第23話 結末 (改)

 

 グラハムはランプを持ち城の地下をあるいてる、もの音一つしない中グラハムの靴音だけが響いていく。

 城の地下牢は埃っぽく乾いていた。

 やがてグラハムは一つの牢屋の前に立つ。

 

「ニーナ、元気にしているか?」


 牢屋の床に座り込んでいたニーナが顔を起こしグラハムを見る。

 

「…ありがとうございますグラハム様。けれど私のことよりグラハム様のほうこそ、お身体に無理されていませんか」

 ニーナは疲れた顔をグラハムに向け弱々しく微笑む。

 

 降伏交渉時に久しぶりに顔を合わせた二人だったが、すがりつくようなニーナの態度とは裏腹にグラハムは冷淡をきわめてた。

 ニーナは泣きながらグラハムに謝罪を繰り返し行ったが、グラハムはすべて無視してニーナを城の地下牢へ幽閉した。

 

 降伏交渉の中に、王国の将兵の無条件での解放があったがニーナはその中から外れる、例外事項とされた。

 

「ニーナ、改めて聞こう。なぜ俺を裏切った?」


「ガルバーの持っていた、呪術アイテムに心を操られました。人の思いを反転するアイテムでした。思いが強ければと良いほど逆側にふられる。そんな効果です」

 

「…そんな、おとぎ話のようなものを信じろというのか?」

 グラハムは冷たい視線をニーナに向ける。


「それが事実です。私自身も信じられませんが、グラハム様へした行為を私はすべて記憶しています。その時の感情も覚えています。

 絶対に絶対にあんな感情は私のものではありません! 私がグラハム様にあんな行為をするはずがない! 絶対にそんなことはしない!

 ああ! グラハム様! 申し訳ありません! なぜ私はあのようなことを…」

 

 ニーナは少しずつ錯乱して正気を失っていくように見える。

 そんなニーナの様子をグラハムは冷めた表情で見ていた。

 

 ニーナの様子を見るに、すくなくともニーナ自身は呪術アイテムの効果だと信じ切っているようだ。

 もともとのアイテムがすでに失われている以上効果を検証することもできない。あるいは薬物と暗示でそう思いこまされている可能性もある。

 

 そこまでグラハムは考えて余りのくだらなさに頭をふる。

 人を操るなどというおとぎ話のような遺物がこの世に存在するより、普通にニーナがグラハムを裏切ったという方が自然だ。

 

 だれだってそう思うだろう。

 仮に薬物と暗示だとしても、そうも都合よく人間を操れるはずもない。

 

 グラハムは無意識に、左手で右顔面の爛れた傷跡の感触を確かめる。

 

 ロイアが殺された以上、ニーナを再び信じることなどできそうにない。

 2度裏切られれば十分だ。

 

 帝国が送った交渉の使者が殺されたのだ、報復は絶対に必要だ。

 

 

「ニーナ、お前を近日中に死刑とする。なにか最後に希望はあるか? いままでのよしみだ、できるだけかなえよう」


 ニーナはよどんだ目でグラハムを見上げると口を開く。

 

「では、死刑の執行役はグラハム様にお願いいたします。私の願いはそれだけです。でも、もし可能であれば後もう一つだけ──」


「…わかった。よかろう、その願いを聞き届ける」

 

 グラハムはそれだけ言うと、背を翻しこの場から出ていく。

 

「グラハム様…申し訳ございません…」


 ニーナのつぶやくような謝罪の言葉を無視してグラハムは歩き去った。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 刑場は城の中庭の一角にあった。

 

 ニーナは手錠をはめ、床に膝を揃えてたててしゃがみ首を差し出している。長い黒髪はよこに流され白い首筋が見えていた。

 

 グラハムは手に持った剣を見る。特別切れ味の鋭いものを選び十分に研いである。

 これならば無用な苦痛を与えずに済むだろう。

 

 グラハムは左手に剣を持ち、義手が付いている右手で支え、剣を振り上げた。

 

「ニーナ、なにか言い残すことはあるか?」

 

