第22話 商人たちの後悔


「グラハム様、街の有力者たちが話をしたいと集まっております。お会いになりますか?」


 グラハムが帝国からの命令書を読み終わるの待ってクリスが声をかける。


 クリスは、かってのニーナのようなグラハムの副官的な位置に収まっていた。

 双子の兄、ロイアの死から立ち直っているように見えるが、夜に泣いている姿をよく見る。

 

 ロイアの死の要因ともなったグラハムにも、言いたいことがあるだろうが、黙っている。

 クリスは芯の強い娘だ。

 いずれなにか報いてやらなければならない。

 

「街の有力者たちか。会おう、一体なにをいいたいのやら」

 グラハムは会議室で合うことにした。


 程なくぞろぞろと街の有力者たちがグラハムの前に現れる。全部で8人だ。

 

 むろん、あの時グラハムを追放するため濡れ衣をきせた連中だった。

 グラハムは、どれだけやつらは面の皮が厚いのか、あきれ果てていた。

 

「お、お久しぶりです。グラハム様、ご壮健そうでなにより」

 代表してハルムが、汗をかきながら挨拶する。


「ああ、ハルム。おまえたちのおかげで、元気にしている。

 そうだな、ちょっと片腕と片目をうしなったくらいだ」


「……」

 グラハムがそういうと、気まずそうに全員黙り込む。


「それでいったいなにようだ? 正直お前たちの顔をみるのは不愉快だ。手短にしてほしい」


「まず、帝国兵の方々の規律についてです! 私のもとには領民たちから帝国兵の横暴さが伝わって来ております!

 酒場で呑んでも金を払わない。街の中でしょっちゅう騒ぎを起こす。

 街の人々の我慢はもう限界に達しております! 早急になんとかしていただきたい!」


 ハルムはグラハムの前に進みだして熱弁を振るう。


「ふむ。そうか、兵たちにはほどほどにするよう命令を出しておこう」


「そ、それだけですか? もっと厳罰をもって規律を正していただきたい!」

 ハルムは強い口調でグラハムに迫る。

 グラハムはそんなハルムを見て鼻で笑う。


「他国占領されたのだぞ? 少々の不満は我慢してもらわんとな、俺は部下の兵士達には寛大でありたいと思っているのだ」


「グラハム様の言葉とは思えません! 領民たちの幸せを第一に考えていたグラハム様はどこへいかれたのか!」


「くだらん。俺を石で追い出したのはその領民だ。話はこれだけか? であればとっとと下がれ」

 グラハムは面倒くさそうに手を振って追い出そうとする。


「いえまだほかにもありますぞ! 現在の帝国への税についてです。現在の税は高すぎます! これでは商売ができません! 農民たちもこれでは困窮していくばかりです。なにとぞ見直しをお願いします!」

 

 ハルムは強気の姿勢を崩さずきつい口調で言い続ける。

 

「却下だ。ここは王国とは違う。帝国だ」


「なんと! おやさしいグラハム様の言葉とは思えませんぞ! ここで税を下げれば民たちの信頼が上がること間違いなしですぞ!」


「民たちの信頼など興味ないな」

 グラハムは心底どうでもいいようにいう。

 

 実際グラハムがここで領主代行を務めるのは一時のことだ、この地が安定したら正式に代わりの人間が帝国本土から送られて来るだろう。

 グラハムの仕事はここで憎まれ役をやることだ、新しい領主がきてから税を下げ人気取りをすることになるだろう。

 

 それまでは好きにやらせてもらう。グラハムはそう考えていた。

 石をもって自らを追い出した民たちだ、手加減する必要などありはしない。

 

「そ、そうであれば、我々は徴税に協力はできません!」


「なにか勘違いしているのではないか、ハルム。これは頼んでいるのではない。命令をしているのだ」


「そのような命令にはしたがえませんぞ! このカーク伯爵家は代々我々が徴税をしていることをお忘れか! 我々が従わなければ徴税などできませんぞ!」


「…そうか、わかった」


「おお! わかっていただけましたか!」

 ハルムはほっと一息をつき、額に浮いた汗をぬぐった。

 

 ここからが交渉の腕のみせどころだ、甘いグラハムならばいくらでも付けこむ隙があるだろう。

 少しずつこちらの要望をとおしていけばよい。ハルムはしてやったりとほそく笑む。

 

