三.ティータイムという名の酒盛り

 洞窟内は意外と広い。基本的に千影ちかげは竜の姿で移動するから広めに作っているんだよな。

 紫色のほのかな照明の中を歩いていくと開けた場所に出る。そこは壁だけじゃなく、天井や足もとの地面まで紫水晶に覆われた場所。いわゆる竜の寝室というやつだった。


「この部屋は石の数が特にすごいな」

「ここは千影が普段使っている部屋だからな。竜石が特に多いんだ」

「ヒムロ、竜石ってそもそも何なのですか?」


 紫色の水晶がきらきらと輝く部屋を見渡し、ケイが尋ねてきた。

 竜石と言えば、魔法具を作る上では欠かせない大事な素材だ。宝石の一種だから価格だって安くない。そんな貴重な石が苔みたいに張り付いていたら、そりゃ気になるだろう。


「竜石っていうのは、魔力のかたまりなんだよ。いにしえの竜のからだは俺たちみたいに血液もなければ心臓だってない。身体そのものは魔力でできてんだ。ま、からだの中には核っていう、人格を形成する魂の一部みてえなもんがあるんだけど……」


 千影の魔力でできた竜石はアメジスト。闇と破壊を司るだけあって、武器をつくるのに最適な素材だ。


「今の千影は起きてるけど、いにしえの竜は眠ることで魔力をため込むらしい。でもからだに収まりきらなくなると、結晶化してこういう風にからだの外へ出てくるんだ。それが竜石なんだよ」

「出すだけでなく、吐き出すことも可能だぞ? その場合、さらに濃い魔力の石が出来上がるがな」

「千影」


 どうやらしびれを切らして迎えにきたらしい。上機嫌に笑って手招きしつつも、片腕にはしっかりと大きな瓶を抱えている。——って、昼間っから酒かよ! ティータイムって言ったじゃねえか。


「貴様ら早く来い。腰を据えてでなければゆっくり話もできぬではないか」

「わかった。わかったから、そう急かすなよ」

「ふふん、ヒムロが友人を連れてくるなど初めてだからな。我が子のために作った部屋を貴様らに見せてやろう」


 見てくれは絹のような長い黒髪の美男子なのに、言ってることがすでにオヤジ臭い。

 ついには国王とケイの背中を押し、さらに奥——洞窟なのに扉がついている部屋へと促していった。







「うわ、なんだこれ!」


 部屋へ入るなり、ギルヴェール国王はまたも驚きの声をあげた。

 それもそのはず。ここ大陸では見かけない引き戸を開けると、そこはある意味別世界になっていたからだ。


 足もとは千影の魔力で磨き上げた岩肌……ではなく、い草を編み込んで作った特殊な板みてえなもんが敷き詰められている。椅子はなく、平たいクッションが置かれており、テーブルも低い。しかもテーブルからは布団がはみ出ていて、その上にはオレンジが入った籠がひとつ置かれていた。


「ここは我が家のダイニングだぞ。我は魔竜であるゆえ食事は必要ないのだが、ヒムロには必要だ」

「だから千影が俺のためだけに食事するスペースを作ってくれたんだよ。ここだけじゃなくて、風呂やトイレ、キッチンもあるし、俺の自室だってあるんだぜ。わざわざ故郷に似せて作ってくれてさ」


 床に敷き詰めた板みてえなもんは畳、クッションみてえなもんは座布団だ。そして、布団がはみ出ている低いテーブルは——、


「これ、掘りコタツって言ってさ、俺の故郷では冬の定番なんだ。さすがに和国の仕様そのまんまじゃねえけど、千影と一緒に作ったんだぜ。テーブルの下は深くなってるから、ためしに足を入れてみろよ。あったかいから」


 説明しているうちになんか胸が弾んできた。

 そういえば、初めて大掛かりな魔法具を作ったのはコタツが初めてだったっけ。しかも千影との共同制作だ。


「ほんとうだ。あたたかいですね」

「うわ、これ冬に重宝するやつじゃないか。すごいな。これも魔法道具なのか?」


 国王もケイも、初めて見るものに興味津々だ。目を輝かせてくれてるのを見るとこっちまで嬉しくなってくる。

 それは千影も同じみたいで、上機嫌に笑っていた。


「ふふふふふ! そうであろう、そうであろう。なにしろ火竜の巣でくすねてきた竜石を使っておるからな。あたたかくて当然であろう」

「で、その竜石をもとに術式を書き込んで、掘った穴の底に置いてんだよな」

「うむ」


 太い尻尾を左右に振りながら、千影は透明のグラスを三つ用意して、酒を注ごうとしていた。待て待て待て!


