最終章 朝がやってくるまで
一.通信珠の完成
雲一つない、突き抜けるような見事な蒼天だった。
魔法具の試運転に天候が影響されることはないけれど、晴れた空は気分が明るくなるし、なにより景気がいい。毎朝欠かさず帝に捧げてきた祈りの効果なのかもしれなかった。
「いよいよですね」
薔薇が咲き乱れる庭園のど真ん中、大陸風の
手のひらにおさまる程度の球体を前に、俺たち二人は固唾を飲んだ。
黒い台座にはめこまれた薄青色のこの球こそ、通信
今日はちゃんと動作するか確認する試運転で、対になるもう一つは王城内にいるギルが持っている。
執務室からかなりの距離がある庭園で通話ができれば試運転は大成功。晴れて完成となるわけだ。
「よし、いくぜ」
「はい。お願いします」
あらかじめ設定しておいたキーワードを唱え、魔力を込める。すると手の中にある球が蒼い魔法光をまとい始めた。大丈夫、ちゃんと動いている。
通信珠を握る手の中が汗でぬれているのがわかった。心臓がさっきからバクバクと身体の内側で音を立てている。
渇きそうな喉を振り絞り、俺はそっと話しかけた。
「……ギル、聞こえるか?」
再び固唾を飲んで見守る。
ほんの少しの間を置いて、声が聞こえた。
「ああ、聞こえるぜ。成功だな」
どこかいつもより弾んでいる低いバリトンボイス。低いその声を聞くだけで安心する。と、同時に心が浮き立った。
「うわあっ、やった! やったな、ギル!」
「ああ。初めての制作なのに一度で成功させるのはさすがだ。よくがんばったな、ヒムロ」
「お、おう! ……あ、ありがとな」
いつだってギルに褒められるのは嬉しいのに、肩が震えてしまうのはなぜなのか。嬉しいはずなのに落ち着かないし、尻尾がゆらゆら揺れるのを自分では止められない。くっそ、顔まで熱くなってきた。
でも最近になって、少しずつわかってきた。
ギルに褒められるとめちゃくちゃ嬉しくて、気恥ずかしくなるんだ。だって、いつもストレートな言葉をぶつけてくるんだもんな。
なにか話題をそらさねえと、俺がもたない。いつか絶対、恥ずか死ぬ。
「そ、そんなことよりさ! 良かったな、ギル。これでケイと離れていても連絡取り合えるし、連携も取りやすくなるだろ?」
「そうだな。動きやすくはなるな」
「だろ? だから、ギルとケイで使って——、」
「いえ。それはギル陛下とヒムロで使ってください」
首を横に振って、会話に割って入ったのはケイだった。
俺はびっくりして石みたいに固まった。だって話が違う。
そもそも通信珠を作ることにケイが賛同したのは、主君のそばにいなかった時に連絡をとるためだったはずだ。
「ケイ、どういうことだよ」
「ヒムロ、改めて感謝を言わせてください」
質問をはぐらかされた。
「ギル陛下を救ってくださり、ありがとうございました」
「は!? なんのことだよ。牙炎の時のことを言ってんなら、俺は何もしてないぜ!?」
慌てて首を横に振っても、ケイは笑顔を崩さない。むしろ柔らかいその笑みは深まるばかりだ。
たしかに傷を診たけど、あれは俺の手に負える怪我じゃなかった。せいぜい応急手当てくらいしかできなかったし。
実際に手術をしてギルの骨折を治したのはイーリィだ。俺じゃない。
「そんなことありませんよ。俺はあの時、こわくて動けませんでした。今までも危ない場面は何度もあったはずなのに、ギル様を
言葉が出なかった。
背が高くて、ギルの従者になれるくらい体格に恵まれていて、丁寧な言葉遣いや物腰が完璧な騎士。そのケイに「強い」だと言ってもらえるなんて。
「俺は強くねえよ……。臆病だし、口だって悪いし、おまえみたいに笑えねえし」
「みんながみんな、俺のようになる必要なんてないのでは? 裏を返せば、慎重で優しくて、裏表がなくわかりやすい人ってことですよね。いいと思います。それにこう見えて俺も、昔は闇組織に飼われていた
「え、マジで?」
あまりに完璧な立ち居振る舞いをするから、ケイは貴族だと思っていた。
国王の近衛隊長が元暗殺者。意外すぎる事実に頭が追いつかない。もしかするとケイは怒らせると一番怖いのかも。
そんな俺の心情さえも手に取るようにわかるんだろう。
ケイはおかしそうに笑った。
「我が国、ルーンダリアの唯一の弱点はギル陛下だと、俺は考えています。俺たち臣下を率いて勝利を導いたからこそ、皆が陛下を英雄視して頼りきってしまう。このままではいけないと、思ってはいるのですけど……」
笑みを浮かべつつも、紅の瞳には真剣な光が宿っていた。
「あなたなら、安心して陛下を任せられます。どうかギル陛下を支えてあげてください」
認めてくれた。国王の右腕とも言われるくらいに信頼されているケイは、今この瞬間、俺のことを国王の伴侶として認めてくれたんだ。
「……俺、男だけどいいのかよ」
「男とか女とか、些細な問題だと思いません? 吸血鬼の人だって同性の人が好きになるんですから、恋に落ちてしまえばそんなの関係ありませんよ」
赤髪の従者はにこりと微笑んでくれた。一番の側近である彼がこう言ってくれてるんだ。これからギルのそばにいるのに、性別なんて些細な問題なのかもしれない。
初対面での印象はあまり良くなかったし、ヤキモチも妬いたけど、ケイはどこまでもいいやつだ。だから俺も赤い狼が苦手だからって、いつも避けているにはやめようと心に誓った。
余談だが。そんな彼が実は妻子を持つ身で、愛妻家であり子煩悩であることを知ったのは、ずいぶん後になってからだった。
◇ ◆ ◇
『ヒムロ、眠ったか?』
そんな声が頭の中で響いてきたのは、夜が更けた頃だった。
久しぶりすぎる千影からの連絡だ。
「いや、まだだけど。珍しいな。緊急事態じゃねえのに、千影から話しかけてくるなんて」
『ふむ』
俺は今、ルーンダリア城内にいる。けど、千影の姿はどこにもない。ただ声だけが、俺の脳内に響く。遠く離れていても、まるで昼間の使った通信珠のように、千影とは会話することができるんだ。
過去に、身体がひどく弱っていた時、俺は体力補強のため千影の鱗を飲んだことがある。
鱗は身体の一部だ。それを体内に取り入れたからなのか、千影は俺がどこにいるのか大体の位置を把握できるし、こうして
『ヒムロ、我は明日、そちらへ
いつだって千影の言葉は簡潔だ。シンプルすぎて逆に意味を掴めないことが多々ある。
唐突に何だ。え、そっちに行く?
「それって、ルーンダリアに来るってことか?」
聞き返すと肯定の返事が短く返ってきた。
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