四.手術、お疲れさまでしたっ!
感動の再会は一日どころか、ほんの約二時間後に訪れた。
待合室で待っていたら、手術が無事に終わったとイーリィがわざわざ言いにきてくれた。事前説明の通り、縫合の後、治癒魔法をかけて傷を治したからすでに抜糸済みで、外側から見れば傷はないらしい。あとは骨がくっつくまで安静にしてればいいんだとか。
「身体の内側さえ正常に治せば、外側の傷は魔法でどうにでもなるからね」
そうイーリィは言っていた。
絶対安静だと言い渡されているものの、器具で固定されている翼を動かさないのであれば、自由にしていいし食事だってできる。
だから、魔法の眠りから覚めた後、手術が終わったばかりなのにギルは元気だった。
「ちゃんと無事に帰ってきたぞ。ほら、大丈夫だっただろ?」
と、形のいい唇を引き上げて自信たっぷりにギルは笑顔の花を咲かせた。ちくしょう、めちゃくちゃきれいに笑いやがって。
ギルの顔色は悪くない。血色がよく、健康そのものに見える。
ひそかに胸を撫で下ろすと同時、顔には羞恥で熱が集まってきた。
だって、俺。手術直前、今生の別れみてえに悲壮な顔で見送っちまった。手まで握り合ってさ。うわあ、恥ずかしい!
「どうした、ヒムロ」
「……いや、なんでもない」
「何でもなくはないだろ。気にかかっていることがあるなら話してみろ。ほら」
なのにギルときたら、俺の複雑な心境が分からねえのか、ぐいぐいと近づいてくる。
隠し事を匂わせるとギルはいつも過保護になる。俺の気持ちが耳と尻尾でわかるなら、少しは放っておいてほしいんだけど!? こんな恥ずかしいこと話せるわけないだろ。
「何でもねえって! ギルが無事に帰ってきて嬉しいだけだよっ」
嘘は言ってない。言ってないけど、勢いに任せたら本音が口から出ちまった。
案の定、ギルは驚いたように目を大きく見開いている。
「そうか」
挙動不審な怪しすぎだっただろうに、ギルは俺をからかったりしなかったし、突っ込んで質問を畳みかけてくることもなかった。そう短く返して、顔を綻ばせた。おまけに大きな手のひらで頭をなでてくれた。
いつだってギルは俺の言葉を真正面から受け止めてくれる。告白の返事の時、いきなりベッドの上で正座したりして驚いただろうに、故郷の文化や作法を馬鹿にしたり笑い飛ばすことはしなかった。
そういう真面目で真摯な態度は出会った時から変わらないし、ケイも城の兵士やメイドたちもギルのそういうところが好きなんだと思う。やばい、惚れ直しそう。
ギルの手のひらが髪の上を滑らせるたび、胸の奥が熱を持ち心が浮き立ってくる。
高揚感を覚えた途端、ぱたりと尻尾が動いたような気がした。
◇ ◆ ◇
「王さま、手術お疲れさまでしたっ!」
昼過ぎになると、アサギが昼食は運んできた。午前中は姿を見せなかったスイも一緒だ。
俺たち……、というよりギルを見た途端、朱色の両翼がふくらんでいく。喜んでいるようだ。
「おめでとー! 先生は腕がいいからあんま心配してなかったけど、手術成功して良かったよなっ!」
「スイ、おまえも俺の見舞いに来てくれたのか? 朝は姿を見せなかったから、少し心配したぞ」
いつも鋭い印象の瞳を和ませて、ギルはやわらかい声音で話しかける。
ギルは子どもが好きらしくていつも優しい顔になる。特別にスイのことは気になるらしい。同じグリフォンだからだろうか。
スイはアティスの養子だからそう危ない目に遭わねえだろうけど、俺たちだって安全なティーヤ地区で牙炎に遭遇したんだもんな。どこに危険が転がっているのかわからない。
ギルの気遣う言葉を聞いてスイは畳んでいた両翼を震わせた。口を大きく開け、まさにはっとした表情で目を見開き、慌ててブンブンと両腕振り回し始めた。
「王さま、ごめんなー! 午前中は友達の様子を見に行ってたんだ」
「友達?」
「そそ。二年くらい前に引っ越してきた人間族の女の子! この診療所にも通ってる子でさ、色々訳ありで大変みたいだから毎日会いに行くようにしてるんだ。まあ、話をして帰ってくるくらいのことしかしてないんだけどさ」
いつもアサギと一緒にいたスイが手術の直前に席を外していたのは、友達を優先したからだったのか。
ギルと初めて顔を合わせた時は目を輝かせていたくせに、とか一瞬でも思った自分を殴りたくなった。
人間族は弱い種族ではねえけど、魔族たちには怖がられやすい。ずっと昔に、翼族たちを喰らう魔族に対し、軍を組織し立ち向かった歴史があるせいで、いまだに恐れられているんだ。
脅威になるほど怖いのなら排除してしまえばいいと考える輩は、どこにだっている。
訳ありの事情がどんなものなのかよくわからねえけど、スイはその女の子が傷つかねえように守ってやってるんだろう。ギルといいスイといい、グリフォンの人たちは大事なもののためにはブレない心を持っているのかもしれない。
か弱い翼族のような格好だけど、スイの両翼は大きく厚みがあってしなやかだ。身体つきはまだ少年の域は出ないものの、肩幅はアサギよりも広い。案外、将来はいい男になるだろうな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます