第四章 帰省という名の実家訪問
一.従者の正体
世界には二つの大陸があるという。
ゼルス王国とルーンダリア国があるのは西大陸。海向こうにあるのが、前に住んでいたシーセス国がある東大陸だ。
西大陸と東大陸。二つの大陸は海に隔たれているから、千影の巣穴へ向かうには当然移動手段は限られてくる。渡航か、俺たち魔族お得意の転移魔法かだ。
どちらかを決めなくちゃならないんだけど、ギルヴェール国王は即決だった。
「転移魔法だな。長いこと城を開けておくわけにはいかないだろ」
いつになくいい笑顔でそう言うもんだから、とりあえずツッコミを入れることにした。
「別に無理してついてこなくていいんだぜ、国王」
「無理なんかしてないぞ。いにしえの竜と対面するまたとないチャンスだし、おまえの養父には上司としてきちんと挨拶せねばならないだろう?」
余裕の笑みをたたえて言ったその言葉の裏には別の意味が含められてる気がした。
国王の真意が知りたくて、尋ねてみる。
「上司として?」
「今のところはな」
「……そっか」
シンプルで短い返答だった。
俺が国王の告白を受け入れるなら、近い未来では俺とギルヴェール国王の関係は変わっている可能性がある。まるでそう言われてるみたいで、顔に熱が集まる。
一夜明けて、景色ががらりと変わった。消えたいなんて思うのをやめ、唯一の家族、弟を諦めないと決めたんだ。
俺はギルヴェール国王を恋愛対象として意識し始めたし、国王本人からも告白されている。だったらこの瞬間にでもすぐに返事すればいいのに、国王の顔を見るとなにも言えなくなっちまう。
「ん? どうした、ヒムロ?」
「べ、別になんでもねえよ」
「そうか? ならいいが。あ、そうだ。言い忘れていた。今回の旅にはケイも同行するからな」
「ええっ、ケイも!?」
俺たち魔族にしてはそこそこ体格がいい赤髪の騎士。たしかギルヴェール国王の近衛騎士でもあるんだっけ。
だったら、ついてくるのは仕方ない。お忍びとはいえ、国王が護衛も付けずに他国で旅行っていうほうが問題だもんな。
わかってはいるけど、ケイが一緒とは気が重いぜ。あいつにヤキモチを妬いたのが昨日の今日っていうのもある。
けど、初めて顔を合わせてから彼のことは苦手だ。
俺と違って口調は礼儀正しい敬語だし、俺みたいなよそ者のキツネにも敬意を持って接してくれる完璧な騎士だ。嫌いになる要素はあんまねえはずなのに。
ただ、あの赤く輝く髪を見ていたら、心臓を掴まれているような思いにとらわれるんだ。
そう。ケイはなにも悪くねえのに、俺は苦手だからって彼のことを遠ざけている。
はあ、俺ってサイテーだよな。
「何をため息ついている?」
「いや、別になんでもねえよ」
「おまえはそんなにケイが苦手なのか?」
またしても、ギルヴェール国王はぴたりと俺の心の声を言い当ててみせた。
途端に身の毛……というよりも、尻尾の毛が逆立つ。
「勝手に心を読むんじゃねえよ! お前は精霊か!」
「はははっ、ヒムロうまいこと言うな。そう言えば、中位精霊は俺たち人族の表層心理を読むと聞いたことがあるぞ」
「話をそらすんじゃねーよ!」
俺がどんなに生意気な口をきいたって、ギルヴェール国王は笑い飛ばしてくれる。
自分の近衛騎士にため息をつくとか、フツーの国王なら腹立てるもんなんじゃねえのか?
なのに、今も俺の背中を軽く叩いて元気づけようとしてくれる。優しすぎだろ。
「そう邪険にしてやるな。ま、ケイは人狼の部族だからな。妖狐のおまえが苦手にするのもわかるが」
「えっ」
つかまれていた俺の心臓がぎゅうと縮こまっていく。
何気ない国王の発言が俺にとっては爆弾発言だった。
ケイが人狼——、つまり狼だと?
