせるならここではないかと思い口を開き、少しだけ情報を与えた。


「君は昔、仲良くしていた女の子がいたよね」


「……美織みおり、ちゃん……」


「その子、どうしたの?」


 続けて問う少女に、青年の顔はみるみる内に青くなっていた。どうやら、青年の罪に近付いているようで、彼自身もその事を思い出したようだ。


「……死んだ。両親が、母親が無理心中して」


「なんで? 裕福なら、そんな事はーー」


「あの子の父親が会長をしている、グループの傘下である不動産会社で、悪どい事をしていたと内部告発があったんだ。それで、父親も関係していて逮捕されて、家は一気に批判の嵐を受けたんだ」


 それなら仕方のない事なのだが、それとこの青年の罪とどう関係あるのだろうか。


「その頃、あなたは子供だったよね?」


「あぁ、小学校の同じクラスだった。でも、あれは……間接的に俺がーー俺が殺したようなものだ」


「それだけなら、あなたは私には裁かれない」


 だが、少女からそれをハッキリと否定された。


 ーー ーー ーー


 それからも、少女は仕事を続け、青年が罪を思い出すまで見張っていた。


 までしっかりと思い出してくれないと、贖罪に導く事も、こっちで裁く事も出来ない。


「……あぁ、私が悪いと言うの!? これしか、これしか方法が……!」


「子供に罪は無い。あなたの子供は、生きたかった。それを、あなたは断った。十分罪になる」


 そんな時に、まさかの子供と無理心中した現場に着き、母親の魂の裁きを行う事になった。


「生きたい? あんな過酷な状況で? 満足にご飯も与える事も出来ずに?! 誰にも助けを求められない状態で!? 必死になっても救いの無いあんな状態で!! どうやって希望を持って、生きていけるというの!!!!」


 そう喚く母親に、少女はピシャリと言い放つ。


「じゃあ、何で産んだの?」


「なんで? なんでって……あの人が作るつもりは無かったって。だけど、私は産みたかった。あの人との繋がりを消したくなかった! 愛されているって、形が欲しかったの!! それなのに!」


「それで、あなたを捨てて逃げる男なら、何処かに里親に出すなりーー」


「帰ってきて欲しかった。子供が大きくなれば、負担も少なくなるだろうし、帰ってくるかもって。だから……」


 それを聞いた少女は「はぁ……」と大きくため息をついた。そんな理由だけでも、子供を育てようとしたのは立派なのだが、それでも少女は言わずにはいられなかった。


「あなたの道具にされる、子供の身にもなったら? 子供は、親を選べない。あなたが唯一だった。あなたがソレを見なくてどうするの? 愛する人ばかり見てどうするの? 孤独を感じても、生きたいと願う子供に、ほんの少しでも寄り添った? そんなのだからーー」


 とそこで、ポギが間に入って来た。


「おおっとっとぉ、カ~ルマちゃぁ~ん。それ以上感情移入しちゃダメだぜぇ。おい、お前。とっとと贖罪するか、ここで裁かれるか選べ!」


「あなた……あなたもまさか?」


 そんな少女の様子に、母親の魂は何かに気が付いたようで、突然申し訳なさそうな表情になる。


「……そうね。ごめんなさい。生活費も無くなっていって、追い詰められて、こんな事……確かに、あの子に罪は無いわ。ちゃんと、育てて上げたかったわ。1人じゃ無ければ、私1人じゃなければぁあ……!!」


 所謂、シングルマザーの育児ノイローゼ。

 そんなのは珍しい事でもなくなった現代では、何故その前に助けを求めなかったの? と、他人事のような言葉が飛び交っていた。


 母親の魂は贖罪を選び、冥界へと案内された。


「ふひぃ。あんま食えなくなってきたな。今日は終わりかなぁ? カルマちゃーーカルマちゃん?」


 ふと、ポギは様子のおかしい彼女に話しかける。


 少女は若干身体を震わせ、自分を守るようにしながら両腕で自分自身を抱き締めている。


「……カルマちゃぁん。人間だった時の記憶、甦りそうになってねぇかぁ?」


「……くっ。大丈夫」


 そんな少女の様子を見て、青年がゆっくりと近付いてきた。


「あぁ、思い出した……俺は確か、あの子に死んで欲しくなくて、死んだって事実を受け止められなくて、お葬式が終わった後、あの子のお墓を荒らして、お骨を……」


「……んでぇ?」


「必死になって、死者が甦るって方法を探って、それを実践しまくって!」


「ヒャハッ! 人間ってぇのは欲深くてたまらねぇなぁ! そんなので死者が甦るかよ! ただまぁ、ごくたまぁ~に、当たり引く奴がいるんだわ。と言っても、死者の復活とかじゃねぇがなぁ。お前、何引いた?」


