二.引っ越し祝いは笹団子

 数日後。俺は魔法具製作の仕事を休んで、ギルや千影と一緒にある部屋を訪ねていた。


 ルーンダリア城の三階が国王や王城関係者だけが入れるプライベートゾーン、っていうのは前に話したことがあったよな。

 三階とは言っても、一国の城というだけあってかなり広い。奥の回廊を通り、城と塔とも廊下を渡ると、そこは王城に勤務するやつらの居住エリアに入る。メイド姿の女官たちもこのエリアに住んでるらしい。


 大きく扉が開かれたその一室に出向いた俺たちは、探していた白い姿を見つけた。

 シミがひとつもない白衣姿。日焼けしていない首に描かれた幾何学模様のタトゥーはいつ見ても印象的だった。伸ばした髪は縛りもせず肩に流しているだけだというのに、絵になるのはどうしてなのか。


「クリュウ!」


 名前を呼ぶと、彼は振り返り俺を見て目を丸くした。細いその両腕には重そうな箱を抱えている。作業の途中だったらしい。


「ヒムロ、国王陛下。わざわざ来てくれたのか」

「差し入れ持ってきたぜ。引っ越し、順調みてえじゃねえか」


 包み紙を掲げて見せると、クリュウは箱を一度床に置いた。やっぱり重かったらしい。

 腰に手を当てると、嬉しそうに口角を上げた。


「ああ、おかげさまでな」







 結果的に、クリュウはルーンダリアに来ることを選んでくれた。


 クリュウとしては、ティーヤ地区に移住しアティスの傘下に入れないか交渉するつもりだったらしいんだけど、俺がルーンダリアに来ないかと誘ったら、選択肢の一つとして考えてくれた。もちろんギルにはあらかじめ、クリュウがルーンダリアに移住できないか相談して了承をもらった上でだ。

 ルーンダリアでは禁術の研究を禁じてはいない。人を殺めるという非道な行為さえしなければ、クリュウがやりたい禁術の研究はできる。


 ギルの手術前にも話していたように、クリュウは次の移住先をどこにするのか迷っていたようだった。アティスのティーヤ地区か、他の治安のいい地区か。

 戦う技能を持たないクリュウは長年の間、牙炎との関わったことで裏社会には辟易していたんだと思う。シーセス国内のどこかではなく、ルーンダリアを選び、俺の誘いを受けてくれた。


「しっかし、ただの研究者の俺が王城に住むことになるなんてなあ。俺としては、普通の一軒家でも良かったんだが」


 新居に招いてくれたクリュウは備え付けのソファをすすめてくれた。

 荷物が詰まった箱だらけの部屋に座る。

 俺と同じシーセス長らく身を置いていたせいか城は落ち着かないのかもしれない。クリュウは苦笑いしながらそう言ったが、ギルは笑って受け流した。


「禁術の分野はまだまだ未知の部分が多い。俺としては禁術の研究を進めてくれるなら悪い話じゃないしな」

「国王陛下がスポンサーになってくれるなら、俺としても願ったり叶ったりなんだぜ? まあでも、王城に引っ越す一番の決め手は……」


 銀縁眼鏡の奥の瞳がちらっと俺を見る。

 はたと気付けば、雷色の瞳も俺の顔を映していて。


「ヒムロがどうしても俺に来て欲しいって懇願してきたからだなー」


 にやにや笑うクリュウに、ギルまで頷いていた。

 なんだよそれ。まるで俺がワガママ言ってクリュウを引き止めたみてえじゃねえか。


「んなこと言ってねえだろ!? つーか、クリュウがそういうふうに誘導したんじゃねえか。どうしても来て欲しいなら考えてやってもいいって言われたら、そりゃそうだって言うしかねえだろ!」

「こういうところが可愛いんだよなあ。小動物みたいというか」

「うむうむ」


 ずっと黙っていた千影まで機嫌良さげに頷いている。なんか納得いかねえんだけど!?

