二.闇と破壊を司りし竜

 文献を調べたところによると、世界にもいくつか竜の巣穴は存在しているらしい。


 巣穴と呼ばれる洞窟とは言っても、意外と中は暗くないしたいまつや魔法による照明は必要ない。ほのかな光を放つ紫水晶。岩壁に張り付くその竜石が照明代わりになっている。

 見てくれはとても人が暮らすには不向きな岩の洞窟でもごつごつした岩肌は天井だけで、足場となるむき出しの地面は真っ平らだ。まるで舗装された街道のよう、と言った方が想像がつくだろうか。


「中は意外と明るいんだな」

「そうですね。洞窟の中とは思えないほどに歩きやすいです。足を取られたり、滑りやすくなっていたりするものだと思っていたのですが」

「ガキの頃はこんなにきれいな地面じゃなかったんだぜ。ただ、俺が滑って転ぶから千影が平らにしたんだよな」


 俺はともかく、ギルヴェール国王とケイにとってはやっぱり物珍しいらしい。二人の感嘆をあげる声が洞窟内で反響していく。

 薄暗い中、半透明な紫色の石からほのかな光がともる光景は幻想的だ。

 初めて足を踏み入れた時は無我夢中で感動のひとかけらだってなかったけど、住み慣れた今になってもきれいだって思うもんな。


千影ちかげが平らにしたって、ドラゴンの手で岩をなめらかに削ったということか?」

「ああ、そうだぜ。いにしえの竜は穴掘りの名人だからなっ」

「穴掘り得意ってレベルか、これ。刃物で削ったみたいじゃないか」

「そうですよね」


 ギルヴェール国王もケイも訝しんだ表情で俺の話を聞いている。

 俺たちの感覚で言えば、穴を掘るっていうのはシャベルなどの道具を使う。ある程度シャベルの背で叩けば土の地面をならすことはできるけど、岩みてえな硬いものは無理だ。舗装するには砕いて取り除くしかない。

 だから足元が真っ平らな洞窟を竜が掘ったものと言われたって信じがたいんだろうな。


「いにしえの竜は俺たちみたく道具や身体を使って掘るんじゃなくて、魔力で掘るんだ。だから岩をきれいに削るのも簡単なんだよな」

「じゃあ一種の魔法を使って掘るということか?」

「そういうこと。と言っても、俺たちが扱う精霊魔法とは違うんだけどな。竜が使う魔法っつーか……」


 わかりやすい言葉で説明するのは難しいな。どう言えばギルヴェール国王とケイに伝わるんだろう、——と。

 思案を巡らせようとした時、ふいにソレは頭の中に響いてきた。


『ヒムロ』


 鼓膜ではなく、頭の中に直接言葉が響くこの感じ。俺たち魔術師や精霊使いならピンとくる。

 俺たちみたいな人族じゃなく、人外の声。精霊か、目をすることさえ稀だと言われる幻想種。創世の時代より生きながらえし種族、いにしえの竜だ。


「千影?」


 俺たち三人の前に大きな影が下りてくる。

 幌馬車を軽く超える巨体。闇色の鱗に覆われた大きなドラゴンが俺たちを見据えていた。頭にはねじれた角と鼻先の小さな角。ゆっくりと動く太い尻尾にも鋭いトゲがついていて、見てくれはかなり攻撃的な印象を受ける竜だ。

 地を這うような声音で、千影は大きな口を開く。


『ヒムロ、ようやく帰ったか。心配していたのだぞ』

「遅くなって悪かったよ。えっと、今日は友達? を、連れてきたんだけど……」

『ほぅ? 友達とな』


 宝石みたいな瞳をすがめ、千影が国王とケイを見たのがわかった。

 大丈夫だ。自己紹介のことはさっき言ったから、二人ともちゃんと挨拶してくれる。たぶん。


『貴様らの名は?』

「ルーンダリア国王、ギルヴェールだ」

「俺はギル陛下の近衛騎士です。ケイといいます」


 細くなった瞳をますます細め、千影は低い声で唸る。

 あれ、今日はずいぶんためるじゃねえか。大丈夫だよな? 千影、国王とケイによな?


