五.狐狩りの被害者

 うぐ、鋭い。そもそも魔族であることを隠すために耳と尻尾を出してるわけじゃない。意識を失った今も、尖った耳じゃなく狐の耳としっぽが出てるってことは、これが俺の本来の姿ってわけで。


「その通りだ。俺は魔族で、妖狐の部族だ。けど、こんなナリしてるのは騙すってわけじゃなくて——」

「あー、そのことについてはわかってるから大丈夫だ。昔はこの国も荒れてたからな。獣系の魔族はおまえみたいな境遇のやつが多かった。和国の魔族なら、おまえも苦労が多かっただろ」

「妖狐を知っているのか?」

「希少性については有名な話だぜ? 南の果てにある和国ジェパーグには妖狐の魔族が多く住んでいる。やつらは変化へんげという幻術に似た特殊な能力を持っており、その能力の希少性から海賊たちによる狐狩りに遭っている、ってな。鎖国し国交を完全に絶っている和国の者がこの大陸にいるってことは、大抵の場合、狐狩りの被害者なんだよ」

「そうだったのか……」


 だからゼルスのやつらも俺が狐の姿をした魔族だと気付いて、執拗に狙ったんだろうか。


「おまえは面白いやつだなヒムロ。和国出身の者には何度か会ったことはあるが、大抵は魔法を苦手とする剣の使い手だった。だがおまえはどこをどう見ても魔術師だ。いや、向こうの言葉だと法術師と言うんだったか?」

「……よく知ってるな」

「ふふん、俺は国王様だからな。これくらいの情報収集くらいお手のものなんだぜ?」


 国王は勝ち誇ったような顔で笑った。えらく得意げだ。これがドヤ顔ってやつかもしれない。


「ヒムロ、おまえは初めは商工会に顔を出したそうだな。魔法具の取り引きがしたいのか?」

「お、おぅ。そうだ」


 あれ。今更だけど、さっきから国王陛下相手にため口きいてないか、俺。

 めちゃくちゃ失礼な態度だよな。不敬罪とかで捕まらないんだろうか。


 でもそばにいる医者はにこにこ笑ってるだけだし、国王のそばにいる従者は口を挟む様子もなく、ただ控えているだけ。

 国王本人も機嫌よく笑ってるし。

 大丈夫、ってことか?

 これがルーンダリアの国風ってことなんだろうか。だいぶおおらかな国なんだな。


「そうそう、勝手で悪いと思ったが、これ見させてもらったぜ」


 しゃらん、と涼やかな音が耳をかすめた。すっかり耳馴染みとなった音に心が逸る。


「ああっ、それ! 俺の相棒っ」


 どこに立てかけておいたのか、ギルヴェール国王が取り出したのは愛用している俺の錫杖だった。魔術師の杖代わりに使っている俺が大事にしている武器で、仕込み杖にもなっている。


「これはおまえのものだ。そんな焦らなくても盗らないから安心しろ。ヒムロが寝ている間に軽く調べていたんだが、驚いたぞ。これ、剣にもなるんだな」


 腕を伸ばして止めようと思ったけど、すでに後の祭りだった。

 滑るような金属音が部屋中に響いた直後、漆黒の刀身があらわになる。


 夜空をそのまま切り取ったかのような黒い輝きをもつ片刃刀。形は故郷の技術に似せて作った特別性だ。

 受付嬢に見せた宝石の剣とは比べ物にならないほどの精巧に作った魔法製の武器。

 どこにも売りに出さないつもりで作った、世界で一つしかない俺だけの和刀だ。


「俺も今まで魔法剣を数多く見てきたが、これはただの魔法具ではないだろう。原材料は何だ? ただの竜石ではないな?」

「う。そ、れは……」


 どうせ捕まるのなら素性を明かしても構わないと思っていた。けれど他人を巻き込むのはどうなんだ。かけがえのない家族を危険にさらしたくはない。

 俺の作る魔法具には、ほとんど千影からもらった素材が使われている。竜石ひとつとっても市場では高値で取り引きされているから、簡単には手に入らないんだ。

 特に、世界にひとつだけのこの和刀には、竜石よりも希少な材料を使っている。それは——。


「……爪だ」

「なんだと?」

「それはいにしえの魔竜により貰い受けた爪を使って加工した武器だ。魔竜は破壊の属性を司っている。その爪を原材料にしてるんだ、その刀に切れないものはない。魔法による結界だって切ることが可能だ。だから」

「ちょ、待て待て。そんな専門的な話を一気にまくしたてられても理解が追いつかん。もう一度ゆっくり——」


 もうなにも考えられなかった。

 俺の身がどうなるとか、処刑されることとか、どうでもいい。


「頼む! 何でも話すし、欲しいならその武器だってくれてやる。だから千影をそっとしておいてくれっ」

「だから落ち着けって」


 自分の口からもれる浅い呼吸が耳につく。

二回目に回された腕が現実のものだと理解した。視界には宮廷服の深い青が一面に広がっていたから。

 

「ヒムロ、おまえには何もしないし、おまえから何も奪うつもりはない。約束する」


 震える耳もとでそうささやかれ、俺は黙ってうなずく。どんなやつの言葉だって信用できなかったけど、その言葉だけは本物かもしれないと思ったからだ。

 遠い過去に、俺が故郷や家族を奪われたのと同じく、ギルヴェール国王自身も家族を失っている。その事実を知っていたから、信じられると思えたんだろうか。奪われる痛みを国王は知っているんだよな。

それとも、一度目の発作の時、過去の夢に心折れそうだった俺を力強く励ましてくれたからだろうか。


 阻害されていた呼吸がもとに戻ってきた。

 ほうと息をついたあと、国王はすぐに腕を解いてくれた。

 なんだ、そのリアクション。まるで心底俺のことを心配していたみてえじゃねえか。


「とりあえず、今日はこのまま休め。特別に泊まらせてやる」


 抜き身の刀を錫杖の形に戻し、ベッド脇へたてかけるとギルヴェール国王はそう言った。

 あまりに突然すぎる展開に時間が止まる。


「——へ? 泊まるって、どこに」

「俺のこの寝室に決まってんだろ?」


 面白がるようににいっと笑って、ギルヴェール国王はそう言った。


「ええ、ええ。ヒムロ様は病み上がりですからその方が良いでしょう。部屋を移すとお身体に負担がかかりますからね。さすが陛下、懐が深い」


 と、医者はのたまっている。

 そこは臣下として反対するところなんじゃねえの!?


「陛下がそう決められたのでしたら、俺に異論はありません。こんな弱った狐ごときに陛下が不覚を取ることはないでしょうし」


 赤髪の従者まで賛成する始末だ。つーか、言ってることが失礼すぎねえか?

 誰が狐ごときだよ!


「そういうことだ。国王様のベッドを貸してやるんだ。今夜はゆっくり休んどけ」


 次々と外堀を埋められ、最後にはギルヴェール国王には笑顔でそう押し切られ。

 嫌だとは言えないまま、俺は国王専用の広くてふかふかのベッドにそのまま世話になることになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る