11-1 待ち人、永遠に来たらず
もしもの話。
茉莉が普通に生まれて、普通に育って、普通の女の子として生きていたとして。
瑞穂もまた病気もなく、ごく普通の家庭に生まれて、ごく普通の男の子として育ったのなら、永遠に愛を誓いあえたのだろうか。
分からない。
けれどそもそもの話、こんな風にまるで地獄の底のような環境でなかったなら、出会えなかったような気がする。
こんな人生の底のようなところでしか出会えなかったような気がする。
まるで夜のように暗い闇。
どこまでも深く、決して光の差さない闇。
でも二人でいられるのなら、そこは誰にも侵されない二人だけの聖域に変わる。
でもいつかは二人でいられなくなる。
聖域は孤独に変わる。
人は死ぬからだ。瑞穂なら尚更早く。
そうした時、また彼女は一人になる。
これ以上寂しくて辛いことはない、瑞穂はそう思う。
だって知ってしまった。
瑞穂が成長するにつれて、自分の家庭がおかしなものであると気づき始めたように、茉莉もまた誰かと分かち合う幸せを知ってしまった。
誰かといるだけで幸せだということを知ってしまった。
一度知ってしまったらもう元には戻れない。どうしても求めてしまう。
それが死んだ人であろうとも。
瑞穂が死んだとき、最も悲しみ、後悔するのはきっと茉莉だ。
瑞穂はそれを哀れんだ。
なら、出会わなければよかったのだろうか。
それは違う。
この出会いはきっと恋をするためではなかった。茉莉を解放してあげるための出会いだったのだ。
だからこれを運命の出会いと呼ぼう――そう思わなければどうにかなってしまうそうで、今にも死にたくなってしまいそうで。
でもそれはできない。不可能だ。
瑞穂は背負ってしまったのだ。
永遠という呪いを――だからこれは、本当のことを言えば、運命の出会いなんかではないのだろう。
きっと。
瑞穂は、もう二度と見ることができない彼女のことを思い出し、幸福感を噛みしめるように胸にそっと置く。
そしてまた、思い出を大切にしまう。
そして色褪せてしまわないようにしまっておいた大切なものを、何度も、何度も、嚙みしめるように何度も、擦り切れてしまうほどに何度も、何度も、味がなくなるまで何度も、何度も、彼女との楽しかった記憶を思い出す。
そうだ。たとえ茉莉がいなくたっても、この身体にいるではないか。この命がそれの証明だ。
瑞穂は折に触れて、彼女のことを想起する。
何度だって、何度だって。
それは終わらない――
記憶から回想へ。
回想から想像へ。
想像から妄想へ。
妄想から空想へ。
空想から無想へと繋がっていき、無に存在するものなんて何一つとしてなく、やがて瑞穂はそのほとんどを忘れた。
茉莉といた時間も、出会う前の辛い人生も、出会ってからの楽しくて仕方がなかった思い出も、胸の奥にしまった美化された思い出も、愛を教えてくれた最愛の彼女のことでさえ、ほとんど全て、
瑞穂はほとんど全て、忘れてしまった。
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