「確か、死神と契約して、取っていった死者の魂を、代わりの魂と交換するやつだ」


 どうやら、徐々に青年のやらかした事が見えてきたようで、苦しむ少女の代わりに、ポギが答えていた。


「あ~それが当たったかぁ。死神契約ってやつだなぁ! ただなぁ、それは上っ面を解読しただけの手痛い間違いだぁ! てめぇのした死神契約ってのはなぁ! 死んだ奴の亡骸を使い、そいつを死神にして使役する方法さぁ!! まぁ、てめぇは失敗したと勘違いし、その場から去ってしまって、死神になっちまったその子だけが、その場に浮遊しちまってたがなぁ!!」


「あっ……な……ま、まさか?」


「…………」


 ある事実に気付いた青年は、驚愕した表情のまま、死神少女を見た。

 確かに、辛うじて面影が無くはない……いや、どんな子だったかも思い出せないくらいに、嫌な思い出として、記憶に蓋をし、しっかりと鍵をかけてしまっていたのだ。


 思い出せるのはただーー


『仕方ないなぁ、みっちゃんは。私が何とかして上げるよ』


 笑顔でそう言い、自分の手を取る、活発な少女の姿だった。


「みお……ちゃん。本当に、君はみおちゃんなのか?」


 とにかく確かめたいという思いから、青年は昔の呼び方で呼んでみる。すると、少女は苦しそうな表情のまま、こう呟く。


「みっちゃん……」


 それは、自分の子供の頃に呼ばれていたあだ名だった。


「本当に、みおちゃん……? あ、あぁ……そうか。そこのリンゴが言うように、俺……」


「……そう。あたなは私を死神にした。無責任に、しかもその場に放ったらかしにして」


「そこをぉ! 俺が拾ってぇ、育ててやったんだよぉ!」


「ご、ごめん」


 それが自分の罪なら、裁かれても仕方がないだろう。それこそ、昔の自分の初恋の相手を、こんな風にしてしまったのなら。


「……あの、俺はその時に逃げたから、何かに違反したってことか?」


「んぁ? それはねぇがぁ……まぁ、人間がそんな事をしてしまった時点でアウトだわなぁ! だから選びな! 贖罪か、俺に食われるかぁ!!」


 そう言うと、ポギはまたその身体を変えていき、細い身体をした化け物の姿になる。


 しかしその時、少女がポギと青年の間に入って来た。


「待って、ポギ。みっちゃんはまだ、自分の罪を理解した所。もう少し引き出さないと……」


「へぇ~健気だねぇ~カルマちゃぁん! と言っても、あとはこいつが放火した事を理解するだけだ。遅かれ早かれ、俺に食われるんだよぉ~!」


「ほ、放火……? お、俺が?」


 だがそう言われた瞬間、青年は記憶の奥底に封じ、思い出さないようにしていた事が、一気に溢れ出るかのようにして、その光景を思い出してしまった。


 そう。両親の悪巧みを阻止しようとする彼女を助ける為に、一緒に屋敷内で証拠を探していた時、彼はうっかりと水槽を倒してしまい、運悪く古くなっていたコンセントにかかり漏電してしまい、そこから書類に引火、火事へと至ってしまった。


「あ、あぁ……そうだ。美織ちゃんはその時、両親に知らせようと、俺を先に窓から逃がして、そのまま……」


 翌日の新聞に出ていたのは「一家無理心中か? 両親とその娘、焼身自殺」という見出しだった。


 その時に何があったかは分からないが、さっきの少女の話から、本来なら助かる程度の火事だったはずだった。だが、両親は思い詰めていた為、そこで思いがけない事が起こったのは、容易に想像は出来た。


「……美織ちゃんは、そのまま。俺は信じられなくて、俺じゃないって言い聞かせて、記憶から消した。守ってくれたのに」


 すると少女は、青年の前へと近付き、ソッと小指を出した。


「約束したから。みっちゃんを守るって」


「みおちゃん……そうだった」


 そして、2人はお互いの小指を絡ませ、あの言葉を紡ぐ。


「ゆ~びき~りげんまん」


「嘘ついたら、はりせんぼんの~ます」


「「指きった」」


 それから、ソッと指を話すと、青年はもっと申し訳なさそうな顔をする。


 だが、そんな青年の前に、化け物になったポギが腕を振り上げ、青年に向かって振り下ろそうとした。


「ヒャハッハー!! 美談だねぇ! 美談だぁ!! でぇ!? それでてめぇは贖罪ってなるのか!? てめぇの犯した罪が消えると思うのか!? お前のせいで3人死んだ! その事実に変わりはねぇ!!」


