短編:笑う門には雨来る

のいげる

笑う門には雨来る

 また雨が降り出した。

 どんよりと重く曇った空を駅の出口から見上げる。天気予報では今週は曇るだけで雨は降らないはずであったが、俺が想像した通りに雨になった。


 俺は天下無敵の雨男だ。

 天気予報なんて完全に無視してどこに行っても雨雲が寄って来る。二時間も喫茶店にいれば出たときには必ず雨が降っている。そして俺が去った後には晴れ間が出る。

 ウンザリだ。

 ぶつぶつと文句を言いながら、カバンから携帯傘を取り出す。例え降水確率が0%でも傘は常に持ち歩くのが俺の鉄則だ。

 隣に一人の男が立った。やはり空を見上げぶつぶつ言いながら年季の入った携帯傘を取り出した。

 思わず声をかけてしまった。

「貴方も雨男」

 男はちょっとびっくりしたような顔をした。

「あなたもですか」

 二人で同時にため息をついた。

「お互い大変ですなあ」


 それがヤマさんとの最初の出会いだった。何となく名刺を交換してしまい、何となくたまに一緒に酒を飲むようになってしまった。じきにヤマさん、ナカさんと呼び合う仲になった。

 飲み会を開くたびにその夜は雨になってしまう。雨男二人分の効果覿面である。

 二人で示し合わせて晴天が続く日に突発的に飲み会をやっても見た。居酒屋に入るときは晴天だったが、出るときには想像通りに大雨になってしまった。

 酒の席でのことだが、そのアイデアが出たのはむしろ当然であった。

 雨男の有効利用である。これほど確実に雨が降るならばそれなりの使い道があるはずだ。


 最初は個人事業として立ち上げた。ネットで雨の御用を募る。全然注文が来なかったので、ちょっとだけ工夫した。

 雨が降らない場合には決まった額の賠償金を出すようにしたのだ。

 仕事の依頼料は一回十万円。雨が降らなかった場合には五十万円を払い戻すこととした。

 これが数奇者たちの興味を引いた。晴天の予報が出ている場所からの緊急依頼が山ほど入ったのだ。俺たちは飛び回り、その全てで例外なく雨が降った。

 たちまちにして俺たちの事業は評判になった。

 そうなると今度は真面目な依頼が入るようになった。各地の貯水池の管理事務所から依頼が入るようになったのだ。俺たちの雨の降る範囲は狭かったが、それでもその場に長くいれば十分な雨量になる。おまけに雨の降る範囲が狭いので、洪水などの副次的な被害が出にくいという利点がある。

 そのために男二人で山の中の管理小屋に三日間泊まり込んだりということもあった。貯水池が満杯になったら引き上げるのだ。水が満々と湛えられたダムを見ると、これを俺たちがやったのだという奇妙な自負が沸き上がってきた。

 やがて依頼をこなすのに人手不足だと感じるようになった。

 そこで個人事業から株式会社にバージョンアップした。それが雨男株式会社である。

 続けて日本全国規模で雨男を募集した。

 面接には慎重を期した。本社から離れた場所で面接を行う。俺とヤマさんはリモートで参加だ。書類選考を通った者でも、当時面接会場が雨にならなかった場合にはそれだけで弾いた。

 必要なのは確実に雨を呼べる人材だ。


 入社式は凄い雨になったので、今度から入社式はやらないことにした。どうやら雨男は集まれば集まるほど相乗効果で雨がひどくなるらしい。

 そこで俺たちは今後一か所に集まる際は最大でも雨男は二人までにする事とルールを決めた。そして誰も一か所に長居しないことも決めた。そうしないとその場所がカビだらけになってしまうからだ。


 転機が訪れたのは新潟に出張したときのことだ。

 現地に着いたは良いものの、いつまで経っても雨が降らないのだ。曇りにはなるが雨の手前で止まる。

 俺とそのときの相棒のトモさんが顔を見合わせた。

「参ったな。雨が降らないぞ。こんなことは初めてだ」と俺。

「別に俺たちの体調が悪いわけじゃないよな」とトモさん。

 これでは依頼はキャンセルになり、初めての賠償金を払うことになる。

「今からでも遅くはない。援軍を呼ぼう」

 俺は後ろで控えていた助手のナミちゃんに合図をした。ナミちゃんは今回から助手として入った女の子だ。スケジュールの管理など一切を引き受けることになっている。

「あの~」おずおずとナミちゃんが声を出した。「実はあたし、晴女なんです。どこに行っても晴れになるんです」

 俺とトモさんは二人同時に仰け反った。

「は、晴女。そんなのアリなのか!」

「俺たちだって雨男だ。晴女がいても不思議はないぞ」

 三人で話し合った末に、ナミちゃんだけ先に本社に帰ってもらった。

 たちまちにして空が暗くなり、大粒の雨が降り始めた。


 これを機に雨男株式会社は雨男だけではなく晴女も募集することになった。雨男が待機している面接会場を晴れさせれば合格だ。

 何回か試してみて雨男2に晴女1の割合が最適であることが分かった。この三人の構成ならばお天気は曇りの段階に留まったままとなり、非常に都合がよい。様子を見てこの取り合わせをくっつけたり離したりするだけでたいがいの用は足りてしまう。

