第8話 逃れられない魔王様

「……で、なんでお主、普通にそこに座っているのだ?」


 魔王は信じられないという顔で俺を見ている。


「ん? なんで?」


「……なんで? ではない! お主……たった一人で国王軍をほとんど全滅させていたではないか!」


 魔王はなぜか少し怒るようにそう言った。なぜ俺は怒られているのか理解できなかった。


「う~ん、ホントは全滅させられたんだけどね。みんな途中から逃げ出しちゃったから」


「逃げ出しちゃったから、ではない! どうするのだ!? これではお主は……本当に裏切りものではないか!」


 魔王はむしろ心配そうに俺のことを見ていた。


 むしろ、俺自身が選択した結果なのだから、俺としてはまったく後悔もしていないのだが。


「まぁ、そうなるね。別にいいんじゃない。約束を先に破ってきたのはあっちだし」


「はぁ? どういうことだ?」


「だって、国王様は俺に魔王様を倒してきてくれって依頼してきたわけだよ? それって、俺のことを信頼して、任せてくれたわけじゃん。俺もその依頼を受けた。その時点で魔王様を倒してくるって約束がされたわけじゃない?」


「まぁ、それは、そうかもしれないが……」


「それなのに、国王軍を送ってきたってことは、途中で俺のことが信じられなくなったってことでしょ? そんなの、約束を破ったこと以外の何者でもないでしょ?」


 俺がそう言うと魔王は複雑な表情をしている。


「その……でも、実際、お主は余を倒していないではないか?」


「だって、魔王様とも約束したじゃないか。俺が納得できる提案をしたら、魔王様を見逃すって。さぁ、魔王様。早速教えてよ」


「へ? な、何をだ?」


「言っていたじゃないか。国王軍が攻めてきたときに、俺に対して提案するアイデアがまだ複数ある、って」


「あ……、いや、あれは……なんというか……」


「え? ないの?」


 俺がそう言って剣に手を添えると、魔王は慌てて否定する。


「あるぞ! お主に対する提案!」


「じゃあ、教えてよ」


 俺がにっこり微笑むと、魔王は困ったように唸っている。それからしばらくうなり続けていたが、ふと、観念したかのような表情をする。


 そして、なぜか俺に対して少し恥ずかしそうな顔をしたままで話し始める。


「勇者よ! その……お主は変わり者だが、国王軍を半壊させる程の戦力、とても魅力的だった。そこでだな……余の所有物とならないか?」


「……へ? 所有物?」


「そ、そうだ……、もちろん、所有物といっても、まぁ、部下みたいなもので……」


「……それって、魔王軍の幹部になるってアイデアとどう違うの? 違いがわからないんだけど」


 俺が弱点を指摘するようにそう言うと、魔王はさらに困った顔をしていたが、やがて決心したようだった。


「よ、要するに! 余の側にいてほしい、と言うことだ!」


「……へ?」


 俺は思わず間抜けな声を出してしまった。魔王がそんなことを言ってくるなど、予想外だったからだ。


「……え? なんで?」


「な、なんで、だと? 約束があるからだ、お主との」


「約束……、あぁ。え? でも、なんでそれで俺にいてほしい、ってことになるの?」


「……正直に言うと、今の余には、お主が余を見逃してくれると思える程のアイデアを提案できる気がしない。だから……、余が良いアイデアを思いつくまで、余の側にいてほしい、という意味だ」


 そう言われて俺は思わずニヤリと笑ってしまった。


「……なんだ。その笑いは」


「いや、てっきり、魔王様が俺に惚れたのかなぁ、って思って」


「ば、馬鹿を言うな! お主のことなど嫌いだ! 本当ならば今すぐこの状況から逃れたいくらいだ!」


 そう言って必死に否定する魔王も、可愛らしかった。


 正直、国王との約束なんてどうでもよかった。こんな可愛らしくて面白い魔王と会ってしまった以上、そちらを優先するのは当然である。


「フフッ。逃げられないよ、魔王様。多分、当分の間、ね」


 魔王は苦々しい顔で俺を見る。俺は玉座に座って、またしても邪悪な笑みを浮かべてしまう。


 こうして、魔王は勇者に見逃してもらうために、末永く魔王の城で一緒に暮らすことになったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王「勇者よ! 頼む! 見逃してくれ!」 味噌わさび @NNMM

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