「ひっ……!!」


 このまま食われる。と、青年が両腕で構えを取った瞬間、誰かが青年の前に出て、ポギの攻撃を止めた。

 誰かと言われても、この場には残り1人しかいない。少女がポギの攻撃を、その細い腕で受け止めていたのだ。


「ポギ。ストップ。君はいつも、早合点過ぎる」


「あぁ!? なぁんで止める~?! っていうか、カルマちゃんが殺されて死神になった原因を作った奴を、なぁんで庇うんだぁ!?」


「それは……だって、私は恨んでいないから。あの時は、アレしか方法は無かった。両親の取った行動は、私には読めていた。分かっていたの。ただ、君をそれに巻き込みたくなかった」


「みおちゃん……」


「だぁからぁ!! 美談にしてんじゃねぇよぉ~!!」


 それでもポギは攻撃を止めず、ただひたすらに少女は耐えていた。


 そして知らない内に、青年は涙を流していた。


 ずっとずっと、自分は守られていた。昔も、今も。男として、ただ情けない。だから、ここは真っ直ぐに自分の言葉を伝えることにした。


「ごめん。いや、今更謝罪なんか要らないよな。だから、ありがとうだ。ありがとう、みおちゃん。俺、ちゃんと罪に向き合って、冥界とやらで、俺自身の罪を受けて入れて、公平な裁きとやらを受けるよ」


「……そう」


「ちっ、つ~まんねぇ!! あ~あ! こうなるから、手っ取り早く食いたかったのによぉ!!」


「ポギ。その為に、私を攻撃したの?」


「ワリィワリィ。だから、後で潰すのは無しよ!」


「潰す」


「ひぃっ!!」


 何だかいつ通りのやり取りになっていて、青年は少しホッとした。


 沈む夕日に照らされながら、青年は少女に向けて微笑んだ。


 許されるとは思わない。ただ、自分の罪には向き合い、贖罪をしていかないといけないと、そう強く思ったいた。


 ーー ーー ーー


「さて、それじゃあ。今からみっちゃんを冥界に送るけれど、もうこれで本当にお別れ」


「うん。ありがとう。みおちゃんは、これからもずっと死神を?」


「えぇ。役割を終える時まで、ずっと。別に、それを恨んではいない。気にしないで」


「あぁ、分かった」


 ビルの屋上に連れて来られた青年は、そこから冥界の道を開くと言われ、大人しくその時を待っている。高い方が繋げやすいという、単純な理由だった。その間に、最後のお別れをお互いにしている。


 そして、青年は意を決して、少女に自分の気持ちを伝える。


「ずっと好きだったよ、みおちゃん」


「私も。みっちゃん」


 2人はそう言い合うと、少し照れくさそうにしながら、だけどとても名残惜しそうにしながら、その時を待った。


「おい! 繋がったぜぇ! 冥界への通路!」


 すると、ポギがそう叫び出す。そこには、如何にもな雰囲気を持った、重厚そうな扉が姿を現していた。

 今までは、実際にそこに向かう魂にしか見えず、見学していた自分には見えなかった物だ。緊張はするが、もう決めた事だった。


「それじゃぁな、みおちゃん」


「……うん、バイバイ。みっちゃん」


 そして青年は歩き出す。自分の贖罪する為に。


 ーー ーー ーー


「しっかしカルマちゃよぉ。良い演技だったぜぇ」


「ポギこそ」


 青年が歩き出した後、2人は小さく呟く。


 そして少女の手には、ある新聞が握られている。それは、先程用意したとは違う、その当時に発行された本物の新聞だ。


 そこにはこう書かれている。


『一家無理心中か? 放火殺人も視野に入れ、捜査』


 続けて、身の毛もよだつような文章が、その説明の中の小さな文字にあった。


『一人娘と思われる焼死体の口腔内、喉の奥から、針千本が詰め込まれていた』


「ヒャハッ! ぜぇんぶぜぇんぶ。何も分からず、今も捜査中ってなぁ。この一人娘、確か学校で相当酷いイジメをしていたよな? 1人、自殺に追いやってるよなぁ? カルマちゃん、美織って奴の魂を食ったよなぁ~そいつになりすますって、どうよ」


「別に。それに、彼も薄々気付いていたんじゃないかな。私が、美織じゃないってこと」


「ヒャハッ! ヒャハハハハ! そりゃ何してるんだかねぇ!」


 それから少女は、右手を前につき出し、にぃっと口角を上げる。


「私、熟したのが好きなの。私の好物は『悪しき正義の心』を持った者。それを認識させ、成熟させるのには手間がかかるの。だから、彼が何を考え、何をしようと構わない。だって結局ーー」


 そしてその右手の甲に、禍々しい黒い靄を出現させると、そこから汚ならしく舌を出した口を出現させた。


「私に、食べられるから」


 その後、自分の罪を贖罪しようと、扉に手をかけた青年に向かい、死神少女は嬉しそうに言った。


「いただきまぁす」

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