終.エピローグ

 宮廷魔術師として、また魔法具制作の技術士としてルーンダリア城で仕事をするようになってから三年の月日が流れた。


 三年とは言っても、俺たち魔族は長寿の種族だ。体感としてはあまり長くは感じない。

 千影が城に移住し、クリュウが同じ宮廷魔術師として同じ職場に加わった。

 復興してから二百年ほど経っているとはいえ、ルーンダリア城は人手不足らしくやるべき仕事は山のように多い。ケイだけでなくギルまで休みなく働いている。

 魔法具制作に精霊や魔術の研究と、仕事に追われる日々は忙しくも充実した日々だった。


 俺はこの日も、夜遅くまで室内にこもり、書類を前に頭を抱えていた。


 先日、俺とクリュウの職場でもある開発部署に泥棒が入った。

 盗まれたのは魔石が数点。国としての損害は大したことはないから気に病まなくてもいいとギルは言ってくれたけど、管理していたのが俺自身なんだから気にするに決まっている。

 今も在庫管理の書類と睨めっこをしながら、魔石の他に盗られてるものがないか再確認していたのだった。


「ヒムロ、朗報だぜ」

「えっ、もう泥棒捕まえたのか!?」


 前触れもなく扉が開いたかと思えば、ギルが満面の笑顔で飛び込んできた。


 盗まれたものの損失は大したことじゃないと言っていたギルだけど、城に侵入されたこと事態が問題だと断じ調査を開始した。そしてなんとこの国王サマは、ケイと二人で城外へ飛び出し、容疑者と思しき人物を追いかけていったらしい。……結局は誤解だったらしいけど。誰だ、その可哀想すぎるやつは。

 守られるべき国王陛下が自ら城から飛び出すなんて話は聞いたことがない。それはクリュウも同じだったらしく、後で報告をしたら呆れ返っていた。「国王自ら追いかけるヤツがいるか。あのフットワークの軽さはどうにかなんねえのか」と愚痴っていたくらいだ。


 そのやり取りをしたのがつい先日だったから、てっきり俺は泥棒を逮捕できて喜んでいるのだと思ったんだけど、どうやら違ったらしい。

 ギルは首を横に振って、こう続けた。


「泥棒の件はまだ進展していない。良いしらせがあるんだ、ヒムロ。おまえの弟が見つかったぜ」


 おとうとって。まさか。


「嘘だろ!?」

「本当だ。前に泥棒を追いかけた時があっただろう。現場に居合わせたのがおまえの弟だったんだ」


 思わず立ち上がり、俺はギルに詰め寄った。

 ついに冬雪ふゆきが見つかった。けれど、人違いかもしれない。だって、あれから何年経っていると思っている。

 俺はこの数百年の間に背が伸びて大人になった。なら、弟だって同じはずだ。


「……なんでそいつが俺の弟だってわかるんだよ」


 信じたい気持ちと傷つきたくない気持ちが身体の中でせめぎ合う。

 どこかで生きているということだけはわかっていた。とはいえ、この広い世界のどこかにいる生き別れた家族を見つけ出し、再会するっていう途方もない願いが、そう簡単に叶うわけがない。

 実際、ギルだってライカとは連絡を交わしているものの、まだ直接会えていないんだ。


「フユキの特徴ならよく覚えているぜ? 雪のような真っ白な髪に青い瞳の魔族。少し話をしたが、すぐにおまえの弟だとわかったぞ。ヒムロによく似ていたからな」


 輝くような笑みをたたえて、ギルは俺に一枚の紙を差し出した。

 なんで、そんな嬉しそうに笑ってんだよ。


 心の中で悪態をつきつつも、俺はしっかりと受け取り、聞いた。


「これは?」

「フユキの国民証の写しだ。案の定名前は変わっていたが、ライヴァンの貴族の養子になっている。あの国は海賊討伐に力を入れている人間の国家だ。良いところに拾われたのだろうな」