『よかろう。ギルヴェールとケイ、貴様らがヒムロの友人であるというのなら、特別に我の巣へ入ることを許してやろう』


 反響する洞窟内で千影の笑い声が響く。つーか、これ高笑いだ。何のパフォーマンスなんだ、これ。


『ヒムロより聞いているだろうが、我も名乗ろう。我は闇と破壊を司るいにしえの魔竜。本来ならば名を持たぬ存在ではあるが、我が子より贈られし〝千影〟という名がある。貴様らにも我を名で呼ぶことを許そうではないか』


 見てくれは凶悪なドラゴンが、魔王みてえなことを言って胸をそらしている。いや、魔竜だから魔王っていうのもあながち間違いじゃねえのかな。

 朗々たる笑い声が響きわたり、さすがのギルヴェール国王もケイもぼう然としている。

 自分でもぎこちない動きだってわかるくらいにゆっくりと振り返りながら、俺はフォローに回った。


「ははは、ちょっと言動は変わってるけど千影は基本的に良いやつだからさ! ははは……」


 絶対顔が引きつってたけど、もう笑うしかなかった。


『なにを言っている? 我は魔竜であるぞ』

「だから、もう魔王ムーブはいいって! 国王もケイもびっくりしてるだろ!?」

『ふむ。我が子がそう言うのであれば仕方あるまい。どれ、我も貴様らのサイズに合わせるとするか』

「——え」


 初めに反応したのは国王だった。


 はたと気付いた時にはすでに遅く、千影の大きなからだの輪郭が光り、溶け始める。

 見上げるほどの巨体がみるみるうちに縮んでいき、細くなり、最後には同じくらいの高さに。丈の長いロングコートをまとった長身の青年、いわゆる人の姿になったのだった。

 まあ、人の姿つっても、こめかみの上あたりからはねじれた黒い角は生えてるし、背中からは皮膜の翼、腰のあたりからはトゲのある太い尻尾が出ている。ひと目で人外だってわかる特徴だ。


「おまえ、人の姿を取れるのか!?」

「人の王よ、なにを驚くことがある? 我は魔竜であるぞ。これぐらい造作もないわ」


 どうやら今日の千影は機嫌がいいらしい。本日二度目の高笑いを聞きながら俺はぼんやりと考える。


 ギルヴェール国王と話していて、彼の「俺は国王様だぜ?」っていうセリフを聞くたびに、心のどこかで聞いたことあるなとは思っていたけど。

 そうか。

 千影の口癖に似てたんだな。納得した。


 ——って、そんなどうでもいいことを考えてる場合じゃない。


「さて、ここで突っ立ったまま話していても仕方あるまい? 奥へ進むがよい。皆でティータイムにしようではないか」


 そう言うと、くるりと身をひるがえして千影は先に行ってしまった。相変わらずのマイワールド、マイペースっぷりだ。


 ギルヴェール国王は大丈夫だろうか。あまりにキャラが濃い千影に圧倒されてねえかな。

 そっと見上げて顔色をうかがってみると、ほぼ同時に雷色の瞳が俺を見る。端正な顔を向けられ、どきりとした途端に尻尾の毛が逆立った。やべ、また顔が熱くなりそう。

 そんな俺のドギマギした心境とは反対に、ギルヴェール国王は別のことが心にかかってたらしい。

 千影が歩き去って行った向こう、洞窟の奥を指さしながらこう言った。


「ヒムロ、いにしえの竜もティータイムを楽しむんだな」

「いや、それはない。たぶん、ギルヴェール国王たちが来てくれてはしゃいでるんじゃねえかな。俺以外の人族が遊びに来るのは初めてのことだろうし」


 言葉にしてから、千影の上機嫌の理由がわかったような気がした。

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