「ハルム、お前が命に従えないというのであれば、構わない。お前とお前の家族全員を縛り首にして、財産すべて没収するまでだ。

 こ奴をひっとらえて牢屋へ入れておけ」

 

 部屋でハルムたちを油断なく見つめていた兵士たちが、グラハムの声でハルムの身体を縛り上げる。

 ゆったりとした豪奢な服を着たハルムは、後ろ手に手を縛られて悲鳴を上げる。

 

「な! このような無体断じてゆるされませんぞ! グラハム様!」

 ハルムは信じられないものを見たかのようにグラハムを見る。


「ゆるされなければどうするというのだ? 王国へ訴え出るか? はっはは、王国が訴えを聞いてくれるとよいがな」


 グラハムは心底愉快そうに笑う。その笑いは邪悪と表現されてもよい笑いかただった。

 

 ここにいたってハルムは自分の誤りを悟った。グラハムは自分たちに気を使う必要性を認めていないのだ。

 グラハムを甘くみていた。我々にたいする憎しみは深く、少しも癒えていない。

 

「お、お待ちくださいグラハム様! 分かりました! グラハム様の命に従います! なにとぞ、なにとぞご容赦ください!」


「いまさら遅い。つれていけ!」


「グラハム様! なにとぞなにとぞ──」


 ハルムは兵士たちに引きずられながら部屋をでていった。それでも哀れに声を出し続けているが、やがて声も聞こえなくなった。

 

「さて、おまえたちもなにか言いたいことがあるかな?」

 部屋の隅で真っ青な顔してたたずんでいる残りの商人たちに向かって、グラハムは聞く。

 

「いえ! なにもありません! すべてグラハム様の命令にしたがいます!」

 商人たちは、声をそろえ慌てて言う。

 

「そうか、それは結構。…ところで、帝国は今回の戦争で戦費の増大に苦しんでいる。そなたたちから自主的な寄付をつのりたいのだが?」

 

「いや、それは…我々もこの戦争で損失が膨らんでおりまして、グラハム様のご要望にお答えするのは難しく…」

 商人の一人が苦しそうに言い訳をする。

 

「そういえば、俺が王国に対する謀反の容疑で追放されたとき、お前たちはおれに謀反をするための資金を提供していたと証言していたな? その資金があったであろう、まさかないとはいわせんぞ?」


「いえ、あれはハルム殿がかってに言い始めたこと! そもそも我々は反対しておりました!」

 

「そうか、であれば仕方ない。もう2、3家くらい縛り首にして財産を没収するとしよう」


 なんでもないことのようにいうグラハムにあわてて商人たちは声を上げる。

 

「おまちください! わが家は帝国に協力しますぞ!」

「うちもです!」

「私も!」

 

 先を争って商人たち協力を申し出る。

 

「おお、それは頼もしい。後ほどそれぞれの財産規模に応じた寄付額を決めようではないか」

 グラハムはうんうんとうなずきながらにこやかにいう。

 

「それと、ハルムがいなくなったので、改めておまえたちの代表を決めよ。今後はそのものに命令をだす」


「わかりました、近日中にお知らせいたします」

 商人たちは疲れ果てたようにグラハムにいう。

 

「それと、ハルムとその家族たちの死刑の様子を、お前たちは見学していけ。明日はわが身だろうから勉強しておくにこしたことはあるまい?」


 グラハムは意地悪そうな笑みを浮かべ商人たちへいう。

 商人たちは真っ青な顔をさらに青くして首を縦に振った。

 

 

 商人たちが肩を落として出て行ったあとクリスは口を開く。

「いささか、強引だったのでは?」


「構わないさ。こんな強権が振るえるのはさすがに占領したばかりの今だけだ。

 ほんとうは税をもっと搾り取りたいがさすがにここまでだろう。

 いままでぬるま湯につかっていた領民たちはさぞかし苦労するだろうよ。だが皆殺しにされないだけ感謝してほしいものだ。

 

 それに、やつらも石をもって自ら追い出したかっての領主が戻ってきたのだ。それなりの覚悟はしてもらわねば困るな」

 グラハムは意地の悪い笑い方をしていった。

 

「俺が領民を叩けば叩くほど、あらたにくる次の領主はやりやすくなるだろう」


「わかりました、グラハム様」

 クリスはニコリと笑うと静かにうなずいた。

 

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