七.やっと呼んでくれたな
「ヒムロ、どこに行くんだ?」
照明を落とした暗がりの中でも存在感のある、闇を弾くような金色の髪と雷色の双眸。その目を眇めて、ギルが俺を見ていた。
やば、起こしちまった。
「わ、悪い。すぐにこいつら置いてくるから」
「なにを言ってるんだ。……だめだ、こう暗くてはなにも見えん。悪いが、照明をつけてくれないか?」
「え? うん、わかった」
真夜中なのに、明かりをつけても平気なんだろうか。少し心配になったけど、ギルが望んでるのだからまあいいか。
引き戸の近くにあるスイッチで明かりをつけると、腕の中にいた
「今の、もしかして精霊か?」
「ああ。なんか眠れねえなと思ったら入り込んでいたんだ。ギル、見えるのか?」
「ぼんやりとだけだがな」
「そっか」
精霊たちがいなくなったことで、部屋から出る必要もなくなってしまった。
どうしよう。ここは部屋の明かりを消すべき、だよな……。俺もギルもきっちり眠ったほうがいいし。
頭ん中でぐるぐる悩んでるのが向こうには筒抜けだったらしい。
ギルはにやりと笑いながら俺にこう言った。
「消さなくていい。目が冴えてしまったし、おまえだってすぐには眠らないだろう。せっかくだから二人で話でもしようぜ」
ベッドをソファ代わりに座り、俺はギルに向き合う。
寝起きだからか、ギルは普段結んでいる髪を解いていた。昼間とは違う姿が新鮮で、胸の奥の心臓が騒がしくなる。
話と言ったって、なにを話せばいいんだろうか。
一度、ギルとは二人だけで話をしたいと思っていた。だって、まだ告白の返事ができていない。
なのに、いざ顔を突き合わせるとなんて話しかけたらいいかわからない。
「やっと呼んでくれたな」
「へ?」
「愛称のことだ。昨日からギルって呼んでるだろ」
拍子抜けした。というか、大怪我して入院することになって、明日は手術。なのに、第一声が愛称のことかよ!
「勢いっつーか、緊急事態で思わず呼んじまっただけで。って、まだ愛称にこだわってんのかよ!」
「そりゃあ、そうだろう。嬉しいに決まっている。名前の呼び方一つで相手の距離感は変わるぞ」
出会った頃からギルはいつだってブレない。いつだって素直に自分の気持ちを話す人なんだと、最近になってわかるようになった。笑顔というか、存在感そのものが迫力あるから、怖がられるだけで。
「それに、おまえの言う緊急事態はとっくに通り過ぎたのに、名前で呼んでくれてるだろう。ありがとな」
素直だから、いつだって俺に向けてくる言葉は直球だ。
羞恥心からか、それとも単純な照れからなのか。顔に熱が集まってくる。尻尾のあたりがぞわりとした。
「べ、別にっ、礼を言うほどのことでもねえだろ!」
「国王呼びに戻さないのは、俺に対して親しみを感じてくれているってことだろ?」
「そ、そそそそうだよ! 悪いかよ!」
「悪いとは言ってないだろう。これでも顔を合わせるたびにおまえから国王としか呼ばれなくて、寂しかったんだからな」
ああああ、なに言ってんだ俺。熱病の時みたいに顔は熱いし早鐘を打つ心臓がうるさくて、言うつもりがなかった言葉がぽんぽん出てくる。
なんで俺、こういうことしか言えねえんだろう。もっとギルみたいに気の利いたことが言えたらいいのに。
さびしい、なんて素直に口ができたらよかったのにな。
「ギルは、なんでこんな俺に構ってくれるんだよ」
昼間にアティスと話をして、自分に自信が持てそうだと思っていた。なのに、いざ口から出てくるのは、やっぱりネガティブな内容だ。
いくらポジティブ思考のギルでも呆れたに違いなかった。
「ヒムロのことが好きだからに決まってんだろ」
「だから、なんで俺みたいなのが好きなんだよ! 今回だって、俺のせいで牙炎に関わったせいで手術する羽目になったじゃねえか! 俺が不運体質だから、ギルを巻き込んだんだろ!?」
「ほら、そうやっていつもおまえは思い詰めるんだ。怪我はおまえのせいじゃない。レガリーがやったことだろ」
語気を強めてギルはそう言い切ってくれた。
「奴に挑んだのは俺自身が決めたことであって、ヒムロは悪くない。だがおまえは、なにかあるたびに自分のせいにする。そうやって自分自身を追い込もうとするんだ」
「別に、俺は……」
時たま、ギルは鋭いところを突いてくる。精霊みたいに、言葉にできない俺の心を正確に読み取ろうとしてくる。
「言いたくないことは言わなくてもいいと、俺は思っていた。誰にだって打ち明けられない過去や秘密を抱えている。辛くて苦しい過去でも、蓋にしたまま過ごしていれば時間が解決してくれることもあるだろう。だが、」
不自然に言葉が途切れた。
ふと目の前の気配がなくなって、左手をつかまれた。ギルが立ち上がり、俺の左隣に移動してきたのだ。
「言葉にして話すことで、消化できる思いもあるんだぜ」
「ちょっ、ギル! 安静にって言われ——」
「ヒムロ、おまえは昨日言っていたな。誰かのいのちを助けるために他の誰かが犠牲になんのは、もうたくさんだと」
ぎくりと、肩が震えたのがわかった。たぶん俺の手に触れているギルにも伝わったはずだ。
「海賊に襲撃された時、故郷の村で何があった?」
俺を覗き込むギルが歪んでとけていく。乾いた頬に涙が伝っていくのがわかった。
なんだこれ。全然止まらない。
ふいに腕を引かれて身体を引き寄せられる。初めて会った時と同じで、背中に回された腕は力強くて。頭をぽんぽんと軽く叩かれた。
その仕草はやっぱり故郷で亡くした親父に似ていて、あったかくて安心する。
涙が決壊した。
「……ギル、おれ。俺……っ、俺は兄貴失格だ。だって、」
ギルはなにも言わなかった。ただ抱きしめて頭をなでてくれた。
優しくていつも気持ちに寄り添ってくれるギルは、きっと俺が自分の言葉で話すまでいくらでも待つつもりだったんだろう。
だから俺は、千影にもクリュウにも話したことがない過去のことを打ち明けることができたんだと思う。
嗚咽で思うように声が出せない中、喉を絞り出して吐き出すように、こう切り出した。
「俺のせいで、
季節は長い冬の終わり。雪が溶け始め短い春が始まったばかりの時期。冷えた空気に包まれた朝に事は起こった。
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