 この方法が確立されて以来、会社の業績はうなぎ登りとなった。世界中に支店が進出し、休む暇もない日々が訪れた。ボーナスの札束が机に立つどころか、トランクに入りきれないのを見て俺とヤマさんは笑いが止まらなかった。もちろんその他の雨男晴女たちも大笑いだった。

 笑う門には雨来る。

 何より雨しか知らなかった雨男に取ってはたまに晴れ間を見ることができるのは嬉しいことだった。


 海外出張のほとんどは乾燥地帯への出向だ。雨男晴女のグループがいくつも同時に動くことになる。同時に動くグループ数が十を越えると、天気図が変わるぐらいの影響があった。

 移動は一人づつ行い現地で集合する形にしないと飛行機が飛べなくなるのにはまいった。


 もちろん良い事ばかりでは無かった。

 ある国に送り込んだグループが無実の罪で逮捕されたときには慌てた。その国は干ばつに悩んでいたのだが、それを雨男たちがあっさりと解決したのを見て欲が出たらしい。

 何だかんだと因縁をつけてウチの社員を自国に留めようと画策したのだ。その挙句が今回の逮捕だ。何のことはない、体のいい強制雨降らし要員だ。色々と外交チャネルで動いては見たが返してくれないので困っていたら、ナミちゃんが一計を案じた。

 普通の観光客に偽装した雨男軍団をその国にこっそりと送り込んだのだ。たちまちにしてその国は豪雨になり、そのまま一週間経った頃に予想通りに本社に質問の電話がかかってきた。

「お宅の雨男が一か所に留まっていたらどうなります?」

 日本語だったが奇妙なアクセントだったのでピンときた。あらかじめ用意しておいた答えを返す。

「その場合はどんどん雨がひどくなります。一番悪いのは雨男が怪我をしたり死んだりした場合です。今までに見たことがないほどの雨がいつまでも降り続けます」

 いきなり電話は切れた。

 捕まっていたグループが解放されたのを確認してから晴女のエスコートで全員引き上げた。

 二度とそこからの依頼は受けないようにしようと思ったが、ヤマさんの提案で今度から依頼料を三倍にすることで手を打った。


 雨男晴女株式会社は今や押しも押されぬ国際的な大企業だ。世界中から集めた雨男晴女軍団が世界を席巻した。今や世界中の農業には無くてはならない存在なのだ。

 ちょうど良い機会だったので設立パーティの企画を立てた。

 その日は社に所属するすべての雨男晴女がパーティ会場に集まることになった。武道館を丸ごと借りて豪華な飾りつけをした。山ほどのご馳走を用意し、大勢の財界人有名人芸人政治家を呼んだ。


 一番先に到着したのはやっぱりヤマさんだ。

「あれ? ナミちゃんは? 一緒に来るのじゃなかったの」

「ああ、途中で買い物をしてから来るって言ってましたよ」

 ヤマさんはいつナミちゃんと結婚するんだろうと考えていると、招待客がぞろぞろと入って来た。その対応に追われている内に、どっと雨男チームが雪崩こんできた。

「送迎バスが遅れました」一人が言い訳をする。

「女性チームは?」

「後ろのバスだったんですが、途中信号待ちで遅れてそのまま渋滞に巻き込まれたようです。先に初めてくれと言われています」

「そうか。みんな手伝ってくれ」

 飲み物を配り始めることにした。コンパニオンたちが来客の間を忙し気に動き回る。

 残りの雨男たちも到着し始めた。今度のグループは金髪が目立つ。アメリカのチームだ。続いて欧州チームにアフリカチーム。一気に会話の内容が多国籍に代わる。間に入った通訳は大忙しである。彼らのグループも女性陣は到着が遅れるらしい。

「いやあ、ひどい雨だ」

「いつもの事だけどねえ」

 皆で笑った。

 古株の一人に目が留まった。

「あれ? 奥さんは来てないの」

 彼は雨男晴女で結婚した組だ。この手のカップルはけっこう誕生している。いつも一緒に出張しているとくっつき易くなるらしい。

「先に出たはずなんですがまだ着いていませんか」

「着いていないよ。仕方ない。そろそろ乾杯するか」

 音頭を取って乾杯の声を上げた。一斉に上がるグラス。

 壇上からの眺めで俺はちょっとしたことに気が付いた。

「おい、誰か晴女チーム見なかったか」

「遅れているって聞きましたが」

「まさか全員遅れているのか。そしてここには我が社の雨男が全員いる」

 俺の言葉の意味を悟ってヤマさんが顔色を変えた。

「まずい。これだけの数の雨男が集まったことなんて今までになかったぞ」

「晴女たちを呼べ。今すぐにだ。到着を急がせろ」

 携帯電話を握っていた一人が悲鳴を上げた。

「駄目です。川が溢れてバスが動けないそうです」

「晴女のグループなんだろう?」

「言いたいことは分かります。すでに向こうは晴天のようですが、溢れた川はそう簡単には治まりません」

「まずい」俺は叫んだ。

「まずい」ヤマさんが叫んだ。

「まずい」雨男全員が叫んだ。「全員、建物を出て遠くに散らばれ。晴女を見つけて傍に寄るんだ」

「無理です。建物の外は滝のような雨、というか滝そのものです。出たらその場で溺れ死にます」



 すべては遅かった。

 観測史上最大級の低気圧がパーティ会場を中心に発生したのだ。雨男たちの相乗効果は凄まじかった。

 その日の晩から、雨は四十日四十夜の間、世界中で降り続いた。

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