九.退院へ

 三ヶ月という言葉を聞いたときには長い入院になると思っていたが、月日が経つのは早い。


 入れ替わるようにアサギやスイがギルの世話を焼きに来たと思えば、見舞いに来たアティスが話に来たりした。時たま急患が入った時は診療所内も慌ただしい時があったものの基本的には静かだったな。

 ギルが子どもたちの相手をしつつ、アティスと帝王学や魔法工学について話し合う。そんな穏やかなひと時は互いにとって有意義な時間だったと思う。

 何の危険に襲われることもなくティーヤ地区での穏やかな時は過ぎてゆき、あっという間に別れの日がやってきた。


「国王さま、退院おめでとうございますっ!」


 診療所の扉の前、アサギとスイは笑顔全開で祝ってくれた。特にスイはギルに懐いていたから泣くかと思ったのに、なんか意外だ。


「世話になった。ありがとな、二人とも」

「どういたしまして! 俺も王さまに会えてよかったよ。大人になったら、王さまみたいな一途でカッコいいグリフォンになるんだっ」

「ははっ、おまえなら立派なグリフォンになれるだろう」


 少々スイの言葉が引っかかるのは気のせいだろうか。一途……っていうことは、もしかして俺とギルの関係に気づいてんのかな。さすがシーセスの、いやアティスの息子だ。


「アサギもありがとな。熱出した時はびっくりしたけど、すぐに良くなって良かったぜ」


 知り合った時と同じく少し大きめの白衣に身を包んだアサギにそう話しかけると、彼ははにかみ笑いをしながら会釈した。


「あの時はご迷惑をおかけしてすみませんでした。僕、もともとあまり身体が丈夫じゃなくて……」

「仕方ねえって。イーリィに聞いたけど、妖精族は子どものうちは虚弱体質の子が多いって聞いたぜ?」

「そうなんですよね。もっと父さんみたいに強くなりたいんですけど……」


 イーリィは別格すぎるんじゃねえかな。なにせ、闇組織の元幹部だぜ。弱視なのに優秀な外科医な上に、あれで格闘術まで身につけてるっていうんだからすごすぎる。目標にするには悪くねえんだろうけど。


 騎士のようにアサギのそばに佇む黒毛のキメラは、小さな主人を見上げ困ったように首を傾げている。どうして主人がしょげているのかわからないんだろうな。

 人の言葉を喋ると言っても、所詮は魔物の一種なんだし。


 俺はアサギの前で笑ってみせた。いつもギルがしてくれるみたいに、ぽんぽんと頭を軽く叩いてやる。


「落ち込むなよ! アサギにはアサギにしかない特別なチカラがあるじゃねえか。無属の魔法が使える医者なんて世界中探したってアサギしかいないと思うぜ?」

「……あっ、はい! そうですね。僕、魔法も医師の勉強もがんばります!」


 弾かれたように顔を上げたアサギの顔が明るくなった。

 銀色の髪を揺らし、顔を綻ばせるその姿は、やっぱり女の子みたいで可愛い。


「アサギならいい医者になれるさ」

「はい! でも僕、竜魔術師になるんです。もちろん医師の勉強もするつもりですけど。高位の魔法を扱えるようになったら、いつか父さんの目を治したくて」

「そっか。たしか無属魔法には身体の一部を再生させるってのがあったもんな」


 無属を含めすべての属性を扱うことができる魔法使いの名称がアサギの言う、竜魔術師だ。もちろん無属の人は希少って言われるほど数が少ないから、世界中探したって竜魔術師は数えるほどしかいない。アサギが夢を叶えたら、ますます希少な人材になりそうだ。

 けど、その理由が父親の目を治すためっていうんだから、健気だよな。

 そんな息子を背後で見守るイーリィは困ったように肩をすくめて笑っている。でもどこかしあわせそうな目をしていた。


 子どもに優しいこのティーヤ地区でなら、アサギががんばればきっと夢は叶うだろう。

 今は女顔にコンプレックスを持っているとしても、イーリィの息子だ。きっと大事なものを守れるいい男に成長するに違いない。


「ギル国王、こちらで医療費は負担するって話だったのに、本当にいいのかい?」


 珍しくアティスが困り果てた顔でそう言った。けれどギルは力強く頷いた。


「ああ。俺に金を渡す余力があるのなら、ティーヤ地区で魔法具店の復興にあてた方がいいだろ」


 そうなんだ。ティーヤ地区で起こった揉め事だから治療費を払うというアティスの申し出を、ギルは断ってしまった。

 火事被害にあった店主のことをずっと気にかかっていたらしい。さすが商業国家の国王サマだよな。そういうところはギルらしいっつーか。ほんとお人好しなんだから。


 入院期間中、アティスは幾度も説得を試みたけど、ギルは頑として首を縦に振らなかった。

 溜め息混じりに苦笑しながら、ティーヤ地区の首領はついに観念した。


「わかったよ、ギル国王」


 ところが、だ。この瞬間まで、俺もギルも気付かなかった。アティスはサプライズを用意してくれていたんだ。


「それなら友情の証として、この退院祝いは受け取ってくれないかな」


 そう言って彼が取り出したのは、紺色の包装紙に包まれた化粧箱だった。封を開けてみると、箱の中にはとんでもないものが入っていた。

 強い輝きをもつ蒼玉。よく磨かれたそれは青い魔法光をまとっていた。風竜の魔力の源、サファイアだ。


「これは……」

「ケイに聞いたよ。君たちは魔法具製作のため、風竜の竜石を買い付けに来たんだってね。これはあの燃えた魔法具店の店主から俺が買い取ったものだ。だから安心してもらってくれないかな」


 俺たちは結局、牙炎とのいざこざのせいで竜石を買い損ねていた。

 前にもアティス自身が言っていたように、巻き込まれた経緯だったとはいえ俺たちのおかげで牙炎を逮捕することができた。それだけじゃなく、ルーンダリアと同盟を結ぶことができたんだ。シーセスの王政復興を目指すアティスにとって、今回結んだ縁は大きな一歩だったんだろう。

 サファイアはその礼なのかもしれない。


 目を丸くしていたギルも、アティスが送った感謝の気持ちが伝わったんだろう。

 唇を引き上げ、サファイアがおさめられたその化粧箱を懐に仕舞った。


「わかった。ありがたく貰うぜ」


 その動作で贈り物を受け取ってもらえたのがわかったのか、アティスは嬉しそうに笑った。


「ふふ、これに懲りず今度は二人で俺の館に遊びにおいで。おいしい紅茶とお菓子を用意して待っているよ」

「ああ、それは楽しみだな」


 差し出されたアティスの白い手と骨張ったギルの手が握手を交わす。

 一度別れるものの、アティスとギルの関係はこれっきりじゃない。二人の友情はまだ始まったばかりだ。


 ギルが勇士たちを従えてルーンダリアを取り戻したように、いずれアティスはシーセスに法を敷く王となる。

 夢が実現する時がいつなるのか、まだ誰にもわからない。

 ギルは友を後押しするだろうし俺だって応援したい。子供たちの笑顔のために努力を重ねるアティスはきっと、いい国王サマになるんじゃねえかな。

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