二.騙し討ちと変装と雷光の獅子王
階段を上って廊下を少し歩いてから案内されたのは、立派な応接間だった。
ソファーは革張りで、壁には絵画が飾ってある。立派な暖炉はあるし、俺の背丈よりもでかい窓からはさんさんと太陽の光が入り込んでいた。
「しばらくこちらでお待ちくださいませ。すぐに顧客を連れてきますので」
受付嬢はそう言うと一礼して下がろうとした。流れるような動作に頷きそうになったが、俺は慌てて彼女を呼び止めた。
「ちょっと待て。顧客って一体、誰を紹介してくれるんだよ」
「しばらくお待ちください。必ずや、ヒムロ様のご期待に添えるお方ですよ!」
彼女はにこりと微笑むだけでなにも教えてはくれなかった。カチャリと扉が閉まって、あとは俺だけが部屋に取り残される。
どういう身分の相手かってだけでもわかってたら、それ相応の対応ができるのに。大手の顧客ってことは、やっぱり貴族なんだろうか。
貴族って偉そうなやつが多いって聞くし、なんか嫌だな。俺、敬語苦手だし。
少ししてから給仕係らしきメイドがきて、紅茶を淹れてくれた。大人しく飲んで待ってるけど、まだ誰かが来る気配はない。
それにしても、紅茶ってもんはいつ飲んでも慣れない。お茶にミルクや砂糖を入れるってのが、どうにもな。ルーンダリアに限らず、シーセスでもライヴァンでも、島国から出てきた俺からすれば文化が違いすぎて戸惑うことが多い。
そもそも故郷があんなやつらに襲われなきゃ、こうして大陸にまで出てくるはずも、なかったんだけど。やばい、なんか泣きそうだ。
「…………ん?」
かすかに誰かの声が聞こえた。もしかして待ち人がようやくやってきたんだろうか。
腰を浮かせて壁際に近づき、耳をそば立てる。神経を集中させれば、話し声が聞こえてきた。
「ほん…………魔法具の…………?」
「はい、間違いありません。…………帝国ではなく、独学で…………」
さすがに詳細な言葉までは聞こえなかった。
声からして男と女か? 女の方は間違いなくさっきの受付嬢かな。
「なるほどな。よく…………」
「いえ、これも…………。…………がんばって…………、…………陛下」
(陛下ぁぁぁぁぁぁぁ!?)
陛下って言うと、まさかあのギルヴェール国王陛下のことか!?
まさかあの受付嬢、国王を顧客として紹介するつもりだったってことか!
じょ、じょ、じょ、冗談じゃねえ! 冗談じゃねえぞ!?
城ってだけでも避けたかったのに、《闇の竜》を目の
あの女、あたたかい笑顔を浮かべておきながら、なんて恐ろしいことしてくれてんだ!
どうする? 今こそピンチなこの時に千影を
いや、だめだ。そもそもいにしえの竜は世界の
窮地は俺一人の力で切り抜けなくちゃだめだ。
どうにかしてこの部屋から出て、城を——、いやルーンダリアから脱出しなくては!
迷っている時間はない。
当然だが、城全体には魔族による侵入妨害のため、魔法不干渉の結界が張ってある。つまり、転移魔法は使えない。
城から脱出するにはどうあっても、廊下ですれ違う国王と受付嬢の目をかいくぐる必要がある。
となれば、奥の手を使うっきゃねえ!
深呼吸して目を閉じる。全神経を集中させる。
この
俺はガキの頃、南の果てにある島国ジェパーグから海賊の手により連れてこられた妖狐の魔族だ。
妖狐には特別な能力、
だからむやみやたらに
切り札は出し惜しみしてちゃ意味がない。ここぞという時に使わなくていつ使うっていうんだ。
俺はこの能力で城の連中に
厚い絨毯が敷かれた廊下でも、裏街道で生きてきた俺にとって足音を聞き分けるのは簡単だ。
向かい側からは男と女の話し声がだんだん大きくなってくる。
装飾の凝った金の照明や絵画、帯剣した兵士には見向きもせず、ただ自然に見えるように歩いた。
堂々と国王と受付嬢の前に姿をさらすことにしたんだ。ただ外見はかなり変化でかなり変えているけどな。
そう、今の俺は男ですらない。
城仕えのメイドに
机やソファーみてえな無機物に
つーか、俺はこういう変装程度くらいしか
人によっては生き物とか精霊、無機物に
ま、そういうわけで紅茶を淹れにきたメイドを参考に、おれは給仕係の女性、つまりメイドに扮することにしたのだった。
このまま堂々と国王と受付嬢の横を素通りして、正面から城を出ていってやる。
城の敷地内さえ出ればこっちのもんだ。結界の境界を超えれば転移魔法が使える。一気に千影が待つ洞窟にまで帰れるってわけだ。
おっ、そうこうしているうちに国王と受付嬢がやってきた。
王冠はしてねえけど、立ち襟の宮廷服を着てるし、受付嬢が「陛下」と呼んでいたから彼が国王に間違いないだろう。
初めて目にするギルヴェール国王は、背が高く体格のいい美丈夫だった。
予想していたよりずっと若い。二百年前に国を取り戻したっていうからてっきり年嵩の男だと思ってたんだけどな。まあ、俺たち魔族は寿命は長い種族だし、外見の成長も精神年齢に依存してるもんな。若くてもなんら不思議はない。
ギルヴェール国王は癖のない濃い金髪を一つに括っていて、前を見据える雷色の瞳は鋭く威圧的だ。さすがグリフォン、こわすぎる。
第一印象は凄みのある美人って感じだった。眼光が鋭くて、視線だけで相手を殺せそうだ。さすが一斉蜂起して闇組織から玉座を奪い返しただけはある。
やっぱり、関わり合いになるのはやめた方がいい。身体中がそう俺に警告を発している。一刻も早くこの場所離れなくては。
「……ん?」
おっと、やべえ。見過ぎちまったかも。今、目が合ったような気がする。
視線を落として軽く会釈する。顔は変えているけどなるべく見られねえように。念のためだ。
会釈だけなんて国王相手に簡単すぎる挨拶だと俺も思う。けど、すれ違う他の兵士や女中たちもそうだったから間違ってはいないはず。たぶん。
実際、受付嬢は俺に見向きもしなかった。
よし、順調だこのまま通り過ぎてこの場から離れるぞ。
「待て。そこのお前だ」
ぎくり。まさかバレた?
いや、まさか、な。
「はい、なん……でしょう?」
やっべ、噛んだ。やっぱり敬語は苦手だ。
振り返ると、口角を上げた国王の顔と目が合った。その迫力のある笑みを見た瞬間、背筋が寒くなる。なんでメイド相手に凄むんだよ、こいつ。
「ちょうどいい。おまえに頼みたいことがある。俺と一緒に来い」
「えっ、ちょっとギル陛下! 客人の方はどうするんですか!」
「適当に待たせておけ。俺と取り引きしたいのならいくらでも待つだろ」
「ええーっ!」
当然だけど、受付嬢は国王に不満をぶつけている。
それにしても彼女すげえな。あの迫力満点な国王陛下に真正面から文句を言うなんて。
「え、あの……」
「いいから来い。仕事だろ?」
光を弾く金色の瞳が俺をとらえる。挑むようなその瞳で見返されては、なにも言葉が出てこなかった。
国王の筋張った手が俺の手首をつかむ。
このままじゃやばい。逃げなくちゃいけない。なのに、俺は前をゆく国王の手を振りほどくことができなかった。
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