四.課せられた制約と過去の悲劇
魔法具を作るには魔術式が必須だ。
剣でも杖でもアクセサリーでも、細い刃物で魔術式を刻み込むことで魔法の効果を付けることができる。
式の組み方を学ぶには、絶対条件として魔法学園と呼ばれる場所に通わなくてはならない。
世界的な大魔法使い〝北の白き賢者〟が守護者としてとどまるティスティル帝国では、魔法に関する技術や特殊な知識を習得することが可能で、そのための学び舎も充実している。逆を言えばティスティルの銀竜魔法学園でなければ魔法具制作の技術を学ぶことはできない。
当然だけど、和国出身で元奴隷の俺はティスティルには行ったことないし学園に通ったこともない。
その代わり、俺は千影から魔法と魔術式の組み方を学んだのだ。そういう意味では千影は俺にとって魔法の師匠でもあるんだよな。
「竜が使う魔術式だと?」
目を丸くしてギルヴェール国王が尋ねた。千影は腕を組んでひとつ頷いて、こう説明してくれた。
「うむ。我らが使う魔法と貴様ら人族が使う魔法は同じではないのだ。ヒムロは〝竜の言語〟と言うが。我らが使う魔術式を読み解き、編み上げる術を教えたのだ。我が子が人の世で生きていくためには手に職をつけるのが必要であろう?」
「なるほど。だからヒムロは学校に行ってないのに魔法具の制作ができるのか」
「あくまで魔術式に関してはの話だがな。ヒムロが細やかな物を作れるのは器用だからだぞ」
「……まあ、ガキの頃は刀鍛冶やってる親父の手伝いをしてたからな」
千影は自分が話すって言ってたけど、結局黙っていられず口を挟むことにした。
それにそろそろ本題に入らねえと、時間を浪費しちまう。ギルヴェール国王だっていつまでも国を空けてるのは良くねえだろうし。
「千影、今日帰ってきたのは仕事のためでもあるんだ。手のかかる魔法具を作りてえんだけど、
「ふぅむ。
珍しいこともあるもので、普段余裕綽々な千影が腕を組んで考え込んでしまった。
眉をひそめ目を閉じて唸っている。
「我のツテならば
「なんでだ?」
「サファイアは風竜の竜石なのだ。しかし残念ながら風竜はすでにこの世界にはおらん。人の手によって討たれたのだ」
なんの前触れもない千影の告白に、俺は言葉も出なかった。
誰もが口を閉ざし、室内がしんと静まり返る。それだけその告白は国王やケイにまで衝撃を与えたんだと思う。
沈黙が続く中、最初に口を開いたのはギルヴェール国王だった。
「それってつまり、いにしえの風竜は俺たち人族の手によって殺されたということか?」
「そうだ」
いつだって千影は誤魔化したり嘘をついたりはしない。どんな事実が隠されていたとしても正直に話してくれる。
今回もそれは同じで、国王の疑問を正面から受け止めてくれた。
「我に貴様ら国のことはわからぬ。だが先ほども言ったように、我らは人族に害をなすことはできぬし、たとえ人族から害を与えられたとしても報復を与えることすらも許されてはおらぬ。それが世界の管理者により課せられた
「その言葉が真実なら、千影。仮に俺たち人族が高価な竜石を目当てに竜退治したとしても、誰からも咎められないっていうことか?」
「うむ。そういうことだ。貴様ら人族にとって価値あるものは竜石だけではないぞ、人の王よ。我の角や鱗から爪の先に至るまですべて、貴様ら次第では強力な道具へと作り替えることが可能なのだ。〝資源〟と言い換えた方が理解しやすいかもしれぬな」
すっと鋭い両目を細めて千影は国王を見つめた。その口は笑ってはいたけど、自嘲気味だ。
心優しいギルヴェール国王はいにしえの竜たちが置かれている現状にショックを受けたんだと思う。どこか痛そうに眉を寄せて聞いていた。
「そうか。納得した。どうりでヒムロが千影のことになると動揺するわけだぜ。仕込み刀をどうやって作ったか聞こうとしただけでなんで過呼吸を起こしたのか不思議でならなかったが……、そうか。いにしえの竜のことを知った俺が一国の王として千影を退治し、資源を手に入れるんじゃないかとヒムロは疑ったんだな」
