三.魔竜合流
客間にも住居エリアのこの部屋にも、最低限の家具は部屋に備え付けられている。ベッドや暖炉だけじゃなく、俺たちが座っているこのテーブルとソファーのセットも同じだ。乱雑に箱が置かれていても座って休憩できる場所が確保できるっていうのはいいものだ。
ぎゃあぎゃあ騒ぎつつも(と言っても、騒いでいたのは俺一人だったような気もするけど)、笹団子を平らげたあとは三人で茶を飲むと、それぞれ落ち着いたのかリラックスした気分になってくる。
そのせいだろうか。俺の左隣に座る人物、つまり千影に目を向け、クリュウはこう切り出したんだ。
「——で、わざわざいにしえの竜を連れてきたんだ。俺にもそいつを紹介してくれるんだろ?」
そう。クリュウと千影は初対面だった。
ガキの頃に入院していた時もそうだったけど、
千影はいにしえの竜だけど、俺にとっては大切な養い親だ。世話になったクリュウには紹介しておきたかった。同じ城に住むのなら、なおさら。
「ああ、実はそうなんだ。かれはいにしえの魔竜で——」
俺はクリュウに今までのこと、千影に助けられてからはかれの庇護を受け、一人前の魔術師になるまで育ててくれたこと話した。竜の言語を教えてもらい、魔法具製作の技術を身につけたことまで、ぜんぶ。
そしてつい先日、クリュウよりもひと足先早く、ルーンダリア城に引っ越してきたことも。
クリュウは禁術の研究者だけど、医者でもある。そのせいか物知りであらゆる分野の知識を持っている。
わずかな文献しか資料がないとはいえ、そんな彼がいにしえの竜のことを知らないはずもなかった。
千影の引っ越しについて伝えると、眼鏡の奥で深い青の瞳を丸くしたのだった。
「いにしえの竜が人の国に? そんな話聞いたことねえな。余計なお節介かもしれねえが、竜が人に関わるとロクなことにならないぜ。和国の風竜は人に関わったばかりに討伐されたって話じゃねえか」
「ふむ。心配はいらぬぞ。我は魔竜であるからな。
カップを置くと、千影は得意げに腕を組んだ。
今日の千影はねじれた角、漆黒のドラゴンの翼と尻尾が出ている、いつもの魔王スタイルだ。ガキの頃、その姿があまりにカッコよく映ったので賞賛したから、今日も俺が喜ぶと思って獣人みたいな格好をしている。まあ、実際カッコいいと思うけどな!
千影は紫水晶の瞳をついと細めると指を立てた。
「我が城に来た理由はただ一つ。我が子の護衛のためである」
表層心理を読むことができる千影はクリュウを信頼したんだろう。
事のあらましを懇切丁寧に説明することにしたようだった。
「護衛だぁ? 悪ぃが、いくらいにしえの魔竜のおまえならなおさら護衛として成り立たねえだろ。お前たちは俺たち人族に危害を加えられねえ。巣の中ならともかく、外の世界で人に攻撃すれば即懲罰案件だ。世界の管理者に封印されちまうぜ?」
眉を寄せてクリュウは訝しむように千影を見た。ところが、千影はクリュウの心配を一笑するかのごとく、形のいい唇を引き上げ、にやりと笑った。
「お前の言う通り、たしかに我個人であれば人族に対し攻撃はできぬ。だが、我の背後に人の王がつくとまれば話は別であろう?」
「……ああ、なるほどな。その手があったか!」
曇っていた空が晴れるみたいに、クリュウも顔が明るくなった。今もにやにや笑っている千影の続きを引き継いだのはギルだった。
頷いて、こう説明し始めた。
「世界の管理者はとにかく人の国や王を重んじる。だからこそ標的になりやすい無属の子を保護することを国家に義務づけているのだ。おそらく国王である俺に命じられた形ならば、たとえ護衛の際に力を振るうことがあったとしても咎めはないだろう。護衛対象がヒムロ——、俺の
「無論、大地や自然を損なわぬ程度のコントロールは必須ではあるがな。我は魔竜であるからな、力の調整など朝飯前である」
「はははは。本当にこいつは法の裏を突く商人のように、
感心したようにクリュウは千影を見て笑った。
後で知ったことだけど、千影はいにしえの竜たちの中でもとても器用で立ち回りがうまい方だったらしい。ルーンダリアへの引っ越しのことも、事前にギルと二人で話し合って決めたことだった。
クリュウがひとしきり笑い終えた後、千影は俺たちにこう言った。
「ギルヴェールを信用しておらぬわけではない。しかし、ヒムロは我の子だ。子のために必要な助けを与えるのが人族の言う親の役目なのであろう? 住む場所にこだわりなどないし、人のそばで暮らすのも面白い」
「……千影」
見上げると、宝石のような紫色の瞳にあたたかい光が灯る。
ガキの頃、俺は夜が怖かった。ひどい悪夢を伴うし、真っ暗でなにも見えない。けれど、今では暗闇も、夜の帷の中に灯る紫水晶の光を見たって怖くない。あの洞窟の中で俺を匿って育ててくれたおかげだ。
人ではない千影には体温がないから、手を触れても温もりを感じない。けれど、かれが俺のために取る行動はどれも本当の親みたいで、いつも胸の中があたたかくなる。
千影の目が少しそれて、ギルに移る。
「ギルヴェール、ヒムロはお前と出会ってから笑う回数が増えた。これからも我が子のことをよろしく頼むぞ」
「ああ、承ったぜ」
二つ返事で、けれどもしっかり重みのある低い声は厳粛な誓いのようだった。
ギルの手に触れる。肌を通して伝わってくるぬくもりは、いつも少しずつ俺の心を溶かしてくれる。
指を絡めるようにそっと握ってみたら、ギルも同じように握り返してくれた。
その行為が同じ気持ちだと言われているみたいで、心が浮き立つみたいに嬉しくなってくるから不思議だ。ただ手を握り合っているだけなのに、しあわせだなと思う。
宮廷魔術師にはクリュウも加わって、ルーンダリアはまた新しくなった。
結局、ギルはライカと連絡は取れたものの会えないままだ。末の弟はいまだ見つからない。
俺もあれから弟のことは占ってもらったけど、世界のどこかで生きているということがわかったくらいで、
問題そのものは解決したわけじゃないのに、なぜだろう。支え助けてくれる人がそばにいるってだけで、前を向くことができる。
諦めなければ、朝はやってくる。
再会の日は近い。
根拠もなにもないけれど、なぜか俺はそう確信することができたんだ。
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