「千影、ティータイムなんだろ? なのになんで酒!?」

「うむ。酒ではだめか?」

「……いや、だめじゃねえけど」


 こういう時は茶を入れるのがフツーっていうか。ま、酒好きの千影に人としての普通を言ったってわかんねえよな。


「そう言うなよ。せっかくヒムロの養父殿がもてなしてくれてんだ。俺は構わねえぜ。なあケイ」

「はい。陛下がいいとおっしゃるのなら、俺も構いません」

「うむうむ。今宵は良い夜になりそうだ」

「まだ真っ昼間だぜ、千影」


 二人の了承が得られて、ますます嬉しそうだ。他の竜がどうかわかんねえけど、千影は酒盛り大好きだからな。俺以外の誰かと一緒なんて初めてだし。

 酒はぶどうの果実酒のようで甘かった。たぶん俺の好みに合わせてくれたんだろう。

 どこからかツマミのチーズまで出してきたりして、用意周到だ。たぶん俺が帰ってきたら一緒に呑むつもりだったんだろうな。


 俺たち三人と千影でしばらく他愛のない話をしていた。

 本来俺たち人族とは関わり合いにならないのがいにしえの竜なんだけど、千影は人族に関心を持っている上に創世の時代から生きている。歴史を見てきた者としての話は面白かったらしく、国王もケイも千影にたくさん質問したりしていい時間になった。


「そういえば、聞いてみたいことがあったんですよ」


 談笑の時間、ケイが切り出したのは突然だった。

 リラックスした酒の席だったからなのかもしれない。完全に油断していた俺は、今更すぎる問いかけに背筋を凍らせることになった。


「ヒムロから魔法具の制作は独学だという話を聞いていたんですが、そんな専門技術をどうやって学んだのですか? 魔法具制作は特殊な技術と知識が必要だと聞きます。学校にでも行って学ばない限り、習得できないと思うのですが」


 俺と千影に向ける赤い瞳にはただ純粋の興味しか映っていない、と、思う。

 初めてギルヴェール国王やケイに会った時も聞かれたっけ。あの時は初対面だったし、色んなことが起こりすぎてパニックになって、その質問には答えないまま自然と流れたんだった。


「それは……」

「ヒムロ、嫌なら無理に答えなくてもいいんだぜ」


 俺の心の中はいつだってギルヴェール国王には筒抜けだ。尻尾の動きでバレてるっていうのはわかってきた。また、神経質な俺を真綿でくるむように、国王が俺を甘やかしてくれるパターンも。

 そして俺自身、その優しさに甘えてしまいたくなる。


「ギルヴェール国王」

「俺は言いたくないことを無理やり聞き出すつもりはないし、おまえのことは信頼している。それに、隠すのは千影に関係してることだってのはなんとなくわかるからな」


 もしかすると、国王の寝室でぶっ倒れたあの日に俺が取り乱したことをギルヴェール国王は思い出したのかもしれない。

 初めて会った時は怖かったし、信用もしていなかった。国王という括りでしかギルヴェール国王のことを見ていなかったからだ。

 けれど、今は違う。俺だって国王が優しいひとだってことはわかっているし、理由もなく非道なことはしないって信じている。

 だから国王とケイになら、打ち明けてもいいのかもしれない。


「ふぅむ、なるほどな。ならば、ヒムロは我のことを心配して口外しないと決めていたのであろう」


 唇を緩めて、瓶から酒を自分のグラスに注いだ。もう瓶をかなり空けてると思うんだけど、千影の顔色はシラフの時と変わらない。つーか、それ何杯目だ?

 もしかして千影も俺の心を読んだのだろうか。二の足を踏んでいる息子の代わりに、自ら話す気なのか。


「どういうことですか?」

「我らいにしえの竜は制約が多いゆえな、心配事は多い。人族に危害を加えられぬというのもその一つよ。ゆえにその問いかけには我が答えよう」


 グラスの中身をひと息にあおって、千影は唇を引き上げた。テーブルにひじを付き俺たちを見回したあとで、魔王のような風貌の養父はこう打ち明けたのだった。


「ヒムロに魔法具の制作方法を教えたのは我だ。正確には、我々いにしえの竜が使う魔術式の組み方を、特別に伝授したのだ」

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