「えっ、と……うん。実はそうだったんだ。ごめん。俺にとって千影は家族も同然だからさ」
王サマ嫌いだっただけに、最初ギルヴェール国王のことは疑ってかかっていたのが懐かしい。まだ出会ってから一ヶ月も経ってねえのに。
——なんて思うと同時に、国王いう括りでしかギルヴェール国王を見ていなかった自分が嫌になってくる。ただの偏見じゃねえか。
「謝らなくていい。狙われやすい上に反撃もできないんだ。千影の存在を慎重に隠そうとしたおまえの判断は間違ってないだろ」
ぽんぽん、と。
頭に軽い重みを感じたから顔を上げると、ギルヴェール国王の目と合った。
普段鋭い印象のつった両目は和んでいてやわらかい光が宿っていた。昨夜と同じ、優しい目。月夜に黄金色の酒を飲み交わした時、告げられた言葉がよみがえってきた。
——好きだぜ。
不覚にも。その瞬間、一気に熱が顔に集まってきた。
「ちょっ、恥ずいだろ! 子ども扱いすんな!」
思わず国王の腕を振り払ってしまった。嫌だと思ってねえのに。
だって、ここにはケイや千影がいるんだし。
「子ども扱いしてないだろ?」
「だから、そう気軽に誰にでもポンポンすんなっ」
ああああっ、俺のばか! なんで正反対のことばっかり口から出ちまうんだよ。尻尾を振るくらい嬉しいくせに。
ギルヴェール国王は俺の言葉をどう受け止めただろうか。
きっと呆れてしまったかもしれない。
「ふんふん、ヒムロはもう少し素直になった方が良いかもしれぬな」
「なに言ってんだよ、千影まで! 友達だって言ってんだろ」
「ほぅ? 友達、とな」
「そ、そんなことより、風竜がいなくても巣穴で竜石くらいは取って来れねえのかよ?」
そろそろ話を戻さねえといっこうに進まない。決してギルヴェール国王とのことを誤魔化したわけじゃねえぞ!?
それに通信
「ふぅむ。それが無理なのだ。風竜の巣穴の場所はこの大陸ではない。南東の果てにある島——、ヒムロ、お前の故郷に風竜は
「俺の故郷って、まさか和国ジェパーグか?」
「うむ」
なんてこった。風竜は俺と同じ故郷の出身だったのかよ。
ということは、和国のやつらが風竜を殺したってことだよな。そんな事実、聞いたこともねえし。
——いや、待てよ。
「そういえば、ガキの頃に聞いたおとぎ話で似たようなのがあったかもしれない。悪しき
「国にとって都合の悪い過去は事実を歪めて伝えるもんだからな。子どもに聞かせるおとぎ話ならなおさらだ。しかし風竜の巣が和国とはな……。たしかにサファイアを取ってくるのは難しいだろう」
「ええ、和国はいまだ他国と交流を断ち鎖国を貫いてますからね。わずかな隙を突いて海賊に入られているものの、正面からの入国は難しいでしょう。となれば、正規ルートで購入するしかなさそうですね」
あごに手を添えて考え込むギルヴェール国王に、ケイは頷いて同意した。
ケイが言うように正規ルートで購入するつっても、サファイアなんて売ってるんだろうか。
風竜の巣穴が俺の故郷にあるんなら、和国限定の竜石ってことだよな。
「我に値段のことはよくわからぬが、風竜の竜石ならこの近くで売っているのを見たことがあるぞ」
「本当か?」
嫌な予感がした。
千影の巣穴は少し街から離れた森の中にある。金と品物をやり取りする、しかも和国でしか採れない竜石を売買している店なんかそう多くはない。
「千影、待ってくれ。竜石を売っている場所って、まさか」
人の姿を取れるとはいえ、いにしえの竜は俺たちとは似て非ざる存在。
千影はたぶん俺の心を読んだのだろう。唇を引き上げて、あっさりと肯定してみせた。
「うむ、その通りだぞヒムロ。風竜の竜石はシーセスの闇市で取引されているのだ」
うっわ、最悪だ。
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