第8話 DOはいらない。WHYを書け

一度、あの人が、春の海辺をぶらぶら歩きながら、ふと、私の名を呼び、「おまえにも、お世話になるね。おまえの寂しさは、わかっている。(中略)寂しさを、人にわかってもわわなくても、どこか眼に見えないところにいるお前の誠の父だけが、わかっていて下さったなら、それでよいではないか。そうではないかね。寂しさは、誰にだってるのだよ」そうおっしゃってくれて、私はそれを聞いてなぜだか声出して泣きたくなり、いいえ、私は天の父にわかっていただかなくても、また世間の者に知られなくても、ただ、あなたお一人さえ、おわかりになっていて下さったら、それでもう、よいのです。私はあなたを愛しています。ほかの弟子たちが、どんなに深くあなたを愛していたって、それとは較べものにならないほどに愛しています。誰よりも愛しています。


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 この小説の主人公の承認欲求。

 それは、所属団体のトップに弟子たちの誰よりも高い評価を受けること。


 そして、お前がいないと、やっていけないぐらいにまで、トップの教祖を依存させたい。いっそ、なり替わりたいぐらいの執着です。

 

 私自身は、

「いやー、あんたの話聞いてると、あんたの『あの人』とやらは、あんたが何をしようと、何が出来ても評価はしないよ。そもそも評価する気がないんだから」

 と、思いますけど。

 小説の『私』は、諦めないし、諦められない。


 ここまでくると、会社勤めの愚痴だけでなく、上司と部下、親子、夫婦、恋愛といった、あらゆるの病理、つまり共依存の問題を、普遍的に語る小説に変容している。

 

 Web向けのライトノベル方式で冒頭を描きつつ、問題提起の不穏さも、文学的に織り交ぜる。

 不穏な空気はドラマ性にも通じますので、ハラハラドキドキしたがる後頭葉を白けさせない文学的な展開になっている。

 

 ただ、あらためて言います。

 小説の中の『私』はこと以外、何もしていません。

 なぜ、『私』がそう思うようになったのかだけが、書かれています。


 何をしたのか、ではなく、なぜそう思うようになったのか。なぜ、今それをするのかといった心情だけが、つづられる。

 後頭葉も前頭葉も、このWhyのクエスチョンマークに等しく食いつく。

 感情も揺さぶられながら同調しますし、前頭葉はWhyの謎に食らいつく。


 Webで読んでも紙媒体で読んでも、差異なく楽しめる小説は、主人公の言動のをクローズアップさせた小説です。


 

 小説の中で、主人公はあんなこともしたし、こんなことも起きたよと、いくら書いても読者は「……で、何?」って、なりますから。


 冷たいですよー。

 読者から「……で、何?」みたいな反応しか得られなかったら、心が折れます。

 ですから、その「何」を「なぜ」に置き換えて書いてください。

  

 誠に僭越せんえつながら、拙作のBL【皇帝にプロポーズされても断り続ける最強オメガ】は、この書き方を踏襲とうしゅうしました。

 二十万字にさしかかる長編ですが、冒頭から今日に至るまで、状況は何ひとつ変わっていません。


 変わっているのは登場人物の関係性と、心情のみです。


 表面上は何ひとつ変わっていなくても、水面下では刻々と揺れ動く主人公の心情だけを書きつづるる。


 別の投稿サイトに掲載したら、読者から「こんなに読んでいるのに、何も起らない!」とのお叱りを受けた作品です。そうなんですよ。大した事件は起きていない。

 表面上は、ですけれど。

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