四.寝室での目覚め

「…………もう、だめじゃないですか、陛下!」

「なんだよ。俺が悪いのかよ」


 ぼんやりとした意識の中、話し声が聞こえてきた。

 一人はルーンダリア国王だとわかる。もう一人は誰だ?


「陛下はただでさえ人相が怖いんですから、もうちょっと自覚してくださらないと」

「そんなに俺は顔が怖いか!?」

「……そうですね。俺も初対面はかなり怖かったです」

「おい、嘘だろケイ!」


 またもう一人知らない声が混ざってきた。


「ただでさえ獣人族はグリフォンの魔族を怖がるんです。もっと自覚していただかないと!」

「だーかーらー、こいつのどこが獣人族なんだよっ! こんな尻尾が何本もあるやつ、どう見ても魔族だろ」

「陛下、我々魔族の特徴は尖った耳だと相場は決まってるんです。それに狐の魔族なんて聞いたことないですよ」

「あのな、おまえは知らねえかもしれないが——」


 ちょっと待て。今、なんつった!?


「しっぽ!?」


 意識が完全に覚醒した。がばりと勢いよく起き上がれば、ベッドの周りを取り囲んでいた男たちが一斉に視線を向けてくる。

 予想通り、ベッドサイドにはギルヴェール国王がいた。その隣には初めて見る背の高い赤髪の男がいる。反対側には白衣を着た年嵩の男が立っていた。身なりからして医者っぽい、けど——。


 三人が俺に注目したのは一秒にも満たない短い間だけだった。

 すぐに視線をそらすと白衣の男は腕を組み、不機嫌な顔で国王にさっきの続きを話し始める。


「それに、たとえ彼がキツネの魔族だったとしても、です! 陛下は泣く子も黙るグリフォンの部族なんですから。グリフォンはキツネの天敵です。脅かしたらだめじゃないですか」

「あー、わかったわかった。俺が悪かったよ。……ったく、ちょっと問い詰めただけだってのに」


 俺は無視かよ!?

 いや、逆に質問されても困るけどさ。一体全体、何がどうなってんだ?


 部屋を見渡してみれば天井からは豪華なシャンデリアがぶら下がっていて、国王たち三人の向こうには赤い革張りソファーが見える。

 足の下はやわらかなベッド、天蓋から下がっている薄いカーテンが、今は開いている。って、天蓋付きベッドぉ!?

 まさか俺、国王のベッドで寝てんのか!?


「目ぇ、覚めたみてえだな」


 どうやら俺を完全スルーしていたわけではないらしい。

 俺を見下ろすなり、ギルヴェール国王は迫力のある笑みを浮かべながら、黄金の瞳を細めた。


 猛禽を思わせる鋭い瞳と低い声。たったそれだけで、全身の毛が逆だっていく感覚がした。


「だから陛下、それです。凄んじゃだめですってば! 怯えてるじゃないですか」

「凄んでねえよ!」


 もしかして無自覚だったんだろうか。嘘だろ。めちゃくちゃ迫力のある顔だったじゃん。

 というか、たぶんこの医者。王宮付きの医者なんだろうけど、国王に対する態度がフランクすぎる。気軽すぎるっていうか、なんつーか。


 たぶん、物言いたげな態度が顔に出てたんだろう。

 医者はベッドのそばにある背もたれ付きの椅子に腰掛けると、目もとを和ませてこう説明してくれた。


「あなたは過呼吸の発作を起こして、倒れたんですよ」

「へ? かこ、きゅう?」


 中途半端な俺の言葉に医者は頷く。


「ええ、そうです。その場に居合わせたギルヴェール国王陛下があなたを落ち着かせたあと、慌てた様子で医務室にまで呼びに来てくれましてね。いつも私を呼びに来る時は城に常駐している兵士かメイドを通すようにと言ってるんですが。あ、これは失礼。話が脱線しました。ほんとフットワークが軽すぎて、陛下は。困ったものです」


 いや。話戻せてねえし。脱線したままじゃねえか。


 やけに息ができねえって思ってたら、あれ発作だったのか。知らなかった。

 それに落ち着かせたってどういうことだ?


 ゆっくりと視線をめぐらせば、鋭い雷色の瞳と目が合った。

 ギルヴェール国王は、俺の疑問を見透かしたように、形のいい唇を開き、


「悪かったな、おまえの親父じゃなくて」


 意地の悪そうな顔で笑った。


「うわあぁぁぁぁぁ!」


 嘘だろ。あの時抱きしめて背中叩いてくれたのはギルヴェール国王だったのかよ!?

 いやそれ以前に、あれは現実で起きたことだったのか!

 マジで!?


 あんな、玉座でふんぞり返ってそうな国王サマに、俺はガキみてえになだめられたっていうのかよ。信じらんねえ。恥ずかしすぎる。穴があったら入って閉じこもりたい。


「陛下、脅かしちゃだめですって」

「悪い悪い。さて、ヒムロ。いい加減おまえの正体を教えてくれてもいいだろ。どうせ変装は解けてるんだ」


 うう、たしかにもう観念するしかねえよな。

 変化へんげを持続させるには集中力が不可欠だ。意識を手放した途端、虚構の姿は剥がれ落ちてしまうのだ。今の俺はもうメイド姿じゃねえし、邪魔だからって常に一本にかしていた尻尾も九本に戻っている。


 ん? 待てよ。今、ギルヴェール国王、なんて言った?


「え、なんで俺の名前……」

「商工会の受付の者が紹介したいと言っていた客人はおまえのことだろう? 異国風の衣装を身にまとった魔術師。白藍しらあい色の耳と尻尾が特徴的な獣人の男だと聞いているぞ」


 そうだった。俺がそもそもこんな状況に陥っているのは、受付嬢が大手の顧客としてギルヴェール国王を紹介しようとしたからなんだった。

 そりゃ国王に会わせるんだから彼女だって名前くらいは伝えるよな……。


「だが見たところ、おまえはどこをどう見ても普通の獣人じゃねえ。どこの世界に尻尾が九本の獣人族がいる? これは俺の見立てだが、おまえは魔族だろ」

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