〈幕間一〉雷光の獅子王と赤髪の従者

「ギル陛下、こんな夜更けにどこへ行くんです?」


 しんと静まり返った廊下で呼び止められ、振り返る。

 顔を見なくとも相手は分かりきっていた。誰もが寝静まる深夜に起きて働いている人物は一人しかいない。


「ケイ、まだ残ってたのか」


 向かい側から歩いてくる男は俺の従者であり、専属の騎士だ。

 名前はケイ。付き合いは数百年とかなり長く、臣下であると同時に戦友でもある。なにせ二百年前の革命戦争を、共に戦い抜いた相手だからな。

 ケイは赤髪赤目の魔族だ。穏やかな笑顔が月明かりに照らされ、今夜は色白に見えた。

 こんな深夜の時間だっていうのに、こいつは騎士服に身を包み帯剣している。まだ城に残って職務についていたらしい。相変わらず仕事熱心なやつだ。


「あまり根を詰めすぎるなよ。明日にさわるぜ」

「ご心配には及びません。本日最後の巡回をしていただけです。すぐに帰りますよ。それに陛下だって他人ひとのことを言えないでしょう?」

「は?」


 月明かりと城内の照明の下、ケイはくすりと笑った。俺に向ける切れ長のその瞳は、こちらの心の内を見透かしたようで。

 こいつには俺の行動などお見通しらしい。ついさっきまで政務の書類と向き合っていたことを、なんでおまえは知ってんだろうなあ。

 

「昼間はヒムロの騒動で仕事どころじゃなくなったからな」

「陛下のことですから、いい拾いものをしたとお考えなのでは?」

「当たり前だろ。あの未踏の島国のことを知れるまたとないチャンスだ。色々と聞き出せたら儲けものじゃねえか」


 他国と交流をせずいまだ殻に閉じこもったまま、いまだだんまりを決め込んでいる和国ジェパーグ。異質な文化とその島国の実態は、大陸に住む俺たちには知らないことが多い。

 海賊の被害に遭い大陸に流れ着いた和国出身者は少なくないが、拉致されるのは大抵が幼少期の子どもなため故郷での記憶をなくしているケースがほとんどだ。

 ヒムロのように、しっかりと記憶が残っている上その文化を受け継いでいる者は珍しい。


「陛下がヒムロを引き止めたのは和国のことを聞き出すためなんですか?」

「いや……」


 きょとんと目を丸くしてケイは首を傾げた。

 すぐには答えず、俺は窓の外を見る。宵闇の空には宝石を細かく砕いたような無数の星と鋭利な三日月。雲はひとつもなかった。


「和国のことはついでだ。俺があいつを引き止めるのは魔法具の技術者だからだ」


 魔法具とはその名の通り、魔力を付与した道具のことだ。種類は薬から武器、生活用品、アクセサリーまで様々。そのため価格はピンからキリまで、物によって違ってくる。

 魔術師じゃない俺にはさっぱりだが、編み上げた術式を刻み込み、魔法の効力を付与して作成するらしい。

 魔力の純度が高い竜石や加工に適した結晶石などを原材料として使うため、材料によってはコストが高くなり、既製品を買い取るとなるとさらに高額の金が必要になってくる。

 魔法具の作成には細かい手作業に加え、術式を組むための専門的な知識が求められる。要は魔法をかじった程度では作成することは不可能ということだ。そのため、魔法具の作成や販売は、魔法科学の研究が進んでいる東大陸の〈銀河〉竜帝国ティスティルのみが独占しているってのが現状なのだ。


 だからこれはチャンスだ。

 和国出身のヒムロがどういう経緯で魔法具職人になり得たのかは分からないが、あいつを手に入れればルーンダリアでも魔法具の販売が可能になる。商業国家として新たな道を切り開けるんだ。


「それはわかります。ですが、そういう理由があるとしても、彼を陛下の寝室に寝泊まりさせるのはいささか高待遇すぎるのでは?」

「仕方ねえだろ。悪気はなかったにしろ、あいつがぶっ倒れたのは俺のせいなんだから」


 ヒムロが突然過呼吸の発作を起こした時はかなり焦った。俺だってただの尋問であいつがあんなに怯えるとは思わなかったんだよ。というか、メイドに扮した女かと思ったら男だったし。


「なーんか、あいつのことは放っておけねえんだよな。小さく……はないが、細っこいし、やけに臆病だし」


 獣人のような大きなキツネの三角耳に、よく動く大きな尻尾が特徴的だった。淡い水色の長い髪を緩く一つに括って、和国風の衣装を身に纏った魔術師。顔立ちは中性的な美人で女みたいに可愛い顔をしているのに、ヒムロは愛想笑いのひとつもしない。おそらく、取り繕うだけの余裕がないのだろう。その証拠に、あいつの淡い青緑色の瞳はいつも怯えたように泳いでいた。

 俺たち魔族の民はたとえ本性が狐だろうとグリフォンだろうと、通常の姿は獣ではなくとがった耳だ。ヒムロがなぜ獣の耳と尻尾が出ているのか、理由に心当たりはある。おそらく、過去に虐待を受けてきたのだろう。同じような症状に陥っている獣系の魔族は今まで何人も見てきた。


「なんであんな思い詰めるくらい、怯えるんだろうな」

「……たぶん、もう大切なものを失いたくはないんですよ。千影という彼を陛下が奪うと思い込んでたみたいですし」

「なんで俺が奪うんだよ。いにしえの竜ってただの幻獣、モンスターじゃねえのか? 横取りして何のメリットがあるんだ。そもそも初対面から優しくしてやってるだろ」

「だったら本人に聞いてみればいいじゃないですか。陛下、ヒムロのことが気になるのでしょう?」

「…………」


 ケイの提案は俺が答えを手に入れるのに最も効率的だ。それはわかっている。言葉に他意がないってことも。


「そうだな。明日になったら聞いてみるか」


 まだ雇用関係も結んでねえことだしな。

 ひとまず方向性は決まった。であるなら、明日に備えて俺も休まなくちゃな。


「陛下、どこへ行くんですか? 寝室は逆方向ですけど」

「何寝ぼけたこと言ってんだ。俺のベッドはヒムロに貸してるだろ。今日は客間で寝るんだよ。というか、お前も賛成していただろうが」

「……えー。どこの世界に自分の寝室を国民でもない一般人に明け渡す国王がいるんですか。一緒の部屋でお休みになるんだと思いましたよ」

「ここにいるだろうが。天敵のグリフォンと同じ部屋で、あいつがゆっくり休めるわけないだろ」


 再び歩き出し、ケイの横を通り過ぎる。

 俺は振り返らなかった。

 後ろから、本日二度目の笑い声が聞こえてきた。


「本当に陛下って、見かけによらず優しいですよね」

「おう、俺は心優しい国王様なんだよ」


 見かけによらずってなんだよ。余計だっての。

 俺はそれなりに顔はいい方だと思うんだけどなあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る