「…グラハム様の武勲とお身体のご健勝を祈っております。グラハム様に助けられた御恩は決してわすれません」


 ニーナは顔を下に向けたままはっきりと聞こえる声で言う。

 そんなニーナにグラハムは顔をゆがませ歯を食いしばって言い放つ。

 

「──おまえをあの時スラムで助けたのは生涯の過ちだった。お前をあそこで見殺しにすべきだった!」

 

 グラハムは勢いよく剣を振り下ろした。

 

 

 グラハムは執務室で自分の机に座り、肘をつき手を組み合わせた上に顎をのせぼんやりとしていた。

 そんなグラハムの様子にクリスがティーセットからお茶を入れて差し出す。

 

「グラハム様、お疲れですか?」

 

「ああ、ありがとう、クリス」

 

 グラハムは受け取ったお茶を一口飲む。暖かいお茶は香りが強く帝国でよく好まれるお茶だった。鼻に抜けた香りはそのまま残り。花の香りを強く感じさせる。

 

 グラハムは立ち上がりソファーにゆっくりと座る。それを見てクリスもグラハムの横に座った。

 

「何をお考えですか、グラハム様」

 

「この穏やかな時間をどう生かそうかとと考えているよ」

 グラハムはクリスの顔をみて少し笑う。

 

「グラハム様、ニーナさんのことですが…」


「その話は止めよう。もう2度としないでほしい」

 グラハムは異論の挟めない口調で厳しくいう。

 

「…わかりました」

 クリスは意気消沈したように静かに言った。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 クリスは自室に戻ると、机から古い日記帳といくつかの黒い石の破片、古びた書付を取り出す。

 

 元のニーナの部屋に残されていた品々である。

 

 日記の主はニーナだ。

 几帳面な性格だったのか毎日欠かさす日記が綴られていた。

 ただ、日記を開くとページごと破られている部分が半分以上だ。日記の前後からおそらく呪いのアイテムの影響があった期間なのだろう。

 

 そのあとにページには何頁にもわたってグラハムへの謝罪が書かれていた。

 石の破片が、言っていた呪術アイテムであり、時間を見つけてその研究もしていたようだ。古文字で書かれて古びた書付はこの呪術アイテムの使い方や効果を記したものらしい。

 

 試行錯誤して調べていた跡があるが、結局黒い石の破片に超常的な効果は現れず、ただの黒い石の破片であると結論付けられていた。おそらく砕けた結果その力を失ったのだと書かれている。

 

 この世の中では、ありえないほどの幸運や偶然が重なることがある。それこそなにかの祝福や呪いを受けたかのような出来事がごくまれにある。

 

 それらはもしかしたら今回のような、呪術アイテムの結果なのかもしれない。

 

 クリスはそれらの品々を大事に保管することにした。

 いつの日かグラハムにこれらの品々を渡すときが来るかもしれない。それまで大事に保管しておこう。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



























 商人は馬車の荷台から、後ろの女性に声をかける。

「おまえさん、いったいどこまでいくんだね?」

 

 声をかけられた女性は顔を上げて商人を見る。肩までの大雑把に切られた黒髪が頬にかかった。それを気にして女性は黒髪をひもで縛って後ろにまとめる。

 

「すみません、特に予定はないのです。帝国かサラン国にいこうと思っています。それと子供が育つのに穏やかな気候のところが…」

 

「なんだ、子供がいるのかね?」


「わかりません。でもきっと授かってると思うのです」

 ニーナは愛おしそうに己の下腹部を撫でる。 


「まぁよいさゆっくり旅をすればいい、旅は道連れともいうしな」


 商人はそういうと陽気に笑った。

 女性はそんな商人に笑いかけると、後ろを振り返り帝国旗が翻る城塞都市をいつまでも眺めていた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


以上で完結です。


最後の最後でニーナが哀れに思えて蛇足を追加しました。


お読みいただきありがとうございます。


よろしければ次回作でお会いいたしましょう。(`・ω・´)ゞ


蛇足の蛇足で少し改変しました。2022/8/24

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追放領主の復讐譚 三又 @sansaga

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