背が高く、引き締まった筋肉とがっしりとした体格。しなやかでバネのある身体。
なんで俺は気付かなかったんだ。
それらの特徴は人狼の部族の証だっていうのに。
赤く輝く髪に、ルビーのような真紅の瞳。
赤は嫌いな色だ。身体に深く刻まれた傷痕が、俺の凄惨な過去を呼び起こす。
ケイが人狼の部族なら、苦手で当然だ。
いや、ケイ本人が悪いわけじゃない。
一番の問題は俺。炎のような紅い狼は今も心の傷となって、俺を苦しめ続けている。離別してからずいぶん経つのに、過去を乗り越えられない俺が悪いんだ。
かつて無法国家シーセスで、一部の地域を縄張りとした首領。
その狼こそがかつて海賊から俺の身柄を買い取り、暴行を加えた相手なのだ。
ケイとは別人で赤の他人だ。だからあいつは悪くない。
それよりも気をつけなければ。
俺は国王とケイを連れて、シーセスに行くんだ。何が起きてもおかしくはない。
牙炎が十中八九ドラゴンの巣穴に近づくことはねえだろうけど。万が一でも、幸運の精霊さえも味方につけるあの狼と出くわすことになれば、一貫の終わりだ。
◇ ◆ ◇
正確なことを言うと、魔竜の巣穴はシーセス国の郊外にある。
シーセス国と魔族が治めるティスティル〈銀河〉竜帝国にかけて広がる樹氷の森。その最奥には大きな岩の洞窟がある。
「しっかし、このあたりは冷えるな」
「そうですね。ルーンダリアも冬は寒いですが」
ケイと国王は互いにそんな会話を交わしながら白い息を吐き出した。
相変わらず仲が良さそうな二人に平常心ではいられないけど、ギルヴェール国王から気持ちを聞いているし、前よりは心穏やかでいられてる……気がする。
出発の日から一分も経たず、俺たちは転移魔法で洞窟の前にいた。
魔族だけが使える転移魔法は一度行ったことがある場所なら一瞬のうちに移動できる。直接触れれば何人かは連れてくることもできるんだよな。
ただそれも、竜の巣穴の入口までだ。
「ギルヴェール国王、ケイ、あらかじめ言っておく。いにしえの竜の巣穴は一種の魔防結界になっていて魔法は使えねえんだ。だからいざって時に転移魔法は使えねえから気をつけろよ」
「へえ、そうなのか。ま、俺たちも日常的に転移魔法を使うわけではないから大丈夫だ。魔力には限りがあるからな。なあ、ケイ」
国王に水を向けられても、ケイは動揺しなかった。笑顔でうなずいている。
狼だという正体を知って正直ビビりまくってた俺だけど、基本的にケイの物腰はやわらかで丁寧だ。牙炎みてえな乱暴者とは違う。
部族で差別して遠ざけるなんてただの偏見だ。平常心、平常心。ケイは大丈夫だ。
「あ、あと千影に尋ねられたらちゃんと名乗れよ。フルネームじゃなくても構わねえから。竜によってちがうけど、千影はそういう礼儀を重んじるところあるんだよな」
「解りました。ヒムロの養父だという話ですし、きちんとご挨拶しますね」
「お、おう」
にこりとケイが笑う。そのやわらかで美しい笑みをまともに見れず、俺はつい目をそらしてしまった。
一礼をする動作は見事なまでの完璧な身のこなしだし、ケイはいつだってきらきらしていて、騎士の服を着こなすお貴族サマって感じだ。俺みたいな泥まみれで生きてきたキツネとは全然違う。
城内の警備に国王の補佐として政務もこなすほど多忙な生活をしてるのに、いつ話しかけてもケイは嫌な顔をしたことがない。普通に良いやつだと思う。つい嫉妬したのは彼が俺よりも立派だと思ったからなのかもしれない。
それに比べて俺はどうだ。少し国王と親しげだからって、イライラしてみっともねえ。なんて器が小さい男なんだ。
「さ、早く入ろうぜ。俺が中まで案内してやるよ」
ちゃんと笑えていたかはわからない。笑えていても、尻尾と耳の動きでバレバレだったかもしれない。
それでもギルヴェール国王もケイもなにも指摘せず、俺の提案のうなずいてくれたのだった。
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