現実(夢)

 

 「――――っ」


 夏凛が息を呑んだ様子が分かった。

 それでも、俺は止めない、いや、止まれないんだ。


 「ずっと前から意識はしてた。でも、夏凛みたいになんでも持ってるわけじゃないから、踏み出せなかった。分不相応だろう、って考えてたから」

 「…………」

 「それでもお前が一番の友達だって言ってくれたとき、一歩前に踏み出そうって決めたんだ。このまま友情をはぐくみ続けるのも悪くないけど……やっぱり俺は、先に進みたい。夏凛と恋人になって、もっとたくさんのものを共有したくなったんだ」

 「…………」


 俺の話を黙って聞いてくれた夏凛は、ひとつ息をついて。

 ぎこちなくはにかみながら、震える唇を動かした。


 「……中学のころ、私がユッキーに、友達になろうって言ったの覚えてる?」

 「え、あぁ、もちろん」

 「そのときの私はさ、いろんな重圧に押しつぶされそうで、誰かに縋りたかったんだと思う。辛くて、苦しくて、どうしようもなくなった、――そんなときに、あなたが現れたの」

 「ゲーセンのときのこと言ってるのか……?」

 「うんっ、ユッキーがそのときに、私の背中を押してくれたんだ。あなたにそんなつもりはなかったのかもしれないけど、私はすごく、心を奮い立たされたの」

 「……っ」

 「それから、あなたのことが好きだって気づくのに、時間はかからなかったよ……?」

 「か、夏凛、お前……っ」

 「うん、――私もユッキーのことが好き。ずっとずっと、好きだったの」


 夏凛の言葉に、俺の心臓がこれまで以上にバクバクしてる。苦しい、けど、ぜんぜん嫌な感じじゃない。むしろそれに身を委ねたいとすら思えてくる。


 信じられない……あの夏凛が、俺なんかのことを好きでいてくれてたなんて。

 感情の奔流がすごすぎて、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだ。

 

 まともに呼吸ができないでいる俺の頬に手を添えながら、夏凛がいじらしげに笑う。


 「いっぱいアピールしてたんだよ? ユッキーに意識してもらいたくて、手を繋いでみたり、腕を組んでみたり、じっと見つめてみたり」

 「そう、だったのか……友達同士なら、普通のことなのかなって、思ってて」

 「ほかの人にはそんなのやらないよ。一番……大好きなあなたにだけしか、こんなことしない」

 「……っ」

 「でもぜんぜん、振り向いてもらえる気配がなかったからさ……私っ、変化を取り入れてみることにしたの」

 「変化……?」

 「押してダメなら引いてみろ理論でね、極力ユッキーを遠ざけようと思って。そうすれば、意識も変わるんじゃないかなって」

 「それが、今日のやつか……?」

 「うん、でも……ユッキーにひどいことしちゃった。泣かせるくらい辛い思いさせちゃって、ごめんね……っ」

 

 嗚咽を漏らしながら、夏凛が頭を下げてくる。

 俺はそんな彼女の頭を優しく撫でながら、はにかんでやった。


 「ユッキー……?」

 「夏凛は、引き算が苦手みたいだな?」

 「……っ、うんっ、そうみたい、だね」

 「夏凛にも苦手なことがあるなんて、意外だった。正直、なんでもできるすごいやつだと思ってたから」

 「私だって人間なんだから、できないことぐらいあるよ……っ、幻滅、しちゃった……?」

 「そんなことない。むしろ、安心した」

 「え……?」

 「できないことがあるんなら、二人で補い合っていけるだろ」

 「ユッキー……っ」

 「といっても、俺ができることなんて限られてるけどな」

 「そんなことない……っ、ユッキーにはいつも、助けられてる」

 

 嬉しそうな顔をしながら、夏凛が頭を撫でてくる。

 負けじと俺も撫で返せば、二人して笑いがこみあげてきた。


 「ふふっ、どっちが先に癒せるかって勝負になっちゃってるよ」

 「そうだな、こんなときまでお互いのこと考えてるなんて」

 「私たちらしいね」

 

 しばらくの間、お互いに撫で合って、心に落ち着きが出てきたところで。

 俺は身を起こした。夏凛の膝枕が最高過ぎて起きたくなかったけど、こういうことは、同じ目線で、伝えたい。

 しっかりと夏凛の目を見据えて、俺は言った。


 「夏凛、そのっ、俺と付き合ってくれないか?」

 「うんっ! 私をユッキーの彼女にしてください」

 「――っ」


 瞬間、俺は夏凛を抱きしめていた。

 いままでの温もりを取り戻すみたいに、ぎゅっと。

 けっして離したりしないように、しっかりと。


 それでも、俺に身を預けた夏凛は、身体を震わせていて。


 「もしかして、寒いのか? きっと、かき氷食べて、身体冷えちゃったんだな」

 「ううん……違うの、嬉しくて。ユッキーと付き合える日が来るなんて、夢みたいで」

 「現実だぞ。ほら、俺の温もり、伝わってるだろ?」

 「うん……うんっ……温かい」


 夏凛の方も、腕を回して抱きしめてくる。お互いの鼓動を確かめるように、俺たちは抱きしめ合う。

 この心地いい時間がずっと、ずっと続けばいいのにと願って……。






 「――そろそろ、いいか?」

 「――っ!?」

 「――っ!?」


 ハッとして顔を向けると、そこには雫と美代さんがいた。……あれ? この二人、いつからここにいたんだ。

 呆然とした顔をしてる俺に、雫が言う。


 「いいもの、みれた」

 「あ、いやこれはだな!」

 「隠さなくてもいいんですよ! 由樹さんっ、夏凛さんっ、おめでとうございます!」

 「美代ちゃん、あ、ありがとう……」

 「ようやく、くっつい、たか。ほら、鼻拭け」

 「さ、さんきゅ……てか、え、お前それどういうことだ?」

 「夏凛の気持ちに気づけてなかったのはお前だけということだ……はぁはぁ」

 「う、ウソだろ……美代さんも、夏凛がそういう気持ちだったって知ってたのか?」

 「…………も、もちろんですよ……?」


 あ、ふいと目を逸らした。美代さんは気づいてなかったんだな。

 視線を雫に戻すと、親指を立てられた。


 「場をセッティングしたかいがあった……はぁはぁ、思った以上に上手くいってなくてハラハラさせられたが、まぁ結果オーライか……はぁはぁ」

 「いろいろと聞きたいことはあるけど、とりあえずは……ありがとうと言っておくよ」

 

 こうして夏凛と付き合えることになったんだからな。

 

 俺は腕の中にある、大切な人を想うみたいに、ギュッと抱きしめる。

 すると夏凛の方も、負けじとギュッと抱きしめ返してきた。


 「そろそろ離れたらどうだ……はぁはぁ」

 「いや、もう少しだけ」

 「ふふっ、もうちょっとだけ」


 呆れたような声を出す雫をよそに、俺たちは抱きしめ合う。

 この先もずっと、夏凛とたくさんのものを、はぐくんでいけると信じて――。

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女友達との友情をはぐくんでるだけ みゃあ @m-zhu

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