エピローグ:どこかで

 君は知っているだろうか。

 かつてこの世界に訪れた、魔術師の名前を。

 彼女は潔白で、清廉で、優しかった。

 水銀を操る能力を持ち、それを人の幸福のために使った人間。

 その名を、スクラッド=ル=ディアという。

「おーい、あっちあっち!」

 彼女は数々の戦いに勝利し、世界の救世主となった。

 私も、その奇跡の目撃者の一人だ。

 何度もうダメだと思っただろうか。

 何度敗北に瀕しただろうか。

 それでも彼女は、勝利の可能性を手放さなかった。

「おまわりさーん、あれー!木の上!」

「ば、バットなの?」

「あいつがぶん投げたの!」

「わざとじゃねえもん!」

「分かった分かった。今とるからさ」

 私と同い年なのに、ずっとしっかりしていて、いつも私に寄り添ってくれた。

「おまわりさんありがと!」

「はいはい。今度からはせめてボール投げてね」

「はーい!」

「よし」

 彼女は王宮魔術師と言って、国に従う魔術師として働いていた。

「にしても、この町の夕暮れは綺麗だな」

 私も追いつこう!って思ったんだけど、なれてるかな。

 でもせめて、彼女との思い出の町は守りたいんだ。

 私が救わなきゃいけない命は、なんとか救いたいんだ。

 たとえかなわなくても、努力はしたいんだ。


 私は、この町が好きだ。


「おまわりさーん」

「なに?」

「あいつがボールのっけた」

「おーい!別にひっかけろっつったんじゃないぞー!あたしはー!」

 こんな風に、平和に過ぎていく日常が大好きだ。


 もし辛いことがあったら思い出す。

 あの日々のことを。

 今もどこかで頑張っている彼女のことを。

 あれから十年が経った。

 今もどこかで、彼女は戦っている。



 迫り来る世界の脅威から、世界の人々を守るため。



 自分自身がその力の奴隷となろうとも、その身を挺して戦っている。



 そういう少女なのだ。スクラッド=ル=ディアという、私の友人は。










「未紅、時間が!」

「分かってるわよ!」

 急げ急げと階段を下りる。

「みんな、ルディアが学校に来たらどんな反応するかな?」

「さて、どうなるでしょうね」

「ルディアの目って綺麗よね。両目とも緑色!」

「そうですか?」

「うん。みんなすごいすごいって言ってくれるわ!友達もいっぱいできるし!」

 二階から急かす声が聞こえる。

 やばいやばい、と声を揃えて部屋を出る。

「靴どれだっけ?」

「未紅のはそっち!それ私のです!」

「ああごめん…」

「ほら行くよー」

 二階からバッグを持って降りてきた。

 というか、食パンを咥えながら走る人って本当にいるんだ。

「カギ閉めるよ!」

 彼女はドアを叩きつけるように閉めて、鍵を差した。

「よし。これでオッケーだね。じゃ、僕もう行くから」

「うん」



「行ってきます、來さん」



「行ってらっしゃい、未紅ちゃん、ルディアちゃん」

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The WonderLands:水銀のマリオネット birdeater @birdeater-Oz

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