八.ギルも他人のことは言えねえと思うけど
ギルとアティスが同盟の誓約と友情関係を結んでから数日後。
見舞いに来たアティスの手には白地に金の装飾がされたレターセットがあった。さらには羽根ペンとインクまで。すぐにでも手紙を書き送りたいギルの心情を察して、館から持ってきてくれたらしい。
ギルが便箋に向き合い手紙を書いている間、俺はそっと見守ることにした。
白地の紙に羽ペンを走らせるギルの表情は真剣で、表情が少しだけ固かった。もしかしたら緊張していたもかもしれない。
血のつながった弟が相手とはいえ、連絡を取るのは百年単位で久しぶりすぎるもんな。
それでもギルはじっくり時間をかけて手紙をしたためた。
心を込めて書いたギルの手紙は、数日後見舞いに訪れたアティスが責任を持って送ると約束してくれた。アティス自身は土属性と闇属性の魔法しか使えないそうなんだけど、なんでも知り合いに風魔法が使える人がいるらしい。
もちろん手紙が戻ってくることはなかったし、一週間後にはちゃんと返事がきた。
ギルのもとに手紙の小鳥が舞い降りた時は二人で喜んだっけ。
そして今、ギルはライカからの手紙を読んでいる。
俺は丁寧に開いた便箋に目を落とすギルをそっとしておくことにした。ようやく念願の弟からの手紙だ。なんとも思わないはずがないし、俺だったら興奮して泣いてしまうかもしれない。
ギルは俺がいても文句は言わねえだろうけど、気持ちが昂っている時ならなおさら、一人になりたいかもしれない。
手紙の内容は気になるけど、紅茶でも淹れてくることにした。病室に戻る頃にはギルの気持ちだって落ち着いているだろうし。
ところが、だ。
食堂で二人分の紅茶を淹れて戻ってくると、ギルはベッドの上に置いた簡易テーブルにがくりと項垂れていた。
左手で顔を覆い、右腕を力なく投げ出しているその姿が予想外すぎて俺はさすがに焦った。何があった。
「ギル、どうしたんだよ!?」
こんな撃沈した姿は、ルーンダリア城の食堂で一緒に食事をした時以来だ。たしか会って間もない頃で、俺は闇竜との関わりがバレたら処刑されるって勝手に思い込んで、ギルを怖がってたんだよな。で、ギルは怖がられたショックで撃沈してたっけ。
俺が声をかけると、ギルはむくりと起き上がった。続いて口から出たのは、憂鬱そうな深い溜め息。
やけに元気がない。
「ライカ王子から返事がきたんだろ?」
「ああ。ちゃんとライカの言葉で返ってきた。返ってきたんだが……」
自分の口から話すのも億劫だったのかもしれない。
ギルは便箋をそのまま俺に突き出すように手渡してくれた。読んでみろってことらしい。
個人的な手紙なのに赤の他人である俺が読んでいいんだろうかと不安になったが、実際読んでみると問題ないことがわかった。プライベートなことは何一つ書かれていなかったからだ。
数百年ぶりの手紙にしては、内容はシンプルだった。
ゼルスへ連れて行かれたばかりの時は苦労したようで色々あったらしいが、人の縁に恵まれて今は闇組織とは関係のない、国内でも力が強い人の保護下で生活している、という近況が簡潔に記されてあった。
そして、最後には。
ギルの活躍は新聞を読んでいたから知っている。
僕のことよりもまずノエルをさっさと探し出して、きちんと保護して。ノエルの無事を確認したら会いに行くよ。
——というように、向こうは端からギルに会う気が一切ないと思える文面が書かれてあった。
めちゃくちゃドライな性格なんだな、ギルの弟って。なんか意外だ。
「ライカのやつ、俺がどれだけ心配して、必死に探したと思ってんだ、まったく。ほんっとにあいつは子どもの頃からノエルノエルって……! ブレねえよなぁ」
ノエルってギルの弟のことだよな。もしかして、一番下の弟のことなんだろうか。
「ノエルって、前に言っていたもう一人の弟か?」
「ああ。身体が弱かったから、ライカはいつもノエルの面倒を見ていてな。過保護なんだ」
「……ギルも他人のことは言えねえと思うけど」
「ん?」
ギルのやつ、なに不思議そうに首を傾げてんだろうな。
「見ず知らずの俺にキングサイズのベッドを譲ったり、わざわざ国王自ら出向いて朝食が食えるように面倒見たり、ギルだってさんざん俺のことを甘やかしてたじゃねえか」
「いや。それは……普通だろ?」
「普通じゃねえし」
ルーンダリアの王家は過保護な血筋なのかと本気で疑いたくなってくる。
ギルは優しい国王サマだから、俺みたいに右も左もわかんねえ奴が現れたら、きっと同じように優しく援助するんだろう。想像しただけで、なんだか嫌だなと思った。
「ま、その話は置いといてさ! 俺だって色々あったけど、最後にはギルに拾ってもらえたおかげで安全に暮らせてんだ。ライカだって、ギルみたいな優しいやつに拾ってもらえたってことだろ? だから、今のところは安心していいんだと思うぜ」
相手のいない嫉妬をしたのがバレたくなくて、ごまかすために明るく声を張り上げる。ギルの隣のスペースに腰をかけると、俺が体重をかけたことでベッドが少し揺れた。気にせず彼の腕に抱きつくと、面白いくらいにギルがきょとんとした顔になる。
「そう、だな……。ノエルがルーンダリアのどこかにいることは確かなんだ。いつか必ず見つけ出して、ちゃんと三人揃って再会を果たすさ」
さっきよりも弾んだ声が返ってきた。沈んだ気持ちが少しは晴れただろうか。こんな俺でもギルの役に立てたのなら嬉しいな。
「俺はまだルーンダリアの地理はよくわかんねえけど、捜すんだったら力になるぜ」
「ああ。頼りにしているぞ、ヒムロ」
形のいい唇を引き上げて、ギルは顔を綻ばせた。心底嬉しそうなその笑みを見てると、心が浮き立ってくる。
最後にはやっぱりギルは俺の頭をなでてきたけど不満はなかった。そのまま身をゆだね、俺は彼の肩に頭をあずけて甘えることを覚えた。
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