「そっか」


 噂だけなら聞いたことがある。

 ライヴァンの主要港、シルヴァンの領主は海賊討伐を積極的に行う熱い心の持ち主なんだとか。あとアティスみたいな子ども好きらしい。

 子ども好きの施政者のもとで育ったのなら、少なくともアサギやスイみたいに恵まれた環境で育ったはずだ。しかも人間族の国家という表の世界でだ。

 きっとしあわせな子ども時代を過ごしたに違いない。

 そう思うと、自然と笑みがこみ上げてきた。よかった。


「フユキは今旅人の身で、ルーンダリアに短期滞在しているようだ。住所はこの紙に書いてある。おまえと千影ならすぐにわかるだろう」


 ギルの骨張った大きな手のひらが俺の肩をやさしくつかむ。見上げると、すぐ近くでギルがやわらかく笑った。


「今、お前の弟は助けを必要としている。とにかく行って、会ってこい」

「ギル……!」


 冬雪ふゆきが、俺を、待っている。


 目頭が熱くなって、涙があふれそうになった。

 嬉しいのに申し訳なくて、悲しくないのに泣きたくなる。なのに、どうしようもなく愛しくて。

 うまく言い表せない感情が嵐のように身体中を駆けめぐり、俺の情緒をかき乱していく。

 もう、待っているだけなんて無理だった。


 脇目も振らず、広い胸の中に抱きつく。

 ギルは心ごと受け止めてくれた。腕を回し、腰を引き寄せて抱きしめ返してくれた。


 指先からぬくもりを、身体を包み込む力も感じるのに、どうしようもなく不安だった。ギルのためにルーンダリアで生きていくって決めたのに、俺は三年の間なにができただろう。ギルに、なにをしてあげられただろう。


「ギル、俺……、まだ何も返せてないっ」

「いいんだよ、今は。これからもずっと一緒にいるんだろ?」

「……ん。冬雪ふゆきが見つかっても、ずっとそばにいる」


 頷くと、強く抱きしめられた。ギルの腕から力を込められるたび、すごく安心する。心の震えが少しずつ止まっていく。


 冬雪ふゆきが見つかったと、ギルはまるで自分のことのように喜んでくれた。まだ一番下の弟だって行方知れずのままなのに。

 先に見つかってごめん、と口から出そうになって慌ててつぐんだ。

 そうじゃない。謝罪なんて誰も望んでない。こういう時、ギルが喜ぶのは感謝の言葉だ。


「ありがとう、ギル。この恩は一生忘れない」


 厚い胸板に手を添え、そのまま押してギルから離れる。目を丸くする彼に微笑みかけ、俺は首に腕を回し、形のいいその唇に口づけた。

 ほんの一瞬だけの短い時間。

 けれどギルは微笑み返して、キスを返してくれた。


「ああ」


 抱きしめ合っていると高鳴る鼓動を感じる。ギルはいつもみたいに、俺の髪を梳くようになでてくれた。




 ◇ ◆ ◇




 これほど朝日が昇るのを待ち遠しかった日はない。

 どこまでも続く蒼天に絵筆で描いたような白い雲。さんさんと輝く太陽。すべてがこれからの未来を祝福してくれているように感じる。 


冬雪ふゆきに会ってくる」


 城門をくぐる寸前、俺は振り返ってギルにそう告げた。

 ひとつうなずいて、ギルは唇を引き上げ微笑んでくれる。

 

「ああ。別行動にはなるが、俺もやるべきことをしたらすぐに向かう。何かあったら連絡するから、通信じゅを忘れるんじゃないぞ」

「うん。ちゃんと持ってるぜ」


 得意げに笑うと、ギルはぽんぽんと頭を軽くたたいてくれた。


 俺は今まで奈落の底にいるような真っ暗な世界をさまよっていた。何のために生きているのかわからず、絶望したことは何度もある。

 けれど、今はそうじゃない。

 降って沸いた契約破棄がきっかけで始まった就職活動。絶望の果てにルーンダリアに行き着き、俺はギルに出会った。彼は俺に寄り添い、希望の光を与えてくれた。それだけじゃなく、諦めないことと己の力で運命を切り開く方法を教えてくれた。


 どんなに長く思える夜でも、時間が経てば太陽が昇り、朝はやってくる。

 たった一人の家族との再会はもう目の前だ。


「行ってきます!」




fin.

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