 つーか、ギルも人前で可愛いとか言うなよ。恥ずかしいだろ。


「そんなことより、せっかく作ってきたんだ。みんなで食おうぜ」


 熱くなりそうな顔に知らないフリをして、俺は手の中にある紙袋からとっておきのものを取り出した。


 引っ越し祝いには蕎麦といきたいところだけど、俺が今回の差し入れに選んだのは手に取って食べられる菓子だった。


 それは笹の葉にイグサの紐で結んで作った和国の菓子だ。いわゆる笹団子というやつ。

 俺からすれば馴染み深いものだが、ギルやクリュウには見慣れねえものだと思う。

 キャンディ型に結ばれた葉っぱの包みを解くと、さらには一口大の濃い緑色の塊が出てくればそりゃ固まりもするだろう。


「差し入れっていうからなにかと思えば、ずいぶん変わったものを持ってきたな。器用に葉に包んでるが、これなんだ?」

「よもぎ団子って言って、和国の菓子なんだ。やわらかい食感で甘くてうまいんだぜ」


 いざ説明するとなると、うまく言葉が出てこない。もち米とか餡子とか、聞きなれないことを言ったってクリュウには理解できねえだろうし、たぶんギルも同じだろう。


 ルーンダリアは商業国家だ。大きな港を持っているだけに、首都の市場には世界中から輸送されたあらゆるものが売りに出されている。見たことがない虹色の鱗を持つ魚とか、極寒の島国グラスリードのりんごや果実酒とか。どれも初めて見るものばかりで、初めて市場をのぞいた時は驚いたし、ギルに聞けば取り寄せられないものはほとんどないらしい。

 それは和国でしか作っていないとされるもち米や小豆、米粉、よもぎも例外ではなかった。

 狐狩りに遭った妖狐が大陸に連れて来られるのは今に始まったことじゃないらしく、千年以上前から続いていたことらしい。で、その大陸に渡った先人たちが和国の作物を育てていたんだとか。


「緑色なのだが、ほんとうにこれは大丈夫なのか」


 クリュウに続いてギルまでもが心配そうに言った。まあ、緑だもんな。しかもなかなかに濃い感じの色だし。


「食ってみたらわかるって! 大丈夫、絶対うまいから。俺を信じろよ」

「そうだな。おまえを信じよう」


 食わない流れになったらどうしようかと一瞬焦ったが、杞憂に終わった。

 二つ返事で頷くと、ギルは長い指で団子をつまみ、口の中へと運ぶ。

 戸惑っていたのが嘘みたいに潔かった。単純すぎだろ。信じてくれて嬉しいけど。


 咀嚼し飲み込むまでの動作を見守る。思わず手を握りしめて見守っていたら、目の前のギルが大輪の花を咲かせたように顔を綻ばせた。


「美味いな。やわらかいのに弾力があって不思議な食感だ。すっきりとした甘さだし、小ぶりな大きさで悪くない」


 さすがギル。褒め言葉の嵐だ。でも美味かったみたいだから、ここは素直に喜んでおくことにする。


「だろ? 作ったのは久しぶりだったんだけど、うまくいって良かった」

「あ、ほんとだ。美味いなこれ」


 クリュウも続いて食べてくれた。二人とも甘味が口に合うか不安だったから素直に嬉しい。

 実を言うと、城の厨房を借りて作った時に試食は済ませてある。けど、もぐもぐとうまそうに食う二人を見ていたら食べたくなってきた。俺だけ見てるだけなのも変だし、もう一度食べてみよう。

 イグサの紐を解くと、親指くらいの大きさのよもぎ団子が姿を見せる。ギルやクリュウがしたように指でつまんで口へ運び、半分だけ齧った。噛むごとにもっちりとした食感とあっさりとした甘さが口の中で広がっていく。甘く煮た餡は粒が残っていて、こちらも食感が楽しい。やっぱり餡子はある程度豆の形が残っている方が好みだ。


「……うまい」


 自分で作ったものに賛辞を送るなんて、滑稽だ。

 けど、独特なよもぎの風味は雪解けの春を思い出させたし、餡子は大地に広がる畑を想起させ、懐かしい思いが胸の奥からあふれてきて目頭が熱くなった。

 背後でぱたりと尻尾が動くのを感じる。


「そうかそうか。良かったな、ヒムロ。もっと食っていいんだぜ」

「そんなに嬉しいなら全部食えよ」


 肩を抱き寄せて、ギルは笹の包みを俺の手に握らせてくる。向かいに座るクリュウはまるで父親のような顔でうんうんと頷いていて。

 二人とも子どもに対するように甘やかしてくるもんだから、ついに顔がかあっと熱くなった。羞恥心を感じながらも叫ばずにはいられなかった。


「ば、馬鹿野郎! そんなたくさん食えるはずないだろー!!」

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